編集委員会からのお知らせ
海外文献紹介2024年10月号
Dietary restriction impacts health and lifespan of genetically diverse mice.
Andrea Di Francesco, et al.
Nature. 634: 684-692. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-08026-3.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39385029/
周知の通り、老化研究はカロリー制限(CR)によるげっ歯類を含むモデル生物の寿命延長と、代謝関連の表現型や遺伝子との関連が主要な分野となっています。近年、総カロリーを減らさなくとも、時間を決めた食事制限(Intermittent fasting, IF)がマウスで代謝変化と健康効果をもたらすことが多く報告されています。しかし、CRとIFのどちらが効果が高いのか、また両者に質的にどのような違いがあるのかはかわかっていません。また、CRやIFへの反応は個体ごとに大きく異なるものの、その背景にある要因や、寿命に相関する生体指標についてもまだ十分にはわかっていません。
今回、筆者らは12系統のマウスを交雑させた遺伝的多様性の高いマウス960匹を、(1)食べ放題(2)IF 1日(3)IF 2日(4)CR 20%(5)CR 40%の5群(N=192)に分け、食事制限による寿命への影響を調べました。また、これらのマウスで多岐にわたる表現型の長期変化と個体の寿命との相関も調べました。
このデザインで多くの発見がありましたが、まず寿命の長さは(5)から(1)の順番となりました。これはカロリー制限の度合いに比例しましたが、(2)IF 1日は総カロリー摂取が(1)食べ放題の群と変わらなかったにもかかわらず、IFにも弱いながら寿命延長効果が見られました。
この960匹のほぼすべての個体のゲノムを解析し、個体ごとの寿命との関連を調べた結果、食事制限よりも、むしろ遺伝型の方が寿命への影響が強いことがわかりました。ヒトでは遺伝的要因よりも環境要因が寿命との関連でより強いとする報告が多い中、同一環境において、食事パターンより遺伝的要素が寿命に強く影響するという結果には意外性があります。
もう一つ意外性の高い結果として、代謝関連のパラメーターが寿命にほとんど相関しなかったことが挙げられます。むしろ、CRで特に痩せる個体が早期に死亡し、痩せない個体ほど長生きする傾向がありました。つまり、CRに伴う体重や脂質の減少は長寿にはほぼ関連しないことがわかりました。また、CRでよく見られる代謝関連の変化である、空腹時血糖やエネルギー消費量、呼吸商の変化も、寿命とは関連がありませんでした。体重減少と長寿が相関しないことは、ラパマイシンと長寿の関係においても拙著(eLife 2016)で報告しています。
他にも、寿命と免疫との相関や、各群におけるプロファイルの違いが多くの測定項目に関して示されています。本論文はデータ量が膨大なため、このあたりにとどめますが、食事制限と老化に関する大辞典的な位置づけとなる内容であり、今後、多くの関連研究の指標となるでしょう。会員の皆様も論文の図表をご覧いただければ、ご自身の研究から新しいアイディアが生まれることと思います。ぜひご一読ください。
最後に、この論文の出資者であり主要な研究スタッフはGoogle出資のCalicoです。今後も、アカデミアの研究室単位では実現できない規模のプロジェクトで、新興企業が驚きの成果を出していく展開が予想されます。
(文責:伊藤 孝)
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海外文献紹介2024年9月号
Spatially clustered type I interferon responses at injury borderzones.
V. K. Ninh, et al.
Nature. 633: 174-181. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07806-1.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39198639/
これまで心筋梗塞後の非感染性炎症は骨髄細胞の働きによるものと考えられていました。今回、心筋細胞や線維芽細胞のような非免疫細胞におけるI型インターフェロン(IFN)に関わる分子の選択的な抑制が、心筋症の改善に有効だとする新たな報告がありました。そこで、心筋梗塞の境界領域に生じる病的ニッチに関して空間的オミクス解析による新しい発見についてご紹介します。
著者らは、心筋梗塞発症マウス(12-14週齢・雄)およびヒトの心臓組織において、空間的トランスクリプトーム解析(Visium)とシングルセル解析(MERFISH)を行いました。いずれの場合も、心筋梗塞がインターフェロン誘導遺伝子(ISG)を発現し、インターフェロン誘導細胞(IFNIC)のコロニーを梗塞部位との境界領域(BZ)に誘導することを見いだしました。IFNを誘導するIrf3を細胞(心筋細胞、線維芽細胞、マクロファージ、好中球、血管内皮細胞)特異的に欠損したノックアウトマウスによる比較を行った結果、心筋細胞のみでISGの発現が低いことが明らかになりました。一方で、骨髄細胞の応答に必要なCCR2欠損マウスや樹状細胞の除去ではIFNの発現誘導に関与は見られませんでした。このことから、非免疫細胞である心筋細胞がISGの発現に重要であることがわかります。また、RNAのMERFISH解析により、Ifna2転写物の多くがBZの心筋細胞上にあることを突き止めました。外傷性の損傷(核の破裂などが生じる)によりBZのISGが増加するのと同様に、梗塞マウスのBZにおける心筋細胞では機械的ストレスを受けて核の破壊やDNAの逸脱が生じ、ISGの発現を誘導していました。そこでは、環状GMP-AMP合成酵素依存的な感知とIRF3依存的なIFN産生により、近隣の細胞(IFNレセプターの実験から特に線維芽細胞であることを示しています)にISG発現を誘導し、IFNICコロニーを作ることがわかりました。
また、心筋梗塞後に致死するマウスを調べた結果では、IFNICコロニーが心室破裂部位の近傍にすぐに現れましたが、IRF3を遺伝子的に阻害したIFNIC欠損マウスでは破裂が抑制され、生存率が改善しました。そして、RNAのMERFISHによりISGの発現する各細胞マーカーについて調べた結果、IFNICコロニーは主に線維芽細胞とマクロファージ上に見られ、IFNレセプターを欠損した線維芽細胞ではISGは発現せず、IFNICコロニーはできませんでした。In vitro 、in vivoの実験において線維芽細胞の活性がISGの発現と相反しており、IFNの応答は保護的な線維芽細胞のマトリセルラータンパク質の応答を阻害することが明らかとなりました。つまり、IFNが線維芽細胞の活性を阻害して心破裂の脆弱性を高めています。
以上のことから、非免疫細胞におけるIFN産生に関わるIRF3活性などの選択的抑制が広範な免疫抑制を避けた治療上の利点を与えると著者らはまとめています。このことは、高齢者を始め免疫系に課題を抱える多くの患者においても、免疫抑制を伴わずに行える新たな治療法の開発につながる有益な情報であると今後の発展が期待されます。
(文責:板倉陽子)
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海外文献紹介2024年8月号
APOE4/4 is linked to damaging lipid droplets in Alzheimer's disease microglia.
Michael S. Haney, et al.
Nature. 628: 154-161. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07185-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38480892/
温故知新という言葉がありますが、アルツハイマー病(AD)研究分野においても数年ほど前からApolipoprotein E(ApoE)に関する注目が再び高まっている気がします。
ApoEは脳内でのコレステロール輸送・代謝に関わる重要なアポリポ蛋白質で、ヒトの場合は112番目と157番目のアミノ酸がシステインであるかアルギニンかによってE2、E3、E4の3種類のアイソフォームが存在します。このうち、E4(両方ともアルギニン)がADの発症リスク因子として知られており、E4ホモの場合は発症リスクが約10倍にも増加します。また、ApoEは主にアストロサイトで発現が高いことが知られていますが、AD患者ではミクログリアでのApoE発現量が増加しているという報告も存在します。
ADといえば老人班や神経原線維変化といった二大病変が有名ですが、ADの発見者であるAlzheimer博士の論文には多数の脂肪滴がグリア細胞で確認されるという特徴が記載されていました。先述の通り、ApoEは脳内の脂質代謝に必須の分子ですので、今回筆者たちはApoE4がミクログリアに及ぼす影響について検索を行いました。
まず、E3ホモ健常人(age-matched control)、E3ホモAD患者、E4ホモAD患者の新鮮凍結脳組織を用いてシングルセル解析を行った結果、E4ホモAD患者では健常人に比べてACSL1という脂質代謝関連酵素が有意に発現上昇していることが明らかとなりました。ACSL1はフリーの脂肪酸からAcyl-CoAを作る際に働く酵素で、脂肪滴の形成にも関わることが知られています。続いて、ACSL1陽性ミクログリアをソーティングして遺伝子発現パターンを調べたところ、恒常型(いわゆる正常なミクログリア)でも疾患型(炎症性因子の発現が亢進しているミクログリア)でもない独特のパターンを示すことが判明しました。NAMPTの発現が高発現しているそうで、基礎老化研究者の先生方にとっても興味深い特徴ではないでしょうか。
続いて、凍結切片を用いて脂質染色を行ったところ、老人班の周囲に脂肪滴を多数内包するミクログリアが確認され、ACSL1陽性ミクログリアと非常に局在が似ているとのことでした(オイルレッドO染色と免疫染色を組み合わせることができないため共局在までは確認できていません)。筆者らはこれらのミクログリアをLDAM(lipid droplet-accumulating microglia)と名付けましたが、LDAMの存在は認知機能テストであるMMSEと反比例し(LDAMが多い症例ほど認知機能が低下している)、老人斑数と比例していました。
ApoEが脂肪滴の産生に関与するか否かを明らかにするため、E3ホモとE4ホモのiPS細胞からそれぞれミクログリアを分化誘導して検索したところ、E4ホモのミクログリアで多数の脂肪滴が確認されました。また、これらミクログリアに老人班の主要構成分子であるAb線維を処理したところ、E4ホモのミクログリアでは脂肪滴が増加し、PLIN2やACSL1といった脂肪滴産生に関与する分子の発現が上昇しました。ちなみに、ApoEをノックアウトするとAb線維を加えても脂肪滴は増加しなかったことから、Abによる脂肪滴産生増加にはApoEの関与が必須であることが判明しました。また、この変化はヒトiPS細胞由来のミクログリアのみならず、ラットの初代培養ミクログリアやヒトマクロファージの初代培養細胞、マウスのミクログリア系セルラインであるBV-2細胞でも確認されました。また、BV-2細胞を用いて脂肪滴産生に関与する遺伝子群をスクリーニングしたところ、やはりACSL1の発現が最も強く、ACSL1の阻害剤Triacin Cを加えるとAb線維による脂肪滴の産生増加が抑制されました。
LDAMにおけるエピジェネティックな変化を検索するため、LDAMをソーティングしてRNA-seqを行ったところ、NF-kBに関連する転写因子の発現が上昇しており、自然免疫系が賦活化されている状態に近いことが判明しました。また、Ab線維による脂肪滴増加に関わる分子を検索するため、CRISPR-KOスクリーニングを行ったところ、PI3Kの触媒ユニットであるPIK3CAやTLR4の下流で働くS100A1などがヒットしました。過去の報告で、PI3Kを阻害するとマクロファージにおける脂肪滴産生が低下するという報告があるそうなのですが、iPS細胞から分化誘導したミクログリアにPI3K阻害剤のGNE-317を処理すると同様の現象が生じ、さらに炎症性サイトカインの放出も抑制されたそうです。
最後に、神経細胞への影響を調べるため、LDAMと脂肪滴の少ないミクログリアからそれぞれ採取したconditioned mediumをiPS細胞から分化誘導したヒト神経細胞の培養液中に加えたところ、LDAMのconditioned mediumを添加された神経細胞では細胞内に脂質の蓄積が認められ、Tauのリン酸化も上昇していました。AD患者の神経細胞では脂肪滴が確認されるものの、脂肪滴産生に関する遺伝子の発現はほとんど変化していないとの報告があるそうで、今回の結果からミクログリアの関与が示唆されました。
まとめますと、ApoE4はミクログリアにおける脂質代謝系を変容させ、その影響が最終的に神経細胞も含めた脳組織全体の脂質代謝系を変容させて神経変性につながる可能性が示唆されました。実は今回、この論文とどちらを紹介しようか迷った論文があるのですが、そちらもグリア細胞の老化と脂質代謝との関連性を示すものでした(Byrns et al., Nature 2024; DOI 10.1038/s41586-024-07516-8.)。中枢神経系における脂質代謝の重要性を改めて感じる論文です。
(文責:木村展之)
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海外文献紹介2024年7月号
Inhibition of IL-11 signaling extends mammalian healthspan and lifespan.
