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編集委員会からのお知らせ:2022年12月号海外文献紹介

Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer.

Rina Kim, et al.
Nature. 612: 338-346 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36385526/

 図らずと、先月に石井先生が取り上げたフェロトーシスが再び主役となりました。先月号で石井先生が述べていたように、老化と切っても切り離せない腫瘍免疫への影響についての新規の知見が得られたのです。
 フェロトーシスは、アポトーシスやネクローシスとは異なる鉄依存性の細胞死で、過酸化脂質が蓄積し、ミトコンドリアのクリステが減少してミトコンドリアが凝集するなどの特徴が認められることが報告されています。主に、酸化還元機構のバランスが崩れ、多価不飽和リン脂質が過酸化されることにより誘発されます。フェロトーシスという細胞死が認識されたのは、僅かここ10年のことです。最近はNature等でも頻繁に取り上げられていますが、これまではフェロトーシスと免疫の関連についてはよくわかっていませんでした。本論文では、腫瘍免疫に与えるフェロトーシスの影響について新たな知見を報告しています。
 これまで、好中球の多形核骨髄由来免疫抑制細胞(PMN-MDSC)は、抗腫瘍免疫の負の調節因子とされており、がん患者においても腫瘍中にPMN-MDSCが多いと予後が悪いなどの相関性が報告されていました。また、腫瘍微小環境内でフェロトーシス誘導試薬を添加すると、転移性間葉系の腫瘍治療などに効果的であるとする研究報告もなされていました。しかし、フェロトーシス、PMN-MDSC、抗腫瘍免疫の三者の関係性は包括的に理解されていませんでした。また、これらのin vivoの研究の多くは、機能的な免疫システムを欠損した異種移植マウス腫瘍モデルでの実験から得られた結果であったため、正常に免疫システムが機能しているマウスでの検証例はほとんどなく、フェロトーシスが免疫ステム全体へ与える影響については検証されていなかったのです。
 著者らはまず、リンパ腫、CT26結腸がん、ルイス肺がん(LLC)移植可能なモデルマウスの骨髄、脾臓、腫瘍部位からそれぞれPMN-MDSCを単離し、フェロトーシス阻害剤(フェロスタチン-1)、ネクローシス阻害剤(ネクロスタチン-1)、アポトーシス阻害剤(zVAD)を使用して、PMN-MDSCへの各細胞死の影響を調べました。結果としては、どのPMN-MDSCもアポトーシス阻害で生存率が増えましたが、ネクローシス阻害の影響は受けませんでした。興味深いことに、骨髄や脾臓由来のPMN-MDSCとは異なり、腫瘍のPMN-MDSCがフェロトーシスに特に強い感受性を示すことがわかりました。加えて、PMN-MDSCのフェロトーシスを誘導すると、細胞死の直前に、T細胞に対して抑制効果を持つPGE2やアラキドン酸(AA-PEox)等が促され、これにより免疫が抑制されていることがわかりました。さらに、このPMN-MDSCの免疫抑制活性が、フェロトーシス阻害剤のリプロックススタチン-1処理で失われることも確認しました。
 著者らは、好中球にフェロトーシス誘導経路の主要な標的因子であるアラキドン酸 12/15-リポキシゲナーゼ(Alox12/15)が欠損した遺伝子改変マウスを用いて、in vivoでもPMN-MDSCの免疫抑制活性がフェロトーシス誘導を介したものであることを確かめました。ヒトにおいても、頭頚部がん患者と子宮がん患者の腫瘍組織で検証し、それらを支持する結果を得ています。
 最後に、著者らは、免疫能力のあるマウスでフェロトーシスを遺伝学的・薬理学的に阻害すると、T細胞を介したPMN-MDSCの免疫抑制活性が消失し、結果として腫瘍の増殖が抑制されることを示しました。逆に、免疫能力のあるマウスでフェロトーシスを誘導すると、前述したメカニズムによる免疫抑制活性が示され、腫瘍の増殖が促進されるという結果を得ました。
 ヒトの免疫システムは老化と共に大きく変化していき、その中で様々な病態と向かい合っていかなくてはなりません。腫瘍病態に限らず、免疫機能を介する多くの病態治療において、今後はフェロトーシスも考慮していかねばならないのかもしれません。様々な老化現象や加齢性疾患に対して、フェロトーシスを標的とした新規治療法の開発が進むことを願ってこの論文を紹介しました。
 ご興味がありましたら、ご一読くだされば幸いです。
(文責:橋本理尋)

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