編集委員会からのお知らせ

海外文献紹介2021年9月号

Decreased pH in the aging brain and Alzheimer's disease.
「老化脳とアルツハイマー病におけるpHの低下」

Yann Decker, et al.
Neurobiol Aging. 101: 40-49 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33578193/

 アルツハイマー病(AD)の危険因子のひとつが「加齢」であることはよく知られています。今月は加齢により脳のpHが低下することがアミロイドβ)の蓄積や脳内のミクログリア活性などに影響することを報告した論文を紹介させていただきます。
 同論文では、ブレインバンクに保存されているヒトの試料およびマウスを用いて実験を行いました。たくさんのヒト試料を用いた実験では、非
AD健常者(356例)の脳組織のpHが年齢依存性(20100歳)に低下すること、AD患者の脳組織(609例)や脳脊髄液(613例)のpHは、aged-matched ADよりも低いことが示されました。
 マウスを用いた研究では、野生型マウスにおいても上記のヒトの結果と同様に、月齢依存性(
119ヶ月齢)に脳のpHが低下することが示されました。そこで、4ヶ月齢のADモデルマウス(APP-PS1)の片側の脳実質内に低pHpH1.8)の人工脳脊髄液を28日間持続的に注入したところ、対照マウス(pH7.3の人工脳脊髄液注入)よりも海馬での蓄積が40%多いことが示されました。さらにin vitroの実験では、低pHpH7.1)の培地中では、対照の培地(pH7.4)と比べて、やサイトカイン刺激によるミクログリアの活性化が弱まること、を取り込むミクログリアがほとんど観察されなくなること、の線維化(蓄積)が促進されることが示されました。
 これらの結果より、老化に伴う脳
pHの低下は、蓄積を促進したり脳内の免疫応答に影響したりすることで、ADの病態形成に寄与することが示唆されました。本論文の著者らは脳血流低下が脳pH低下の一因と考察しております。本論文の結果は、脳血流低下がADの危険因子のひとつであると報告した最近のメタアナリシスの報告(Yu et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020; 91(11): 1201-1209)を裏付ける基礎データと思われます。
(文責:渡辺信博)

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海外文献紹介2021年8月号

Astrocytic interleukin-3 programs microglia and limits Alzheimer's disease.

Cameron S. McAlpine, et al.
Nature. 595: 701-706 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34262178/