Anissa A. Widjaja, et al.
Nature. Online ahead of print. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07701-9.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39020175/
昨年アップデートされた「Hallmarks of Aging」で、新しく追加されたものの一つが慢性炎症です(Lopez-Otin et al., Cell, 2023)。以前より「Inflammaging」と呼ばれているように、慢性炎症は老化の特徴を最もよく表した状態だと言えます。今回紹介するのは、炎症性サイトカインであるIL-11を抑制することで、マウスの健康・最大寿命が延びることを報告した論文です。
まず著者らは、マウスの肝臓、白色脂肪組織、腓腹筋で加齢に伴ってIL-11の発現が上昇することを示しました。同時に、老化に関わることが知られているシグナリングパスウェイである、ERK、AMPK、mTORパスウェイの活性や老化細胞マーカーであるp16Ink4a、p21Waf1/Clp1の発現も生化学的に調べ、ERK-mTORパスウェイや老化細胞マーカーが加齢に伴い活性化すること、AMPKの活性が抑制されることを確認しました。興味深いことに、老齢(110週齢)のIL-11受容体欠損マウス(IL-11RA1 KOマウス)では、これらのシグナリングパスウェイや老化細胞マーカーの発現が若い状態に保たれていることがわかりました。さらに、このマウスでは、体重や脂肪量、脂質代謝遺伝子発現などの代謝関連の表現型やテロメアの長さ、mtDNAコピー数が改善していました。次に著者らは、IL-11欠損マウス(IL-11 KOマウス)を用いて同様の実験を行い、同じく代謝関連の表現型やテロメアの長さ、さらにはフレイルの指標が改善することを示しました。ちなみに、IL-11欠損による抗老化作用は、雌雄ともに観察されるようです。
次に著者らは、老齢マウス(75週齢〜100週齢)に対して、IL-11の中和抗体を用いた介入試験を行いました。その結果、代謝関連、サルコペニア・フレイルおよび老化関連シグナリングパスウェイの指標において、IL-11中和抗体の腹腔内投与(3週間おき)により加齢に伴う悪化が抑制できることを示しました。
さらに著者らは、IL-11の中和抗体を投与した100週齢マウスの肝臓、白色脂肪組織、腓腹筋を用いてRNA-seq解析を行いました。その結果、それぞれの組織で炎症や老化細胞マーカー関連遺伝子の発現が低下していることがわかりました。また、白色脂肪組織については、褐色脂肪細胞で発現し熱産生に関わることが知られているUcp1の発現が顕著に上昇していることがわかりました。さらに、白色脂肪組織のベージュ化に関わる遺伝子群の発現も有意に上昇しており、熱産生に関わるパスウェイが再活性化されていることが示唆されました。実際に、105週齢のIL-11 KOマウスでは、加齢に伴うUCP1およびPGC1αの発現低下が抑制されていました。
最後に著者らは、IL-11 KOマウスおよびIL-11中和抗体投与マウス(投与開始75週齢〜)の雌雄それぞれにおいて寿命が延伸することを示しました。また、これらのマウスではがんの発生率も低かったようです。
この論文は、データだけで判断すると”上手くいき過ぎている感”は否めないものの、老化研究および製薬業界に強烈なインパクトを与える一報だと思います。ただし、本論文中では触れられていませんが、著者らの先行研究では、IL-11 KOマウスのメスは不妊になることが報告されています(Ng et al., Sci. Rep., 2021)。また、炎症性サイトカインのポジティブな作用まで抑え込んでしまうのでは、というセノリティクス薬と同様の議論も巻き起こるのではないかと予想されます。臨床研究の結果を含め、IL-11創薬の今後の展開に注目したいと思います。
(文責:赤木一考)
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海外文献紹介2024年6月号
Brain-muscle communication prevents muscle aging by maintaining daily physiology.
Arun Kumar, et al.
Science. 384: 563-572. (2024). doi: 10.1126/science.adj8533.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38696572/
これまでの多くの研究で、加齢に伴う概日時計の乱れが老化の主要な原因の一つとされてきました。概日時計は、生体恒常性の維持において重要な役割を果たしており、その中枢は視交叉上核に存在し、末梢組織に存在する末梢時計と相互作用しながら体内の概日リズムを形成しています。しかし、加齢や生活習慣の変化などによってこのリズムが乱れると、老化の症状が現れることが知られています。特に、概日時計成分であるBmal1を欠損したマウスでは、概日リズムが乱れるだけでなく、サルコペニア様の筋肉の衰弱が見られ早老化を示します。
今回紹介する論文では、Bmal1欠損マウスを用いて脳と筋肉の各組織単独、もしくは両方でBmal1を再発現させることで各組織時計の筋組織恒常性維持における役割の解明が試みられました。筋肉のみでBmal1を再発現させた場合、筋機能の早老化を防ぐことはできませんでした。一方、脳と筋肉の両方でBmal1を回復させたマウスでは、筋機能老化の大幅な抑制が観察されました。このことから、サルコペニア予防には、脳と筋肉の時計による相互のコミュニケーションが必要であることが示されました。
興味深いことに、脳のみでBmal1を回復させたマウスの活動期には多くの筋組織遺伝子が発現亢進し、正常マウスおよび脳・筋肉Bmal1同時回復マウスの活動期には正常化しました。このことより、筋肉では非特異的なリズム機能を防ぐために、中枢時計などからの不要なシグナル情報をフィルタリングしていることが示唆されました。加えて、食事時間の制限を設けることで中枢時計が乱れている加齢マウスにおいて、中枢時計のリズム回復とともに筋機能不全を防ぐ可能性が示唆されました。
今回の研究で、脳と筋肉の概日リズムを相互調整させることが筋機能恒常性維持に重要であり、規則正しい食事パターンがサルコペニアの進行抑制に繋がることが明らかにされました。今後のさらなる詳細な解析により、ヒトでも同様なサルコペニア予防効果が得られることが期待されます。
(文責:多田敬典)
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海外文献紹介2024年5月号
Spatial mapping of hepatic ER and mitochondria architecture reveals zonated remodeling in fasting and obesity.
Güneş Parlakgül, et al.
Nat Commun. 15: 3982. (2024). doi: 10.1038/s41467-024-48272-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38729945/
代謝恒常性維持における細胞内構造制御の重要性が示唆されています。しかしながら、生理的な摂食・絶食サイクルにおいて、オルガネラが栄養状態に応じてどのように構造を制御し、恒常性を支えているかは不明なままでした。
著者らは最近、集束イオンビーム走査電子顕微鏡(FIB-SEM)と深層学習による自動画像セグメンテーションを利用した高解像度超微細構造イメージング手法を確立しました。今回著者らは、この手法を用いてマウスの摂食時と絶食時における肝細胞の細胞内構造を解析し、その制御機構の解明に取り組みました。摂食時と比較して絶食時の肝細胞はミトコンドリア数が少なく、ミトコンドリアの体積が増加していました。ミトコンドリアの形態は、丸みを帯びた状態から複雑な形状に変化していました。絶食時の肝細胞の小胞体は、摂食時の層状構造から一枚のシート状の構造に変化し、ミトコンドリアの周囲を覆っていました。特に、粗面小胞体とミトコンドリアが近接する領域が増加していました。肝細胞は肝小葉内の領域毎に特徴的な代謝・機能を示すことが知られています。絶食時に観察された変化は門脈周辺域と小葉中間帯で観察され、中心静脈周辺領域では認められませんでした。肥満モデルマウスでは、絶食による粗面小胞体とミトコンドリアの相互作用が抑制されていました。小胞体膜の形状と安定性に関与するタンパク質ribosome receptor binding protein 1(RRBP1)の欠損により、絶食に伴う小胞体とミトコンドリアの構造変化が抑えられ、脂肪酸酸化の低下と脂肪滴の蓄積が認められました。これらの結果から、粗面小胞体とミトコンドリアの相互作用が、肝細胞の代謝恒常性において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。今後の老齢マウスや他臓器での解析が待たれるところです。
(文責:藤田泰典)
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海外文献紹介2024年4月号
Depleting myeloid-biased haematopoietic stem cells rejuvenates aged immunity.
Jason B Ross, et al.
Nature. 628: 162-170. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07238-x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38538791/
昨今、研究の目覚ましい発展により様々な加齢疾患の分子制御機序が明らかとなり、それらの老化特異的な分子機序を治療標的とした若返りや健康改善に関する研究戦略が続々と報告されており、いつかは不老不死が叶うのではないかと心躍らせています。とはいえ、人類が実際に不老不死や完全な若返りに行き着くのは遥かに先の未来でしょうが、興味深い最先端の研究結果が続々と報告されているのは事実です。
免疫系では加齢に伴いリンパ球形成が減少し、適応免疫の低下が認められます。一方で、炎症や骨髄病変などは増加することは昔から知られています。最近になり、自己複製をする造血幹細胞(HSC)の性質が加齢に伴い変化し、これらの表現型を誘発している分子機構が解明されてきました。若年期には、リンパ系細胞と骨髄系細胞にバランスよく分化するHSC(bal-HSC)が骨髄系に偏った分化を行うHSC (my-HSC)よりも優勢であるため、適応免疫応答の開始に必要なリンパ球形成が促進される一方で、炎症を促進する骨髄系細胞の産生は制限されます。老齢ではmy-HSCの割合が増加し、その結果としてリンパ球形成の低下と骨髄系細胞の増加が引き起こされています。本論文では、my-HSCの特異的な抗原を標的とした抗体の投与によりmy-HSCを選択的に減少させることで、加齢で崩れたリンパ球形成と骨髄系細胞形成のバランスを可逆的に整えることができ、若齢の免疫パターンに近づけることができると報告しています。
著者らはmy-HSC上の特異的な表面抗原を詳細な実験から同定しました。HSCは(Lin-KIT+SCA1+FLT3-CD34−CD150+)の特徴を有します。本論文では、bal-HSCと比較してmy-HSCでCD150の発現量がより上昇していることを示し、抗体治療の標的としてCD150が有用であることを確かめました。また、bal-HSCと比較してmy-HSCで特異的に発現が上昇している他の抗原マーカーの候補として、CD41、CD61、CD62p、NEO1などが選別されました。抗体とフローサイトメトリーを用いた実験検証では、CD41は巨核球前駆体(MkP) で高発現しているものの、CD61、CD62p、NEO1ではオフターゲットは少なそうであるという結果を得ました。加えて、CD41、CD61、CD62p、NEO1が成熟造血細胞では発現が低く、他の組織と比較しても造血幹細胞で特異的であることがわかりました。
実際に、12ヶ月齢のマウスから単離したHSCでは、6ヶ月齢のマウス由来のHSCと比較してCD41、CD61、CD62p、NEO1の発現が高いmy-HSCの割合が増加していました。著者らは、抗体投与により生体からmy-HSCを除去可能か調べるため、ラットIgG2b抗CD150抗体を6~7ヶ月齢のマウスに投与し、約1週間後に骨髄を調べました。興味深いことに、bal-HSCと比較してmy-HSCが著しく減少しました。これらの結果は、in vivoでの抗体投与によりmy-HSCを選択的に枯渇させ、全HSCにおけるbal-HSCの割合を優位にすることができることを示しています。詳細は割愛しますが、抗CD150抗体、抗CD47抗体、抗KIT抗体を組み合わせることで、より効果的にmy-HSCを特異的に枯渇させることができることを見出しました。他にも、抗CD62p抗体、抗CD47抗体、抗KIT抗体の組み合わせや、抗NEO1抗体、抗CD47抗体、抗KIT抗体の組み合わせも有効であることを実験的に示しました。老齢マウスに抗体投与を行うと、短期的な約1週間後から数ヶ月後の長期に至るまでmy-HSC枯渇の持続が認められました。また抗体投与群では、8週目にはリンパ球前駆細胞、ナイーブT細胞、ナイーブB細胞が増加し、リンパ球の加齢関連の免疫低下が改善されました。加えて、若齢マウスと比較して、高齢マウスではIL-1αやCXCLなどの炎症促進因子が増加しますが、抗体投与を行った老齢マウスではこれらの炎症促進因子が有意に減少していました。加えて、抗体治療を施したドナー老齢マウスから調製したHSCを別のレシピエント老齢マウスに移植しても、同様の免疫改善効果が認められることを報告しています。
次に、NEO1抗体投与でmy-HSCを枯渇させた老齢マウスに生弱毒化したフレンドレトロウイルス (FV) ワクチンを静脈内に投与して10~14日後に免疫力を調べたところ、非投与の老齢マウスと比較して、脾臓でウイルス特異的に応答するCD8+T細胞が増加しており、ワクチン接種に対する一次反応が改善されていました。加えて、老齢マウスに抗NEO1抗体投与をしてから8週間後にワクチン接種し、さらに接種から6週間後に病原性FVを感染させたところ、一次反応と同様に免疫応答が改善されていました。
最後に著者らは、ヒトでも加齢や加齢性疾患に伴いmy-HSCの割合が増加していることを確認しました。加えて、ヒトのmy-HSCでもCD150、CD62p、NEO1などが高発現していることを報告し、将来的な臨床応用への可能性を示唆して締め括っています。
個人的には、将来的な臨床応用に際して、若者の造血幹細胞を高齢者に移植するのが最良の方法なのでしょうが、抗体治療を施した高齢者由来の造血幹細胞の移植によっても別の高齢者の延命ができるというのは興味深いと感じました。
ご興味がありましたら、是非ご一読願いたいと思います。
(文責:橋本理尋)
PDF (394KB)
海外文献紹介2024年3月号
Asymmetric distribution of parental H3K9me3 in S phase silences L1 elements.
Zhiming Li, et al.
Nature. 623: 643-651. (2023). doi: 10.1038/s41586-023-06711-3.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37938774/
LINE (long interspersed nuclear element; LINE-1)レトロトランスポゾンなどの反復DNAはもともと「ジャンクDNA」とも呼ばれ、哺乳類のゲノムの半分以上を占める無機能なDNAと考えられてきましたが、遺伝子制御、クロマチン構造、ゲノムの安定性維持などの重要な役割が明らかになってきています。LINE-1はがんや心疾患などの病気、早老症患者で増加することも明らかになっており、老化や様々な疾患に大きく関連します。LINE-1を含む反復DNA配列の転写はDNAメチル化やH3K9me3などのヒストン修飾により抑制されます。H3K9me3がヘテロクロマチンのサイレンシングの確立と維持に果たす役割については広く研究されてきましたが、複製中のDNA鎖での親H3K9me3の配分機構は解明されていませんでした。本論文では親H3K9me3は優先的に複製フォークのリーディング鎖に移され、この非対称な分布は主にLINE-1部分で起こり、LINE-1発現を抑制することを明らかにしました。
細胞有糸分裂時のDNA複製の鋳型は、DNAの合成方向と複製フォークの進行方向が一致するリーディング鎖と、DNAの合成方向と複製フォークの進行方向が逆になりDNA断片を順次連結するラギング鎖の2種類存在し、リーディング鎖側でより早くDNA複製が進行します。特異的な翻訳後修飾受けた親ヒストンはDNA複製フォークのリーディング鎖とラギング鎖に均等に転移すると考えられていました。まず、マウスES細胞で細胞分裂中のメチル化親ヒストンの分布をeSPAN法で調べました。親ヒストンのH3K9me2、H3K27me3、H4K20me3などは複製のリーディング鎖とラギング鎖に均等に分布していましたが、予想外に親H3K9me3のみリーディング鎖側に非対称分布していました。この非対称分布が起こるゲノムの特徴調べたところ、特にLINE-1で親H3K9me3の非対称分布が起きていました。
これまでの研究で、TASOR、MPP8、PPHLN1で構成されるHUSH複合体がLINE-1発現を抑制することが明らかになっています。実際に、親H3K9me3の非対称分布とHUSH複合体サブユニットTASORの分布が相関し、HUSH複合体欠損は親H3K9me3の非対称分布が減少しました。また、リーディング鎖DNAポリメラーゼPol εがリーディング鎖への親ヒストンの転移を促進することも明らかになっています。Pol εサブユニットであるPOLE3またはPOLE4欠損細胞は複製時の親H3K9me3のリーディング鎖非対称分布が有意に減少し、非対称分布におけるPol εの寄与も示されました。HUSH複合体とPol εが直接結合することも確認しています。これらの結果から、HUSH複合体がDNA複製フォークのリーディング鎖に沿って移動し、Pol εと相互作用しながら親H3K9me3のリーディング鎖LINE-1への転移を促進することが示されました。
最後に、H3K9me3 の非対称分布が DNA 複製中の LINE-1 発現を抑制するかどうかを調べました。ES細胞のHUSH複合体またはPol εのサブユニットを欠失させて親H3K9me3の非対称分布を抑制するとS期におけるリーディング鎖LINE-1発現が増加しました。これらの欠損細胞でγ-H2AXが増加することから、複製時の親ヒストンの非対称分布はLINE-1発現を抑制し、DNA損傷の抑制機構として機能していることを示しました。
本研究では、複製がより早く進行するリーディング鎖側のLINE-1に優先的に親H3K9me3を転移して発現をいち早く抑制する予想外の細胞保護戦略が明らかになりました。このような抑制機構が存在することからもLINE-1の生物学的重要性が予想されます。一方、LINE-1が過剰な免疫応答を制御する正の機能も報告されていることから、生物はLINE-1を発現調節し活用しながら進化しているのかもしれません。
(文責:澁谷修一)
PDF (547KB)
海外文献紹介2024年2月号
Lactate activates the mitochondrial electron transport chain independently of its metabolism.