 最近、紹介者は神経変性を伴う指定難病の研究に着手致しました。この研究分野に移ってからすぐに認識したのは、ニューロンと脳の維持にはグリア細胞の存在が重要な役割を果たしているということです。例えば、グリア細胞系の細胞老化が促進するとニューロンの維持が困難になり、ニューロンの寿命が短くなることや、ミクログリアの貪食作用による変性神経細胞のクリアランスが正常なニューロンの環境維持に重要であることがわかってきました。このような、グリア細胞による脳内の適正な環境維持は、アルツハイマー病 (AD) だけに留まらない、様々な神経変性疾患の病態悪化を遅らせることに寄与していると思われます。前回の石井先生の海外文献紹介では、ミクログリアだけでなく、アストロサイトもファゴサイトーシス (食作用) 機能を有するという衝撃的な論文紹介がありましたが (Joon-Hyuk Lee et al., Nature. 2021; 590:612-617)、複数種のグリア細胞がどのような分子メカニズムで連携を取り合い、共闘しているかについては未解明の部分が多いのが現状です。
 この論文では、アストロサイト由来のインターロイキン3 (IL-3) が、ミクログリアの急性の免疫応答能力や運動性を向上させ、アミロイドβ (Aβ) やタウの凝集体を除去する能力を亢進することを示しています。これまで、インビトロの実験系ではIL-3と神経変性との関連については複数の報告がありましたが、ADの認知機能などのインビボの実験系でIL-3の関与が示されたことが大きいと思われます。
 私は、このアストロサイトによるミクログリア機能の制御機構が、アルツハイマー以外の神経疾患にも関与しているという報告が出てくる可能性を考え、本論文を紹介することにしました。皆様にも興味を持っていただけたら幸いです。
 まず、著者らは
IL-3欠損マウスとADのモデルマウスである5xFADマウスを交配して、Il3-/-5xFADマウスを作製し、脳について解析を行いました。Il3-/-5xFADマウスでは、5xFADマウスと比較しての蓄積が促進されており、短期記憶や空間学習記憶等の記憶保持能力が低下していることがわかりました。
 また、著者らは血漿中濃度と比較して、脳脊髄液中のIL-3濃度の方が約4倍も高いことを見出しました。この結果は、IL-3が脳で発現が高いことを示唆するものでした。次に、脳内でIL-3を発現している細胞種の特定を試み、アストログサイトの約4%がIL-3産生を行っていることがわかりました。これらの一部のアストロサイトは恒常的なIL-3発現を維持しており、野生型マウスと5xFADマウスの脳間においても、アストロサイトから産生されるIL-3量には差異がないようでした。一方で、IL-3の受容体の発現量を調べたところ、興味深いことがわかりました。野生型マウスの脳ではIL-3レセプターa (IL-3Ra) +のミクログリアの割合がわずか8%であったのに対し、5ヶ月齢の5xFADマウスのミクログリアでは、IL-3Ra+の細胞の割合が20%を占め、8ヶ月齢に至っては50%を占めていることがわかりました。つまり、5xFADマウスのミクログリアでは、比較的早期からIL-3Raの発現上昇が認められたということです。しかも、このIL-3Raの発現上昇は、ミクログリア細胞種で特異的に認められたのです。
 次に、ヒトの脳におけるIL-3シグナル伝達について解析を行いました。AD患者と健常者の前頭皮質を比較した組織学的な解析では、マウスの結果と同様に、IL-3がアストロサイトに局在する結果が得られました。また、AD患者でもIL-3のタンパク質レベルは健常者と同じであったのに対して、ミクログリアにおけるIL-3Raの発現量の方はAD患者で有意に上昇していたことも、マウスでの結果と共通しています。このIL-3Raの発現量が高いミクログリアは、アメーバ状の形態を示しており、活性化型のミクログリアであることがわかりました。また、マウスの結果と同様に、の蓄積レベルとIL-3Raの発現レベルは相関していました。これらの結果は、ADの病状悪化に伴って、ミクログリアのIL-3Raの発現が誘導され、ミクログリアへのIL-3シグナルが入りやすくなっていることを示唆しています。
 次に著者らは、5xFADマウスとIl3-/-5xFADマウスにおけるミクログリアのRNA-seq解析を実行しました。この解析からは、IL-3TREM2の下流のシグナリング経路で機能しており、免疫応答、細胞形態、運動性応答等に関与していることが示唆されました。興味深いのは、5xFADマウスのミクログリアはプラークの近くに集積していたのに対し、Il3-/-5xFADマウスのミクログリアはプラークからの距離によらず、均一に細胞が散在していました。これはミクログリアへのIL-3の刺激がの認識に関わることを示唆していますが、一方で、IL-3の刺激の有無はミクログリアの貪食能力には影響を与えないようです。さらに著者らは、誘導性ミクログリア特異的にIl3raをノックアウトした5xFADマウスを作製し、Il-3Ra+ミクログリアの出現を抑制した条件下ではの蓄積量が増加し、マウスの記憶保持も低下することを示しました。
 論文の内容を再度まとめると、
IL-3は一部のアストロサイトが恒常的に発現しているのですが、ミクログリアにおけるIL-3Raの発現はADの病状悪化に伴い上昇するようです。そして、ミクログリアへIL-3シグナルが入ることにより、蓄積したへ導かれ、結果として貪食を促進することに繋がっているようです。
 紹介者は、
IL-3のシグナル制御による新たなAD治療法が開発されることを期待しているところです。また、同様のメカニズムで、他の神経疾患の治療法にも応用できる日が来ることを願っております。また、IL-3以外の未知のグリア細胞制御因子が今後も発見されていくことを期待して、胸が躍る思いです。本論文を、是非ご一読いただければ幸いです。
(文責:橋本理尋)

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海外文献紹介2021年7月号

Astrocytes phagocytose adult hippocampal synapses for circuit homeostasis.

Joon-Hyuk Lee, et al.
Nature. 590: 612-617 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33361813/

 グリア細胞のうちのアストログリア(アストロサイト)は、血液脳関門を構築し、栄養因子などを神経細胞へと補給すると同時に、シナプス間隙での神経伝達物質などを取り込み・再利用する役割を担っている。本報告では、アストロサイトがミクログリア同様にファゴサイトーシス(食作用)機能を有して、海馬領域のシナプス可塑性、さらには長期記憶形成に重要な役割を果たしていることを明らかにしている。
 先ず著者らは、mCherryeGFP
タンパク質を共発現するファゴサイトーシス検知レポーターシステム(ライソゾームに取り込まれると酸性環境によってeGFP蛍光が退色する性質を利用し、mCherryのみの蛍光で食作用を検知するシステム)をアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターで成熟マウスの海馬に導入して、主にCA1領域においてミクログリア同様にアストロサイトによるファゴサイトーシスを見出した。また、このレポーターシステムを興奮性シナプス前終末(CA3AAV導入)、興奮性シナプス後膜(スパイン)(CA1AAV導入)、抑制性シナプス前終末(同CA1)、抑制性シナプス後膜(スパイン)(同CA1)にそれぞれ特異的に発現させ、海馬CA1領域でのシナプスのファゴサイトーシスを検出した。その結果、主に興奮性シナプス前終末、次いで興奮性スパインでミクログリア以上にアストロサイトが強いファゴサイトーシスを誘導していた(抑制性シナプス双方では弱い誘導)。さらに、学習記憶試験下では、アストロサイトのみが興奮性シナプスのファゴサイトーシスを優位に誘導していた。
 そこで、MERTK
ファゴサイトーシス受容体と協働するMEGF10のアストロサイト特異的なノックアウトマウスを作製し、解析した。その結果、MEGF10欠損後、興奮性シナプスのファゴサイトーシスが半減し、興奮性シナプス前終末とスパインの双方が次第に増加していた。これにより、シナプス可塑性の恒常性が維持されず、電気生理学的解析および行動解析において、興奮性シナプス後電流(sEPSCs: spontaneous Excitatory Postsynaptic Currents)頻度・Paired Pulse RatioPPR)など短期可塑性が増加し、一方、EPSC振幅が低下し、興奮性シナプス後場電位(fEPSP)など長期可塑性が低下することで、新規オブジェクト認識テスト(NOR)・新規オブジェクト位置テスト(NOL)での海馬依存的な長期記憶が形成されなかったと報告した。
 
今回の報告で、成人の脳海馬高次機能、特に長期記憶形成において、アストロサイトが血液脳関門、栄養補給、シナプス間隙の恒常性維持以外にも、ファゴサイトーシス機能を有して神経細胞維持、特にシナプス可塑性維持に重要であることが示唆された。手前味噌で大変恐縮であるが、2017年に我々の研究グループは、加齢依存的にアストロサイトの樹状構造が脆弱化(astrocytic beading)し、加齢依存的な長期記憶障害を起こすことを報告している(Endogenous reactive oxygen species cause astrocyte defects and neuronal dysfunctions in the hippocampus: a new model for aging brain. Aging Cell. 2017; 16: 39–51)。本報告によって、アストロサイトの加齢依存的な機能変容が注目を浴びることに、過去の研究を思い起こしながら興奮を覚えた。
(文責:石井恭正)

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海外文献紹介2021年6月号

Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women.