Xin Cai, et al.
Molecular Cell. 83 (21): 3904-3920. e7 (2023). doi: 10.1016/j.molcel.2023.09.034.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37879334/
前回の海外文献紹介では、栄養ドリンクに含まれるタウリンにはモデル生物に共通した長生き効果があることを示した論文を紹介しました(Singh et al., Science, 2023)。さて、このような食品の成分が機能分子として、老化を制御できる可能性はどれくらいあるのでしょうか。今回は老化の文脈ではないのですが、そのような可能性を遠くに感じさせる、乳酸の新しい機能に関する文献を紹介します。
乳酸は、真核生物と細菌がともに、糖からATPを作る過程で産生する主要な代謝物です。ヒト血中の生理的濃度は1~2mMで、乳酸はグルコースに次いで二番目に豊富な炭素源です。多くの食べ物に含まれていて、法律により食品に添加物することも可能な身近にありふれた化合物です。従来、作られた乳酸の多くは細胞内では利用されずに外に放出されると考えられてきました。哺乳類では肝臓に集められ、Cori経路で糖にリサイクルされます。乳酸は長らく細胞の廃棄物と見なされてきましたが、近年新しい細胞内での機能が次々とトップジャーナルに報告されています。今回紹介するのは、がん促進性の代謝物(Oncometabolites)が存在することの発見など、がん代謝研究分野のパイオニアであるCraig Thompson研究室からの論文です。
彼らは、細胞外の乳酸が蓄積すると、ミトコンドリアマトリックス内にも侵入し、ミトコンドリア電子伝達系(ETC)が活性化されることを見つけました。これによるミトコンドリアATP合成の増加は、解糖系を抑制し、ピルビン酸を含めたミトコンドリア呼吸で利用される代謝物のミトコンドリア内への流れをさらに加速します。L-乳酸およびD-乳酸の両方が、ETC活性を高め、解糖系を抑制する効果があります。さらに筆者らは哺乳類ではD-乳酸の代謝速度が極めて遅いことを活用し、乳酸がETCを活性化する能力には、乳酸自体の代謝には依存しないことも示しました。グルコースが足りない、もしくはETC阻害剤によりがん細胞が十分に成長できない条件で、D乳酸の添加により細胞は成長できるようになりました。免疫チェックポイント阻害剤による活性化の標的であるCD8陽性キラーT細胞を用いた検討では、D-乳酸は細胞増殖および殺細胞性のエフェクター機能を強化しました。これらの発見は、乳酸がミトコンドリア酸化的リン酸化の能力を調節する重要な因子であることを示しています。
以上の結果は、これまで解糖系の最終産物(ピルビン酸⇒乳酸の反応)として扱われていた乳酸が、直接ミトコンドリアに作用する現象が起こり得ることを示しています。すなわち、ミトコンドリアにATP産生の炭素源を送りたくないときに、乳酸が増えると思われていた古典的な理解が、乳酸もミトコンドリアのATP産生を直接活性化するメッセンジャーとしての働きがあるとする今回の報告により、覆ります。論文ではがん細胞、T細胞等の培養細胞でのデータが中心ですが、後に個体レベルでも起こり得るかの検証は必要となるでしょう。老化の文脈でのミトコンドリア機能低下も乳酸が再活性化できるかは、私たちにとっては興味深い疑問です。今回の報告を頭に入れ、筋トレ後の筋肉痛が起きるとき、もしくはキムチやヨーグルトを食べた後、自分達のミトコンドリアにどういう変化が起きているか、日常とバイオ研究のはざまで思いを巡らせてみるのはいかがでしょうか。
(文責:伊藤 孝)
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海外文献紹介2024年1月号
Organ aging signatures in the plasma proteome track health and disease.
Hamilton Se-Hwee Oh, et al.
Nature. 624 (7990): 164-172 (2023). e22. doi: 10.1038/s41586-023-06802-1.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38057571/
ヒトや動物など研究対象に個体差があることは知られていますが、一生体内の臓器ごとの老化の違いについてはよく知られていません。臓器の老化を知るために直接臓器を調べることは倫理的にも難しく、侵襲性の低い血漿タンパク質ではどの臓器に由来しているのかを判断することは困難でした。今回、既知のタンパク質を含めGene Tissue Expression(GTEx)Atlasのデータを活用して血漿タンパク質の臓器特異性を示し、その臓器の老化と疾患の可能性を関連付けた研究をご紹介します。
GTExプロジェクトのバルク臓器RNA-seqデータから特定の臓器での発現が他の臓器に比べ4倍高いものを臓器特異的遺伝子とし、4,979個の血漿タンパク質をマッピングしています。それらのデータを用いて11の主な臓器と臓器特異的でないタンパク質、特異性に関係ないすべてのタンパク質に関する老化を機械学習し、独立した4つのコホートと1つのアルツハイマー病(AD)患者のコホートによるテストを行いました。その結果、極端に老化した臓器のタイプはそれぞれの臓器に大きな影響を与えることが知られる特定の疾患状態と関連していました。例えば腎臓では代謝性疾患(糖尿病、肥満、高コレステロール血症、高血圧)、心臓では心房細動や心筋梗塞、筋肉では歩行障害、脳では脳血管疾患、臓器特異的でない場合でもADと関連していました。高血圧の人の腎臓は同年齢のヒトよりも1歳高く、糖尿病の人は1.3歳高いというものです。このように全体の20%で1つの臓器の老化を強く促進し、1.7%は多臓器老化者であることを突き止めました。
また、あるコホートデータでは脳の年齢とADとの間に相関がある一方、一部のコホートにおいては再現性が得られませんでした。そこで著者らは脳老化の表現型にどのようなタンパク質が関与しているかを調べる新たなアルゴリズムを開発しました。その結果、コンプレキシンのようないくつかのタンパク質が年齢予測精度と認知機能低下との関連性を高めることを明らかにしました。この新たなモデルでは異なるコホートでも再現性が高く、AD患者ではADでない人に比べ脳の年齢が2歳高いことが明らかになりました。そして、この脳の老化は5年間の将来的認知症進行リスクの予測と有意に関連していました。pTau-181のような既存のADマーカーと同様にしかもそれらとは別に認知機能低下のリスクと相関を示したことから、新たな脳加齢モデルにおける臓器の年齢差は、他のバイオマーカーとは異なる脳老化に関する分子情報を提供することが示唆されました。また、その他の臓器モデルにおいても認知機能低下の初期変化を示すことが分かりました。これらは臓器特異的ではないものの動脈と脳で高発現する血管系のタンパク質であり、脳血管系の変化をいち早く表している可能性が高いことを示唆しました。
以上のように、臓器や組織の老化が特定の疾患に関与している可能性を強く示唆する結果を得ました。著者らは最後に本研究に残る課題について、機械学習に用いるデータの重要性とその慎重な評価の必要性について述べています。
本研究において、複数の異なるコホートのデータにおいて様々なアルゴリズムを用いた機械学習によりその解析を可能にし、これまで個々に取り扱われていた研究データが膨大な一つの試料として結果を導き出している点は注目に値します。またRNA-seqのデータから臓器特異的なタンパク質を紐づけし、血漿タンパク質から特定の臓器の老化を示し疾患予測を可能としている点も大変興味深いです。タンパク質の由来を特定しその変動を解析して将来的な疾患との関連性を予測する今回のような研究には多くの可能性が期待されます。膨大な試料とそこから得られる多大なデータに紐づいた解析は様々なアルゴリズムを駆使してそれらをまとめ上げた研究者の労力による成果であり、種々のタンパク質の機能と疾患への影響に関してその信憑性を高めるのは個々のターゲットにフォーカスしている多くの研究者の努力の結晶ではないでしょうか。今後、様々な研究が連携して老化と疾患との関連性が目に見えるようになり早期の治療につながることを願います。
(文責:板倉陽子)
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海外文献紹介2023年12月号
Atlas of the aging mouse brain reveals white matter as vulnerable foci.
Oliver Hahn, et al.
Cell. 186 (19): 4117-4133. e22. doi: 10.1016/j.cell.2023.07.027.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37591239/
ヒトを対象とした脳老化研究には倫理面も含めて様々な問題が存在しますが、MRI等を用いた画像解析は脳の器質的変化を経時的に検索することができるものの、分子レベルで何が生じているのかをリアルタイムで明らかにすることは現在の科学技術では不可能です。また、剖検開始から脳を取り出してmRNAを抽出するまでの時間を正確にコントロールすることは至難の業であるため、遺伝子解析の結果には常に死後変化が含まれる可能性が否定できません。その点において、マウスのような実験動物を用いた遺伝子解析実験には大きなメリットがあるというのが、今回紹介する論文を発表した筆者らの研究背景となっています。
今回筆者らは神経科学分野で一般的な系統であるC57BL/6を用いて、脳を15の領域(大脳皮質運動野、大脳皮質視覚野、嗅内皮質、海馬前部、海馬後部、視床、視床下部、大脳基底核、橋、延髄、小脳、脳室下帯、脈絡叢上皮、脳梁、嗅球)に分けたうえで、3・12・15・18・21・26・28カ月齢時の遺伝子発現量を網羅的に解析しました。その結果、大脳皮質や海馬といった神経細胞体の多い領域では遺伝子発現量の変動は小さく、脳梁のような白質に富む領域ほど大きな遺伝子発現量の変化が認められ、その多くが炎症正反応に関与する因子であることが明らかとなりました。また、筆者らは15の脳領域を灰白質と白質とに再分類して同様の解析を行ったところ、やはり白質領域において加齢に伴い有意な遺伝子発現量の変化が認められました。続いて、白質領域を対象にシングルセル解析を行った結果、ミクログリアを筆頭に、アストログリアやオリゴデンドロサイトといったグリア細胞において遺伝子発現量が加齢性に変化する(多くは加齢性に発現上昇する)ことを見出しました。
と、ここまでなら過去にも似たような研究成果が報告されておりますし、ミクログリアは神経変性疾患の研究領域で今流行りの(20年以上前にもブームになりましたが…)対象ですので、さもありなんといった論文に終わるところです。ところが今回の論文で興味深いのは、老齢マウスに2種類の介入(カロリー制限、または若齢個体の血漿を後眼窩から注入)を行い、上記の加齢性変化がレスキューされるか否かを検証した点です。その結果、カロリー制限では加齢性変化を抑制できなかった一方、若齢個体の血漿を注入した老齢マウスでは炎症因子の遺伝子発現量上昇が有意に抑えられました。また最後に、ApoEやSCNAなど、アルツハイマー病やパーキンソン病に関係の深い遺伝子の発現量も主に白質領域において加齢性に上昇することが明らかとなりました。
以上の結果から、脳内では神経細胞よりもむしろ白質領域に存在するグリア細胞において加齢性変化は生じており、グリア細胞の機能的変化が脳の老化や神経変性疾患の引き金になるのではないかという可能性が示唆されました。また、若齢個体の血漿注入によりグリア細胞の遺伝子発現における加齢性変化が抑制されたことから、毛中に存在する液性因子には脳の老化を予防する効果を持つ因子が存在することも示唆されました。血中液性因子の重要性はパラビオーシス研究によって既に明らかとなっていますが、神経変性を防ぐことができるなら、ぜひ私も注入してみたいものです。
(文責:木村展之)
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海外文献紹介2023年11月号
TNIK is a conserved regulator of glucose and lipid metabolism in obesity.