Mihoko Yoshino, et al.
Science.
372: 1224-1229 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33888596/

 生物で普遍的に使用される補酵素NAD+は真核生物では加齢とともに量が減ることがヒトも含めて示されています。NAD+量は肥満でも減り、代謝性疾患との関連も多く報告されています。生体ではNAD+を再利用できる代謝経路があり、その経路を構成する代謝物の補充でNAD+を上げれば問題は解決するのではないかというアイディアがあり、モデル生物では効果を挙げています。ビタミンB3NRNicotinamide riboside)、NMNNicotinamide mononucleotide)などがその候補です。今回はNMNを用いた臨床試験の結果を伝える論文です。
 二重盲検比較試験で
NMN 250 mgもしくはプラセボを10週間摂取するプロトコルです(NMN 13人、プラセボ12人)。閉経後の太め(BMI 25~40)の女性を対象にしています。評価項目は、血中NAD+関連代謝物の変化、体組成の変化、筋肉・肝臓・脂肪組織のインスリン感受性、採取した筋肉のタンパク、mRNA発現解析を行っています。
 結果ですが、
NMN投与で血液細胞中NAD+濃度が10週間後に上昇しました。その他では脂肪や肝臓では効果が確認されず、筋肉に特異的な効果が得られています。筋肉ではインスリン感受性が上昇します。そのサポートになりますが、インスリン投与後に下流シグナル因子リン酸化が筋組織で上昇し、インスリンに反応してmRNAが変化する遺伝子数もNMN投与で60倍増加します。マウス研究から予想されたミトコンドリア機能上昇は見られませんでした。生理的なレベルでの筋肉の機能向上も確認されませんでした。
 今回の結果では、栄養物の一つである
NMNが、臓器特異的ではありますがインスリン感受性を増加することを初めて示しました。老化・代謝疾患の研究で得られたシーズがヒトで効果を示すのはとても価値のあることです。効果が閉経後の高齢者だから起きた抗老化効果であったかは、今回の試験からわかりません。生理的な改善は示されず、しかも効果が筋肉限定だったことから、インスリン抵抗性改善という目的においては現プロトコルにおいては一般的な治療薬の方が優れます。投与プロトコルの改訂により改善されるかはさらなる結果が待たれるところです。長期投与での安全性も未確認で課題は多いですが、生物が良く使う代謝物による介入で比較的安全な抗メタボ、抗老化を目指す流れが勢いづくかもしれません。
(文責:伊藤孝)

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海外文献紹介2021年5月号

Alzheimer's disease brain-derived extracellular vesicles spread tau pathology in interneurons.

Zhi Ruan, et al.
Brain.
144: 288-309 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33246331/