T. C. Phung Pham, et al.
Science Advances. 9 (32): eadf7119 (2023). doi: 10.1126/sciadv.adf7119.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37556547/
肥満の患者数は、この数十年で世界的に激増しています。このことは、2型糖尿病や虚血性心疾患のリスクを持つ患者数の増加を意味しており、早急な対策が必要です。今回紹介するのは、キイロショウジョウバエとマウスを用いて糖代謝制御に関わる新規因子TNIK (Traf2- and NCK interacting protein kinase) の機能解析を行った論文です。
近年、GWAS (genome-wide association studies) を用いた疾患原因遺伝子の探索が盛んに行われています。筆者らは、ショウジョウバエGWASライブラリーを用いて糖代謝に関わる遺伝子のスクリーニングを行い、TNIKの相同遺伝子であるmisshapen (msn) を同定しました。一方、糖代謝におけるTNIK/msnの機能は知られていないため、そのメカニズムについて解析を行いました。
まず筆者らは、ショウジョウバエのmsn RNAi個体を用いてメタボローム解析等を行い、msnが高糖質食負荷時における脂質生合成に関わることを示しました。次に、全身性のTnikノックアウトマウス(Tnik KO)に通常食および高脂肪・高ショ糖食(HFHS: 45% fat, 10% sucrose)を与えて解析を行いました。その結果、雌雄ともにTnik KOではHFHS食でも太らないことがわかりました。また、糖負荷試験、インスリン負荷試験、ピルビン酸負荷試験等を行った結果、Tnik KOではインスリン感受性が高まっており、糖代謝機能が上昇していることがわかりました。
次に筆者らは、筋肉における糖の取り込みに注目し、2-デオキシグルコースを用いた代謝速度測定を行いました。その結果、WTマウスではHFHS食で筋肉における糖の取り込み能が低下するところ、Tnik KOでは完全にレスキューできることがわかりました。次に、そのメカニズムについて生化学的に解析を行い、Tnik KOの筋肉ではAktシグナリングパスウェイに関わる因子とミトコンドリアの酸化的リン酸化に関わる因子の発現が上昇していることを明らかにしました。また筆者らは、Tnik KOでは筋肉と同様に白色脂肪組織においても、Aktシグナルを介した糖の取り込み能が上昇していることを明らかにしました。さらにTnik KOの脂肪組織では、脂質の取り込みや脂肪合成に関わる因子の発現が低下していました。それに加えて、Tnik KOではHFHS食による脂肪肝の発症も抑制されることを示しました。
最後に筆者らは、ヒト2型糖尿病のデータベースであるT2D Knowledge Portal (T2DKP; https://t2d.hugeamp.org) に格納されているGWASデータセットを用いて、TNIKについて解析を行いました。その結果、TNIKの変異と血糖値、BMIなどの肥満に関連する形質に相関があることがわかりました。また、UK Biobankに格納されているデータを用いた解析においても同様の結果が得られました。以上の結果から筆者らは、TNIK/msnは進化的に保存された糖・脂質代謝制御因子であるとまとめています。
この論文は、ハエで見つけた遺伝子の機能をマウスで詳細に解析し、ヒトへのトランスレーションの可能性まで示しており、ハエ屋としては(ハエ屋の自己満で終わらない)お手本のような論文だと感じました。今後、TNIKが肥満の創薬ターゲットになるのか注目したいところです。
(文責:赤木一考)
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海外文献紹介2023年10月号
Increased hyaluronan by naked mole-rat Has2 improves healthspan in mice.
Zhihui Zhang, et al.
Nature. 621 (7977): 196-205 (2023). doi: 10.1038/s41586-023-06463-0.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37612507/
長寿の齧歯類として最も注目されているハダカデバネズミ。加齢に伴い蓄積する老化細胞が、細胞死を起こしてたまりにくくなる仕組みが解明されるなど(Kawamura et al., The EMBO journal, 2023)、老化研究を促進させる発見が近年相次いでいます。今回紹介させていただく論文では、ハダカデバネズミに含まれる豊富なヒアルロン酸を、他の動物種のマウスに発現させることで、老化の抑制や寿命の延伸に成功したことが報告されています。
これまでAndrei Seluanovと Vera Gorbunovaらの研究グループは、高分子のヒアルロン酸(HMM-HA; high-molecular-mass hyaluronic acid)が、ハダカデバネズミで多く存在することを明らかにしています(Tian et al., Nature, 2013) 。HMM-HAはガン化耐性、老化耐性に寄与し、ハダカデバネズミの長寿に関係しているとされてきましたが、他動物種への効果は明らかにされていませんでした。今回筆者らは、ハダカデバネズミのHMW-HA合成の役割を担うヒアルロン酸合成酵素2遺伝子(nmrHas2; naked mole-rat hyaluronic acid synthase 2 gene)を過剰発現させたトランスジェニックマウスを作製し、老化や寿命に関する解析を行いました。nmrHas2マウスは、複数の組織でヒアルロン酸レベルが増加しており、ガン発生率の抑制に加え、50%生存期間が4.4%、最大寿命が12.2%延長していることが確認されました。さらにnmrHas2マウスは、生体内での抗老化作用も示唆されており、免疫細胞の活性化、酸化ストレスからの保護、加齢に伴う腸管バリア機能の改善などを介して、複数組織での炎症が抑えられていることが確認されました。また、若いマウスと老齢マウスの小腸トランスクリプトーム解析でも、nmrHas2マウスのトランスクリプトームは若い状態にシフトしていることが明らかとされました。
このように今回の論文は、これまでハダカデバネズミで得られたHMW-HAに関する知見を活かした、他動物種への応用を試みた研究成果であり、HMW-HAのヒト老化への効果検証など、今後の研究の進展が待たれます。
(文責:多田敬典)
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海外文献紹介2023年9月号
The YAP-TEAD complex promotes senescent cell survival by lowering endoplasmic reticulum stress.
Carlos Anerillas, et al.
Nat Aging. doi: 10.1038/s43587-023-00480-4.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37667102/
加齢に伴い蓄積する老化細胞は、老化関連疾患の治療標的として注目を集めています。実際に、老化細胞の除去(セノリシス)を目的とした薬剤の研究開発も進んでいるようです。今回紹介する論文は、ヒト胎児線維芽細胞WI-38を用いた解析から、老化細胞の生存に関わる新たな経路を同定し、その分子機序を明らかにしたものです。さらに、その経路の阻害剤がセノリティクスとして有用であることをマウスモデルで示しています。
著者らは全ゲノムCRISPRノックアウトスクリーニングにより、老化細胞の生存に関与する遺伝子の同定を試みました。その結果、エトポシドで細胞老化を誘発したWI-38細胞の生存には、Hippo–YAP–TEAD経路の遺伝子が関与することを突き止めました。実際に、YAP-TEADの転写機能を阻害するverteporfin (VPF)を老化細胞に処理すると、アポトーシスが誘導されました。またこのVPFの効果は、複製老化などの他の細胞老化モデルや異なる細胞種においても観察されました。
次に著者らは、VPFによる細胞死の分子機序に迫りました。RNA-seq解析からVPFを処理した細胞ではERストレス関連遺伝子のmRNAレベルが増加することを見出し、VPFはERストレス応答に関わるPERK–EIF2A–ATF4を介してアポトーシスを誘導することを明らかにしました。また、早期にmRNAレベルが増加する遺伝子に着目し、DDIT4がERストレス応答の活性化と細胞死に関与することを突き止めました。さらに、DDIT4がERストレスを誘発するメカニズムを追求した結果、DDIT4によるmTOR阻害がホスファチジルコリンの生合成に関わるlipin-1とCCTaの発現を抑制し、小胞体のサイズを低下させることを明らかにしました。そして、SASP因子を高発現する老化細胞ほどVPFに対してより脆弱であり、NF-kB活性を抑えることでVPFによるERストレスと細胞死が抑制されることも示しました。
これらの結果に基づき、老化細胞はYAP-TEADを活性化することで、DDIT4の発現を抑え、mTOR機能と小胞体生合成を維持し、SASPで誘発されるERストレスに対処していると著者らは主張しています。そして、YAP-TEAD阻害によりこのバランスが崩れると、過剰なERストレスが誘発され、アポトーシスが引き起こされると考えています。
最後に、著者らはマウスモデルにおいてVPFの効果を検証しました。22ヶ月齢のマウスに2ヶ月間VPFを投与することにより、肺などの組織中のp16陽性細胞とp21陽性細胞が減少することを示しました。また、ドキソルビシンで細胞老化を誘発したマウスでも老化細胞が減少することを確かめました。さらに、VPFを投与したマウスにおいて、肺への免疫細胞の侵入の減少、TGF-bシグナリング経路の抑制、線維化の減少、血中の腎機能、肝機能マーカーの低下を確認しました。このように、VPF投与により老化細胞が除去され、臓器の恒常性が部分的に改善するものと考えられました。
本論文により、老化細胞の生存にYAP–TEAD経路が関与することが明らかとなり、SASP因子の産生に関わる小胞体を標的とした新たなセノリシスの機序が提示されました。老化細胞をターゲットとした薬剤の開発が、今後益々期待できそうです。
(文責:藤田泰典)
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海外文献紹介2023年8月号
cGAS–STING drives ageing-related inflammation and neurodegeneration.