 さて、本日はアルツハイマー病(AD)主病変蛋白質の1つであるTauの伝播仮説(プリオン仮説)に関する論文を紹介させて頂きます。
 5年ほど前に大きなブームとなった病変蛋白質の伝播仮説ですが、そのきっかけは、高齢者に由来する硬膜を生前に移植された方の脳を病理解剖した際に、実年齢とそぐわない老人斑の沈着が確認されたことに遡ります。その後、AD患者脳から抽出した病変蛋白質の重合体をマウスの脳内に接種すると、接種部位から神経回路に沿って病変が拡大することが多数のラボから報告され、日本でも大きな注目を集めるようになりました。一方、伝播仮説には様々な問題点が残されています。例えば、外因性の病変蛋白質重合体をマウスの脳実質に接種すると確かに脳内を伝播するのですが、内因性の病変蛋白質が真に脳内で伝播しているかどうかは証明できていませんし、仮に伝播するとした場合、あまりにも時間差がありすぎます(マウスに接種するとほんの数ヶ月で病変が伝播しますが、AD患者の脳内では20年以上かけて病変が拡大します)。また、Tauα-synucleinのような細胞内で病変を形成する蛋白質も神経回路に沿って伝播すると提唱されていますが、実際の患者脳では回路的に(空間的に)離れた位置にも病変は形成されますし、AD患者の場合は老人斑形成によってシナプスが物理的に障害されて神経回路が遮断されるので論理的に矛盾します。
 などなど、私個人はかなり怪しい仮説だと考えているのですが、ほとんどの
AD研究者には受け入れられているのが現状です。だったらそんな論文を紹介するなよと突っ込まれてしまいそうですが、今回ご紹介する論文では、これまた10年ほど前から細胞間情報伝達系として注目されている細胞外微小胞(extracellular vesicle; EV)とTauとの興味深い関係が明らかになりました。
 EVはその形状・性質から脂質を含むリポ蛋白粒子、エクソソーム(直径50~200nm)、マイクロベシクル(直径数百~1000nm)の3種に大別されます。また、その形成過程から、後期エンドソームが成熟して形成された多胞体(multivesicular body)に由来するエクソソームと、細胞膜の一部が出芽して形成されるエクトソーム(マイクロベシクルに相当)の2つに分類することも可能です。そして今回の論文では主にエクソソームを対象に検索しているのですが、AD患者、プロドローマルAD(軽度認知障害期のAD予備群)、および健常者の脳実質からEVを回収してTau重合体の解析を行った結果、AD患者のEVにはTauのオリゴマー(可溶性重合体)とフィブリル(不溶性重合体)が、そしてプロドローマルADEVにはTauオリゴマーが有意に局在していることが明らかとなりました。ここで重要なのは、筆者らのグループはEVproteinase Kで処理して外膜上の蛋白質を分解してから検索している点です。つまり、Tau重合体はEVに内包されていることが明らかとなりました。これまでの先行研究により、Tauと並ぶAD二大病変の病変蛋白質であるは、EVの外膜上に結合する形で局在することが確認されています。つまり、は別経路で分泌されたフリーのが細胞外でEVと結合する可能性もあるのですが、Tauは細胞内で微小胞内に取り込まれてから細胞外へ分泌されていることが初めて明らかとなりました。また、これまでの病変蛋白質伝播に関する研究は、いずれもμgオーダーの生理的にはありえない高濃度の重合体をマウスの脳内に接種していましたが、EVに局在するTau重合体はpgオーダーでもマウス脳内を伝播することが明らかとなり、EVが病変蛋白質伝播のベクターである可能性が多いに示唆されることとなりました。
 一方で、やはり伝播仮説を疑いたくなる結果も報告されています。
EVTau重合体を脳内接種したマウスを組織学的に検索した結果、興奮性よりもむしろ抑制性神経細胞により多くのTau重合体が取り込まれ、細胞内蓄積が伝播していることが明らかとなりました。筆者らは、AD患者の脳内では病態初期において抑制性神経細胞の障害が生じることをDiscussionで述べていますが、最新の研究報告では、むしろ抑制性神経細胞は比較的保たれていることがコンセンサスとなりつつあります。また、これは伝播研究全般に共通する結果なのですが、Tau重合体を取り込んだ(伝播した)神経細胞は全く死んでいません。ご存じの通り、Tau病変は神経細胞死と強く相関しますので、伝播によって細胞内に形成されたTau重合体は、AD患者の脳内に形成されたTau病変と質的な差異が存在する可能性も考えられます。
 と、結果的には伝播仮説をますます疑いたくなる結果ではありましたが、Tau重合体がEV内部に存在すること(=細胞から分泌されていること)は少なくとも証明されましたし、Tau重合体を含むEVには、抑制性神経細胞に取り込まれやすい外膜環境が存在することも示唆されました。近年、がん細胞に由来するEVは、ある特定の細胞に取り込まれやすくなるように外膜蛋白質(インテグリンなど)が構成されていることが次々と明らかになっていますので、脳内での細胞間情報伝達系にもEV膜の質・性状が関与している可能性が示唆され、老化に伴う膜輸送系の変化を研究している私にとっては非常に興味深い結果であると言えます。
(文責:木村展之)

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海外文献紹介2021年4月号

Restoring metabolism of myeloid cells reverses cognitive decline in ageing.
「骨髄系細胞の代謝が回復すると加齢によって低下した認知機能が元に戻る」

Paras S Minhas, et al.
Nature.
590: 122-128 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33473210/