Muhammet F. Gulen, et al.
Nature. 620: 374-380 (2023). DOI: 10.1038/s41586-023-06373-1.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37532932/
老化した個体では全身性の慢性的炎症が誘導されていて、これらの炎症が様々な加齢性疾患の惹起や増悪化に関与していることが報告されてきました。しかしながら、近年まで、これらの加齢性の炎症を誘導している分子機序については特定が難航していましたが、そのひとつの誘導機序として、DNAを標的とした免疫感知を媒介するcGAS-STINGシグナル伝達経路が重要な役割を担っていることがわかってきました。著者らや他の研究グループから、cGAS-STING経路が細胞老化の制御において重要な役割を果たしていることが、in vitroで示されたことは記憶に新しいところです。また、ここ数年で、複数の研究グループからアルツハイマー病の神経変性疾患にcGAS-STING経路が関与している報告が続きましたが、本論文のように加齢性の神経変性へと焦点を当てて深堀した研究はありませんでした。
本論文ではまず、20ヶ月齢から22ヶ月齢の2ヶ月間、24ヶ月齢から26ヶ月齢の2ヶ月間に、老齢マウスにSTING経路を阻害するH-151試薬を投与しました。すると、炎症誘発性遺伝子やI型インターフェロン刺激遺伝子群の発現が、腎臓や肝臓、白色脂肪組織などの複数の組織で抑制されました。例えば、腎臓では、炎症細胞の蓄積が抑制され、加齢に伴う腎ろ過機能の低下が改善されました。行動解析実験では握力の低下が改善され、treadmill試験では身体的持久力も改善されていることがわかりました。Morris water maze試験では、海馬依存の空間記憶の低下が有意に抑制されていることが明らかになりました。同様に、associative memory in the contextual-fear-conditioning試験では、海馬依存の連想記憶が大幅に改善されている結果が得られました。故に著者らは、脳の老化に焦点を当てて、さらなる解析を行いました。
するとまず、対照群と比較して、STING阻害により海馬領域へのミクログリアの蓄積が抑制され、ニューロンの密度低下が抑制されていることが明らかになったのです。著者らは続いて、脳の海馬領域の老化には、ミクログリアが重要な役割を担っていることを明らかにしました。さらに、老化した脳のミクログリア内では、構造異常を引き起こしたミトコンドリアからDNAが細胞質中に漏出していて、それらのDNAを感知してcGAS-STING経路の活性化が誘導されて炎症が惹起されていることを示しました。
まだマウスを用いた実験段階ではありますが、遺伝性疾患ではない誰にでも平等に訪れる脳の老化進行を、cGAS-STING経路の阻害だけで緩和・遅延させることに成功した著者らの功績は大きいと思われます。
今後、加齢性の炎症を追う際にcGAS-STING経路の動向にも以前より注意を向けることで、加齢性疾患の新たな老化予防・治療戦略が本学会員から報告されることを願って、本論文の紹介をさせていただきました。
ご興味がありましたら、ご一読くだされば幸いです。
(文責:橋本理尋)
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海外文献紹介2023年7月号
Cytotoxic CD4+ T cells eliminate senescent cells by targeting cytomegalovirus antigen.
Hasegawa T, et al.
Cell. 186: 1417-1431 (2023). DOI: 10.1016/j.cell.2023.02.033.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37001502/
老化細胞の蓄積は老化関連疾患の発症に関与していると考えられています。近年、老化細胞を除去するセノリシス研究が盛んに行われており、ダサチニブおよびケルセチン、フィセチンなどのセノリシス作用については既にご存知かと思います。一方、生理的な老化細胞の蓄積を防ぐメカニズムはあまりわかっていません。今回紹介する論文は、ヒトの皮膚でも生理的にセノリシスが起こっており、キラー活性を持つCD4陽性T細胞(CD4 CTL)が老化細胞で発現するヒトサイトメガロウイルス(HCMV)抗原を認識して老化細胞を除去することを明らかにしました。
まず様々な年齢の皮膚バイオプシーサンプルからp16を指標として老化細胞数を調べました。若齢と比べて老齢皮膚では老化細胞が増加していましたが、興味深いことに50歳以上になると年齢と老化細胞数の比例相関が無くなります。このことから筆者らは老化組織におけるセノリシスの存在を予想しました。
若齢と老齢皮膚の免疫細胞を比較してみると、老齢皮膚で特に細胞障害性CD4 CTLが増加していること、老化細胞数とCD4 CTL数に負の相関があることを見出しました。CD4 CTLを継代により老化誘導したヒト線維芽細胞と共培養すると老化細胞のみにアポトーシスを誘導する作用があり、CD4 CTLが生理的セノリシスのキープレイヤーであることを明らかにしています。
さらにこのCD4 CTLが老化細胞のどの抗原を認識しているのかを調べました。老齢皮膚ではT細胞の標的として知られるクラスII MHC分子とともにHCMV由来の糖タンパク質の発現が高まっていることを発見しました。HCMVは幼少期に不顕性感染し、その後潜伏・持続感染により人体に終生寄生し人口集団に深く浸透しています。日本においても成人期での抗体保有率は60~90%とされています。CD4 CTLはウイルス糖タンパク質を発現する線維芽細胞を殺し、T細胞の抗原受容体がクラスII MHC-ウイルス糖タンパク質複合体と結合していることも確認しています。
本論文により、複雑なヒトの免疫システムとウイルスの新たなインタラクトームの存在が明らかとなりました。加齢に伴う老化細胞の蓄積を防ぐためにヒトの免疫系がHCMVと共生関係を確立するように進化してきたことは非常に面白い知見です。HCMV抗原ワクチンが抗HCMV T細胞免疫を活性化する新たなセノリシス戦略としても応用できるかもしれません。
(文責:澁谷修一)
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海外文献紹介2023年6月号
Taurine deficiency as a driver of aging.
P. Singh, et al.
Science. 380: eabn9257 (2023). DOI: 10.1126/science.abn9257
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37289866/
酵母、線虫、ハエ、マウスといった老化研究によく使われるモデル生物に共通して健康寿命と最大寿命を延びることは、カロリー制限や各種栄養素の制限などで多くの報告があります。その一方で、ある化合物を添加することで、真核生物に共通して寿命が延びる事例はほとんどありません。具体的には再現性も含めてほぼ確実と言えるのは、ラパマイシンとスペルミジンの2つで、他の物質に関しては、再現性をもってマウスも含めて効果があることまでは示されていません。Science誌で今月、3つ目となる可能性がある化合物として、タウリンが報告されました。私のポスドク時代の師匠、Matt Kaeberleinとラボメンバーも酵母と線虫の実験を担当して論文の共著者になっています。
タウリンは動物の生体内に豊富に存在するアミノ酸の一種で、スルホン酸基を含んでおり、タンパク質を形成する一般的なアミノ酸とは構造的にも化学的にも異なります。筆者らは、マウス、アカゲザル、ヒトに共通して、タウリンの量が年を取ると、若いときの20%程度にまで落ちることを示します。マウスに毎日タウリンを与えると、オス、メスともに10%程度寿命が延びました。線虫でも寿命を延ばしましたが、出芽酵母では延びませんでした。マウスではタウリン投与により、脂肪が減少してやせ型になるとともに、調べたすべてのほぼ臓器の加齢の表現型が抑えれました。業界でみなが知る総説Hallmarks of Agingの各徴候も調べ、こちらも検討したほぼ全ての項目がタウリンにより改善されました。血液代謝物と健康データを欧州で約1万2千人から集めたEPIC-Norfolk研究(Pietzner et al., Nature Medicine 2021)を利用した解析から、血中タウリンとタウリン代謝物のレベルが高い人ほど、やせていて、糖尿病や炎症マーカーが少ない傾向があることもわかりました。さらにヒトで運動後に血中タウリンとタウリン代謝物のレベルが有意に上昇することも示しました。15歳のアカゲザル(ヒトの4-50歳の中年に相当)にタウリンを半年間投与した際の結果もマウスにほぼ同様で、やせ型になるとともに、骨が強くなり、肝臓障害の血中マーカーが軽減し、炎症と、活性酸素による損傷マーカーの軽減も見られました。
タウリン欠乏が老化を促進する分子機序はこの研究では明らかになっておらず、タウリン投与が抗老化に寄与する分子機序も明らかにされていません。多くの可能性が残る中で、論文では、ミトコンドリアtRNAのタウリン修飾が加齢とともに減少し、タウリンの補充によって部分的に回復することを示しています。タウリン修飾tRNAに依存するミトコンドリアタンパク質であるNADHデヒドロゲナーゼサブユニット6(ND6)の量もまた、加齢とともに減少し、タウリンの補充によって増加しました。
というわけで、今回報告されているタウリンの抗老化効果は「すさまじい」の一言です。抗老化剤候補として注目される他の手法は極めて高価である中、仮にマウスで寿命を延ばした量をヒトにそのまま換算するのであれば、タウリンはリポビタンDを4,5本飲むことに相当します(リポビタンDハイパーなら1,2本。ちなみにレッドブルの日本販売製品にはタウリンは入っていません)。投与したマカクザルの寿命の評価も含めた長期的な効果は、数年後には発表されることでしょう。筆者たちはヒトでの試験を進めていく予定のようです。なおヒトではタウリン投与での大規模の安全性試験はまだ報告されていない段階で、特にこの論文でマウスやサルで試された、エナジードリンクでの含有量を超えた摂取量がヒトにどう影響するかは、ほとんどデータがないと言えます。もしのちの試験結果を待ちきれず自分で知りたい方がいるならば、今回ヒトやサルでデータを出した血液生化学検査や骨密度測定のような検討なら、個人で試すことも、安くてかつ薬の規制も弱いタウリンならできてしまいます。ただし、カロリー制限にある程度似た、やせ型に伴う効果のように見えるデータが多いので、メタボの方の挑戦はGoかもしれませんが、サルコペニアの方には悪影響が出る可能性が特に懸念されます。投与前のデータ取得や非投与群のコントロール(友達や家族、もしくは長生きを望まないあなたの上司?)の設定はお忘れなく。
(文責:伊藤 孝)
PDF (414KB)
海外文献紹介2023年5月号
Senescence atlas reveals an aged-like inflamed niche that blunts muscle regeneration.