 「老化」は時の流れによるものだから、遅らせることはできても元に戻す(若返らせる)ことは難しいだろう、とだれもが思っていらっしゃるのではないでしょうか。しかし、今日ご紹介する文献は、まさに「逆転・認知機能」。骨髄細胞のエネルギー代謝を回復させることによって、老齢マウスの認知機能が元に戻る、という文献です。認知機能の老化は、もはや取り返しのつかないことではないようです。そのカギを握るのは?
 マクロファージはほとんどすべての組織にあって、組織の健康維持に重要な役割を果たしています。そこで筆者らはマクロファージに着目しました。プロスタグランジンE2PGE2)は、アラキドン酸カスケードのシクロオキシゲナーゼ2(COX2)の下流にあり、炎症モジュレーターとして知られています。PGE2のレベルは加齢や神経変性疾患で増加することから、筆者らはPGE2の増加が、加齢に伴う慢性炎症の亢進や認知機能の低下に関連するのでは、と考えました。そこでまず、ヒトの単球由来マクロファージ(MDMs)においてPGE2と加齢の関係を調べたところ、PGE2は高齢者(65歳以上)で増加し、それによってMDMsのエネルギー代謝が低下することを見出しました。また、PGE2シグナルはEP1から4の受容体を介していることが知られていますが、MDMsにおけるこれらの受容体の発現と加齢の関係を調べたところ、EP2受容体のみが高齢者で増加することがわかりました。
 そこで、骨髄細胞特異的に
EP2受容体の発現を低下させたマウス(Cd11bCre;EP2lox/lox)を作製して調べました。コントロールマウス(Cd11bCre)では、PGE2EP2受容体の発現が老齢(20-23ヵ月齢)で増加し、マクロファージのエネルギー代謝の低下、マクロファージの機能低下(ファゴサイトーシス能)、ミトコンドリアの異常が生じましたが、Cd11bCre;EP2lox/loxマウスでは、加齢によるこのような変化は生じないことがわかりました。また、老齢コントロールマウスのマクロファージにみられる炎症性フェノタイプ (CD80CD86の発現増加)も、老齢Cd11bCre;EP2lox/loxマウスでは認められず、若齢マウス(3-4か月齢)のマクロファージとほとんど同じであることが明らかになりました。さらに興味深いことに、血漿だけでなく海馬においても、老齢マウスに認められる炎症性タンパク質の増加がCd11bCre;EP2lox/loxマウスでは認められないことが明らかになりました。つまり、骨髄細胞のPGE2-EP2シグナリングは、加齢によって生じるマクロファージのエネルギー代謝の低下、ファゴサイトーシス能低下、ミトコンドリア異常、炎症性フェノタイプの発現に関与するだけでなく、加齢による海馬の炎症性タンパク質増加にも関与していた、ということなのです。
 炎症と認知機能低下との関連性はよく知られています。そこで次に、
Cd11bCre;EP2lox/loxマウスを用いて記憶能や長期増強に及ぼす加齢の影響を調べたところ、老齢コントロールマウスで低下する記憶能や長期増強が、老齢のCd11bCre;EP2lox/loxマウスでは低下しないことが明らかになりました。すなわち、老齢マウス骨髄細胞のEP2シグナリングを抑制すると、海馬の可塑性や記憶能が若齢マウス並みになることが示されました。
 ではこのような
EP2シグナリングの効果は、どのようなメカニズムでおきているのでしょうか。PGE2-EP2シグナリングの下流にはプロテインキナーゼBAKT)、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3βGSK3β)、グリコーゲンシンターゼ(GYS1)があり、活性化によってグリコーゲンの合成が促進することが知られています。そこで、筆者らはCd11bCre;EP2lox/loxマウスやヒトのMDMsを用いた実験を行い、PGE2-EP2シグナリングがグルコースの流れを抑制し、エネルギー代謝を低下させることを明らかにしました。
 脳の骨髄系細胞であるミクログリア、特に
IBA1-ポジティブなミクログリアにはEP2受容体が局在していることが知られています。そこで、血液脳関門を通過するEP2シグナリングの阻害剤(C52)をマウスに投与したところ、Cd11bCre;EP2lox/loxと同様、炎症を抑制し、エネルギー代謝を促進し、加齢による認知機能低下を回復させる効果があることがわかりました。
さて、
PGE2-EP2シグナリングの抑制は、新たな認知機能治療薬のターゲットとなるのでしょうか?  
(文責:三浦ゆり)

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海外文献紹介2021年3月号

Olfactory perception of food abundance regulates dietary restriction-mediated longevity via a brain-to-gut signal.

Bi Zhang, et al.
Nature Aging.
1: 255-268 (2021).

https://www.nature.com/articles/s43587-021-00039-1

 食餌制限(dietary restriction: DR)は、霊長類を含む多くの生物において疾患予防や寿命延伸に効果があることが明らかにされており、その作用機序としては、食餌由来の栄養素を感知するAMPKmTORなどのシグナリングパスウェイが働くことが知られています。一方で、ショウジョウバエを用いた研究では、食餌(エサ)の匂いを嗅ぐだけでDRによる寿命延伸効果が抑制されることが明らかにされており、その詳しいメカニズムについては不明でした。今回紹介する論文では、線虫を用いてそれらについてアドレスしています。
 一般的に、老化研究に用いられる線虫は、寒天培地にエサとなる大腸菌株(
OP50)を播種して飼育します。本研究で筆者らは、エサとなる大腸菌とは別に、寒天プレートのフタの内側にも大腸菌を播種し、DR依存的な寿命延伸効果における匂いの影響を検討できる実験系を立ち上げました。この実験系を用いて筆者らは、線虫においてもエサの匂いによってDRによる寿命延伸効果が抑制されることを見出しました。一方で、AL条件下ではエサの匂いによる寿命への影響は観察されませんでした。次に、そのメカニズムを明らかにするため、神経伝達に関わる遺伝子群の変異体スクリーニングを行い、セロトニン、ドーパミン、オクトパミン/チラミンのシグナルが、匂いを介したDR依存的な寿命延伸効果の抑制に関わることを見出しました。次に筆者らは、神経伝達物質リリースに関わる遺伝子群の変異体によるカルシウムイメージング、および神経アビレーション実験、嗅覚受容体遺伝子のRNAiによる機能阻害実験などを行いました。その結果、まずADF(セロトニン)ニューロンが匂いに反応した後、CEP(ドーパミン)ニューロンが刺激され、RIC(オクトパミン)ニューロンを抑制するという嗅覚神経回路を形成していることがわかり、それによってDR依存的な寿命延伸効果が抑制されることが明らかになりました。
 さらに、嗅覚神経回路がどのように寿命の制御に関わるのかについて解析を行い、嗅覚神経回路から放出されたオクトパミンが、腸管で発現するオクトパミン受容体を介して
AMPKを活性化し、腸管バリア機能の維持に働くことを明らかにしました。最後に筆者らは、オクトパミンの脊椎動物ホモログであるノルエピネフリン(ノルアドレナリン)によってAMPKが活性化されることを、マウス初代培養細胞を用いて生化学的に示しており、このシステムが進化的に保存されていることを示唆しています。
 この論文は、シンプルな実験系ながら、遺伝学・生化学的手法を用いて匂いによる寿命制御の分子機構と臓器間相互作用をスマートに明らかにしており、老化研究モデルとしての線虫の強みを感じられる報告でした。
(文責:赤木一考)

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海外文献紹介2021年2月号

Social selectivity in aging wild chimpanzees.