「老化アトラスで明らかになった筋再生を阻害する加齢様炎症性ニッチ」
Moiseeva V, et al.
Nature. 613 (7942): 169-178 (2023).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36544018/
老化の定義については現状においても明確にすることが困難な言葉の1つと言えるでしょう。一方、私たちの身体の機能が年齢とともに低下し、老化細胞が増加してくる
ことは多くの研究から疑いの余地がありません。寿命が延伸している現代社会において、健康な状態で年齢を重ねることが共通の願いではないでしょうか。今回ご紹介するのは、
加齢や疾患で増加する一方、腫瘍細胞の抑制に必要とされる老化細胞の実態について、分子・機能レベルで同定した論文です。
本論文は希少な老化細胞を取得し、トランスクリプトーム、クロマチン、パスウェイ解析など様々な手法により同定し、その役割を示しています。まず、p16-3MRマウス(老化細胞
の可視化が可能なモデル)のカルディオトキシン骨格筋投与による筋損傷後の再生過程において、若齢(3-6ヶ月齢)よりも老齢(28ヶ月齢)で老化細胞が多く長い期間存在
することを示しました。SPiDER-β-galを指標に、損傷後の筋組織からFACSを用いて老化細胞を単離し、シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)アトラスを作成しました。
そして、損傷後の老化細胞ニッチの構成要素としてミエロイド細胞(MCs)・間葉系細胞(FAPs)・サテライト細胞(SCs)を特定しました。筋傷害を与えた二世代のp16-3MRマウスに
抗ウィルス薬や抗悪性腫瘍薬を用いることで、老化細胞が減少し筋の再生促進と炎症の緩和が見られることを示しました。その効果は若いマウスの微少穿刺による一過性の損
傷だけでなくmdxマウス(Duchenne型筋ジストロフィーのモデル)のような慢性的な損傷においても改善が見られ、筋ニッチに老化細胞が存在すると年齢や期間に関係なく筋再生に
有害であることを示しました。著者らはこの実験から、老化細胞が一過性に存在することは再生に有益だとする既存の意見に疑問を呈しています。また、SPiDERの反応性と細胞
表面マーカーを用いてFACSによる分画により、老化細胞を高純度で取得するプロトコルを確立しました。RNAseq解析によると、若いマウス(筋損傷3日後)の3種の細胞集団では、
老化細胞は固有の遺伝子発現を示しました(例えば、SCsの老化細胞では筋収縮関連遺伝子、FAPsでは細胞骨格や弾性線維制御遺伝子、MCsでは免疫応答遺伝子など)。
さらにパスウェイ解析・クロマチン解析を行うと、炎症と線維化に関する2つの老化の特徴が保存されており、老化細胞におけるクロマチンへのアクセシビリティーが低下していることが
明らかになりました。SASPのトランスクリプトーム解析から見えてきたことは、主なSASPの特徴が炎症や線維化に関する遺伝子発現の増加であったことから生体内における老化細胞
の特徴と一致していること、損傷を受けた若いマウスでも損傷後の老齢マウスと同様のサイトカインを分泌し一過性に存在する老化細胞のSASPが加齢様の炎症を模倣していること、
NF-κBやMAD3 が損傷により誘導され老化と炎症に関与していることを明らかにしています。また、SASP成分が老化していないSCsの増殖停止やパラクライン的に老化を誘発する可
能性を示唆しました。これらは老化細胞から分泌されるSASPが筋再生に関与する可能性が高いことを示しています。そして、今回SASP解析から同定されたCD36は損傷した筋肉で
は発現が高いものの、薬剤阻害では老化細胞の数に影響はなくSASPのみを減少させました。CD36のサイレンシングした老化細胞でもp16-3MRマウスへの移植後にホストへの影響
がないことから、老化細胞が分泌するSASPがCD36に制御されパラクライン的に筋肉の再生に影響を及ぼす可能性が高く示唆された結果です。
近年、老化細胞除去への関心が高まり数々の報告がなされていますが、本論文では新たにCD36のようなSASP因子の中から生体内における機能的意義を明らかにしました。
より大規模な老化アトラスを活用し老化に関わる分子を特定することで、健康な生活を長く送るための糸口を見つけることにつながるのだろうと期待されます。
(文責:板倉陽子)
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海外文献紹介2023年4月号
APOE4 impairs myelination via cholesterol dysregulation in oligodendrocytes.
Joel W. Blanchard, et al.
Nature. 611 (7937): 769-779 (2022).
https://www.nature.com/articles/s41586-022-05439-w
さて、少々古い文献ではあるのですが、今回はアルツハイマー病のリスク因子であるアポリポ蛋白E(ApoE)に関する論文の紹介となります。既に何度も登場しているの
でご存じの先生方も多いと思いますが、新たに入会された先生や学生の方もいらっしゃると思いますので、簡単に背景を紹介いたします。ApoEは脳内でのコレステロー
ル輸送を司るアポリポ蛋白の1つで、ヒトではApoE2、ApoE3、ApoE4という3つの対立遺伝子が存在します。このうち、ApoE4は現在ほどゲノム解析が発達していなか
った頃からアルツハイマー病のリスク因子として知られており、ApoE4をヘテロで有する場合は約3倍、ホモで有する場合は約15倍もアルツハイマー病の発症リスクが上昇
します。一方、ApoE2はⅢ型高リポ蛋白血漿のリスクが高まるものの、アルツハイマー病に対する保護因子として知られています。これまで、多くの研究者がApoEとアルツ
ハイマー病発症との関係について研究を展開しており、本学会でも国立長寿医療研究センターの篠原先生が優れた研究報告をされていることは記憶に新しいところです。
今回ご紹介する論文は、これまでの研究成果を支持するとともに、オリゴデンドロサイトの重要性を強く示唆する論文でもあります。
今回、筆者らはApoE4を有するアルツハイマー病患者(ApoE4キャリア―)を対象にシングルセル解析を行い、ApoE3/3、ApoE3/4、ApoE4/4間における比較検討を
行った結果、従来から知られている炎症関連因子の変動を確認したことに加え、脂質代謝関連因子がApoE4キャリアーで大きく変動していることを発見しました。特に、
コレステロール合成系因子では有意な上昇が、コレステロール輸送系因子においては有意な減少が確認され、脳内コレステロール輸送に関わるApoEならではの変化とい
える結果が得られました。ここまでの結果であれば従来とさほど変わらないのですが、ApoE4キャリアーを含む剖検脳の病理組織学的検索により、これらの変化は主にオリ
ゴデンドロサイトにおいて生じており、ApoE4キャリアーのオリゴデンドロサイトでは顕著な脂質の細胞内蓄積が生じていることを発見しました。さらに、オリゴデンドロサイトへ
と分化誘導したApoE4キャリアー由来iPS細胞やApoEノックインマウスを用いた解析でも同様の結果が確認され、ApoE4はオリゴデンドロサイトにおける脂質代謝を障害
することが明らかとなりました。オリゴデンドロサイトは中枢神経系において、コレステロールからなるミエリン(髄鞘)の形成に欠かせないグリア細胞であり、当然ながら神経機
能に深く関与します。興味深いことに、ApoE4キャリアーの脳内では細胞内に脂質が蓄積したオリゴデンドロサイトが確認される一方、ミエリン形成は大きく低下しているこ
とが明らかとなりました。そこで筆者らは、コレステロールと結合して生体膜から引き抜くシクロデキストリンのようなコレステロール輸送を促進する薬剤をiPS細胞由来オリゴ
デンドロサイトやApoE4ノックインマウスに投与した結果、ミエリン形成が回復することを確認しました。これらの結果から、ApoE4はオリゴデンドロサイトの脂質代謝障害を
介してミエリン形成を阻害し、神経機能を脆弱にすることで老年期におけるアルツハイマー病発症リスクを上昇させている可能性が示唆されました。
手前味噌で恐縮ですが、私も以前、アルツハイマー病発症の環境リスク因子であるⅡ型糖尿病が脳内コレステロール代謝を変容(やはり産生系が増加しておりました)さ
せることで老化に伴うアミロイドβ蓄積を加速化することを発見したのですが(Takeuchi et al., Am J Pathol 2019)、どの細胞が関与しているのかまでは解析
できておりませんでした。今回紹介した論文の成果から、アルツハイマー病態における脳内コレステロール代謝の重要性とともに、ApoE4による発症リスク増大の背景にオリ
ゴデンドロサイトの存在が示されたことは今後のアルツハイマー病対策を考える上で大きな意味があると考えております。
(文責:木村展之)
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海外文献紹介2023年3月号
Organ-specific fuel rewiring in acute and chronic hypoxia redistributes glucose and fatty acid metabolism.