Alexandra G Rosati, et al.
Science
370: 473-476 (2020).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33093111

 ヒトの健康や寿命延伸の鍵となる高齢者の社会性変容が、近年注目を浴びています。加齢による変化は身体機能のみならず、社会性行動にも影響を及ぼすことが知られています。
 ヒトは年齢を重ねるにつれて、友好的な人間関係を優先する傾向にあるとされております。これは人間が自分の死を意識するようになると、ポジティブな情報を好むようになる社会的選択性に起因するものと考えられており、社会情動的選択性理論(Socioemotional Selectivity Theory)として様々な検証がなされてきました。今回紹介する論文では、この理論を基に、社会性行動の加齢性変化(Social Aging Phenotype)の進化的背景を明らかにするため、1558歳までの野生オスチンパンジーの20年に渡る縦断的データを分析し、ヒト高齢者の社会性行動との比較検討が試みられました。チンパンジー同士の友好関係は毛繕い(Grooming)の回数やパターンなどを指標に評価されました。高齢(35歳以上)のオスチンパンジーでは、一方的な友好関係性を持つことを避け、相互的な友好関係を重要視する、ヒトと類似した社会性行動傾向が見られました。また高齢のオスは集団での支配的地位は低下しているにも関わらず、魅力的な社会的パートナーになっている興味深い可能性が示されました。
 このようにヒトと他の動物に共通して見られる
Social Aging Phenotypeを理解していくことで、今後、高齢化社会における社会性の柔軟な変化が持つ役割について明らかになっていくことが期待されます。 
(文責:多田敬典)

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海外文献紹介2021年1月号

Loss of cholinergic innervation differentially affects eNOS-mediated blood flow, drainage of Aβ and cerebral amyloid angiopathy in the cortex and hippocampus of adult mice.
「コリン作動性神経の消失は
eNOSを介した血流、排泄および脳アミロイド血管症に対して大脳皮質と海馬で異なる影響を及ぼす」

Shereen Nizari, et al.
Acta Neuropathol Commun
. 9: 12 (2021).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33413694

 認知症患者の脳では、コリン作動性神経が脱落することに加え、脳血管周囲へのアミロイドβ()蓄積(アミロイド血管症)が高率に認められることが報告されています。脳内で産生されたは、分解酵素やグリア細胞などにより分解・除去されるのに加え、血管(動脈)を構成する平滑筋細胞の間を縫って排泄される(IPAD; intramural periarterial drainage)ことも報告されています。今月は、コリン作動性神経の脱落が脳血流とIPAD機能に及ぼす影響について調べた論文を紹介させていただきます。
 本論文では、コリン作動性神経を脱落させるために、同神経に選択的な神経毒をマウスの脳室内に投与しました。また、アセチルコリンにより血流が増加する際に、主に内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の活性化させて血管を拡張させることから、薬理的にeNOSを活性化し、脳血流やIPAD機能への影響を検証しました。
 その結果、コリン作動性神経が脱落したマウスでは、安静時の大脳皮質血流に影響は生じないものの、eNOS活性化時の血流増加が減弱しました。それらのマウスでは、大脳皮質におけるeNOSの発現も低下していました。IPAD機能については、蛍光標識したAβ40を脳組織中に注入し、血管周囲への局在を調べることで評価しました。その結果、コリン作動性神経が無傷のマウスではeNOSの活性化によって大脳皮質の血管周囲のが減少しましたが、コリン作動性神経が脱落したマウスではeNOS活性化の作用が低下していました。つまり、コリン作動性神経が脱落すると、大脳皮質でのeNOSの発現が低下し脳血管拡張反応が弱まるために、の排泄(IPAD機能)が低下したこと示唆します。
 海馬での変化は上述の大脳皮質と比べてやや異なり、コリン作動性神経の脱落によりeNOSの発現が増加し、eNOS活性化時の血流増加が維持されました。IPAD機能については、eNOS活性化時の方がむしろ血管へのの局在が高まりました。一見矛盾するようにも思えますが、著者らは脳血流の増加(血管の拡張)がIPAD機能を促進する点で一致すると主張しています。
 脳血管は脳組織を栄養するために血管径を調節して血流を制御していますが、血管径が変化することが脳外への排泄機能を促し、ひいては血管自身の機能維持にも役立つことに、生体の奥深さを感じた次第です。
(文責:渡辺信博)

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