Ayush D. Midha, et al.
Cell metabolism. 35: 504-516 (2023).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36889284/
ロッキー山脈やアラスカ山脈など、海抜4,500m以上の高地に住む人々は、肥満や糖尿病、高コレステロール血症を含む代謝疾患に罹りにくいことが知られています。
今回紹介する論文はその理由について研究し、慢性的な低酸素状態が糖質や脂質の燃焼を促すことを明らかにしました。さらに、そのメカニズムとして臓器特異的にエ
ネルギー代謝が変化することを示しています。
平地に暮らす私たちは、約21%の酸素を含む空気を吸って呼吸しています。一方で、海抜4,500m以上の高地では、空気に含まれる酸素は11%程度しかなく、そこに
暮らす人々は慢性的な低酸素状態にあります。筆者らは、長期的な低酸素状態が個体レベルで代謝に与える影響を調べるため、マウスを用いて研究を行いました。
具体的には、マウスを21%、11%、8%酸素環境で飼育し、行動、体温、血中のCO2量および血糖値の測定、PET/CTスキャンやメタボローム解析を用いた代謝測定を行
いました。
まず、低酸素条件(11%、8%酸素)初日では、マウスの自発行動量や血中CO2量(激しく呼吸すると低下)が著しく減少することがわかりました。しかし、この低下は3
週間目までに通常条件(21%酸素)とほぼ同等まで回復しました。摂食量も同様で、低酸素開始後の数日は低下しましたが、低酸素期間が長くなるほど通常条件と
の差は観察されませんでした。一方で、体重や血糖値は低酸素開始後から低下し、その状態が持続することがわかりました。
低酸素による代謝の持続的な変化のメカニズムを明らかにするため、筆者らはFDG(フルオロデオキシグルコース)-PET/CT検査を行い、臓器ごとの糖代謝を測定しま
した。その結果、教科書的に知られているように、低酸素によってほとんどの臓器でグルコース代謝が上昇することがわかりました。しかし、骨格筋と褐色脂肪細胞では、
逆にグルコース代謝が低下していることを見出しました。次に筆者らは、安定同位体でラベルしたグルコースおよびパルミチン酸を用いたメタボローム解析によって、臓器ご
との代謝動態を測定しました。その結果、慢性的な低酸素状態では心臓でグルコース代謝が顕著に上昇し、脳、肝臓、腎臓では脂肪酸代謝が上昇することを明らか
にしました。
以上の結果をまとめると、慢性的な低酸素状態では心臓が積極的にグルコースを代謝してTCA回路を回し、脳、肝臓、腎臓では脂質の燃焼を高めていることがわか
りました。さらに、褐色脂肪細胞では糖代謝を抑制して、グルコースの消費を抑えていることが示されました。
この論文は、トレーサーを上手く使って臓器ごとの代謝変化(グルコースと脂肪酸のみですが)をきっちり調べた点が評価できます。他方で、分子メカニズムについては解
析されていないので、今後の研究が期待されます。高地トレーニングならぬ高地療法が流行る日が来るのでしょうか。
(文責:赤木一考)
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海外文献紹介2023年2月号
A NPAS4–NuA4 complex couples synaptic activity to DNA repair.
Elizabeth A. Pollina, et al.
Nature. 614: 732-741 (2023).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36792830/
学習・記憶刺激などによって引き起こされる神経細胞の活動は、脳内神経回路のリモデリングに不可欠な現象です。一方で、神経細胞の過剰な興奮は、寿命短縮
に繋がるなど、神経細胞の活動が老化を規定する重要な要素として、その制御機構が注目されています。
最近の研究により、神経活動が転写の際にDNAの二本鎖切断を引き起こすことが明らかとされており、分裂終了後の成熟した神経細胞では、ゲノム安定性という点
でリスクの大きい変化であることから、DNA切断後の修復機構の存在が示唆されてきました 。しかしながら、長期間にわたる活動依存的なダメージに耐久できるような、
ゲノム保護機構の獲得については、これまで解明されていませんでした。今回紹介する論文は、神経細胞の活動によって引き起こされるDNA切断に対するDNA修復機
構を、緻密で膨大な実験により同定した画期的な内容となっています。
著者らは、活性化した神経細胞では、転写因子NPAS4がクロマチン修飾因子NuA4と複合体を形成していることを先ず見いだしまた。実際、NPAS4-NuA4複合体
は、脳内の活動によって引き起こされるDNA切断の際に、遺伝子調節エレメントに結合し、さらにDNA修復因子を呼び寄せて損傷部位の修復を促進していました。対
照的に、NPAS4-NuA4シグナルを障害した場合では、活動依存的な転写応答の異常、神経抑制機構の制御異常、さらにはゲノム不安定性を引き起こすなど、個
体寿命の短縮に繋がる結果が得られています。
このように今回の論文では、神経細胞の活動とゲノム保存を直接結びつける神経細胞特異的な複合体を同定し、寿命制御に関与していることが明らかにされました。
今後、NPAS4-NuA4複合体の機能破綻と発達障害、神経変性疾患、さらには老化進行との因果関係について解明されていくことが期待されます。
(文責:多田敬典)
PDF (145KB)
海外文献紹介2023年1月号
One-year aerobic exercise increases cerebral blood flow in cognitively normal older adults.
「1年間の有酸素運動は認知機能が正常な高齢者の脳血流を増加させる」
Tsubasa Tomoto, et al.
J Cereb Blood Flow Metab. (2022). Online ahead of print.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36250505/
運動は万能薬と言われており、認知症など加齢関連疾患に対する効果が期待されています。しかし、高齢者における認知機能や脳血流調節に対する運動の効果
については証拠が不十分のようです。今月は、認知機能が正常な高齢者において1年間有酸素運動を継続した効果について報告した論文を紹介します。
対象者は認知機能が正常な(MMSEスコアが26点以上)60-80歳で、高血圧や糖尿病などの基礎疾患がない人でした。対象者を有酸素運動群と対照群に分け、
1年間の運動介入前後で心肺機能、循環機能、脳血流、認知機能などを計測・比較しました。有酸素運動群は25-30分の運動(最大心拍数の75-85%の強度)
を週3回実施するのを基本とし、漸進的に運動回数および強度を増加させていきました。対照群は、四肢のストレッチ運動を週3回実施するのを基本とし、段階的に全
身のストレッチや低強度のレジスタンス運動を加え、運動群と同様に運動回数を増やしていきました(運動は最大心拍数の50%未満で実施)。
その結果、有酸素運動群では心肺機能の向上のほか、脳血流の増加、脳血管抵抗の低下、記憶機能の向上などを認めました。対象群では心肺機能や脳血流、
脳血管抵抗に変化はありませんでしたが、有酸素運動群と同様に記憶機能が向上しました。なお有酸素運動群では、脳血管抵抗の変化と記憶機能の変化に負の
相関を認めました(血管抵抗がより減少すると記憶機能がより向上)。したがって、著者らは有酸素運動が高齢者の脳血流調節を改善するとともに脳の健康に有用で
あると結論付けています。
本論文で用いた有酸素運動は、対象が健常な人だったとはいえ非常に高強度だったため、8割近くの参加者が1年間も継続したことに驚きました(まさに、継続は力な
り、ですね)。一方、低強度の運動習慣(対照群)でも継続することで記憶機能が向上したという結果は、激しい運動が難しい人にとって福音だと思いました。
(文責:渡辺信博)
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海外文献紹介アーカイブ
海外文献紹介2022年12月号
Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer.
Rina Kim, et al.
Nature. 612: 338-346 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36385526/
図らずと、先月に石井先生が取り上げたフェロトーシスが再び主役となりました。先月号で石井先生が述べていたように、老化と切っても切り離せない腫瘍免疫への影響についての新規の知見が得られたのです。
フェロトーシスは、アポトーシスやネクローシスとは異なる鉄依存性の細胞死で、過酸化脂質が蓄積し、ミトコンドリアのクリステが減少してミトコンドリアが凝集するなどの特徴が認められることが報告されています。主に、酸化還元機構のバランスが崩れ、多価不飽和リン脂質が過酸化されることにより誘発されます。フェロトーシスという細胞死が認識されたのは、僅かここ10年のことです。最近はNature等でも頻繁に取り上げられていますが、これまではフェロトーシスと免疫の関連についてはよくわかっていませんでした。本論文では、腫瘍免疫に与えるフェロトーシスの影響について新たな知見を報告しています。
これまで、好中球の多形核骨髄由来免疫抑制細胞(PMN-MDSC)は、抗腫瘍免疫の負の調節因子とされており、がん患者においても腫瘍中にPMN-MDSCが多いと予後が悪いなどの相関性が報告されていました。また、腫瘍微小環境内でフェロトーシス誘導試薬を添加すると、転移性間葉系の腫瘍治療などに効果的であるとする研究報告もなされていました。しかし、フェロトーシス、PMN-MDSC、抗腫瘍免疫の三者の関係性は包括的に理解されていませんでした。また、これらのin vivoの研究の多くは、機能的な免疫システムを欠損した異種移植マウス腫瘍モデルでの実験から得られた結果であったため、正常に免疫システムが機能しているマウスでの検証例はほとんどなく、フェロトーシスが免疫ステム全体へ与える影響については検証されていなかったのです。
著者らはまず、リンパ腫、CT26結腸がん、ルイス肺がん(LLC)移植可能なモデルマウスの骨髄、脾臓、腫瘍部位からそれぞれPMN-MDSCを単離し、フェロトーシス阻害剤(フェロスタチン-1)、ネクローシス阻害剤(ネクロスタチン-1)、アポトーシス阻害剤(zVAD)を使用して、PMN-MDSCへの各細胞死の影響を調べました。結果としては、どのPMN-MDSCもアポトーシス阻害で生存率が増えましたが、ネクローシス阻害の影響は受けませんでした。興味深いことに、骨髄や脾臓由来のPMN-MDSCとは異なり、腫瘍のPMN-MDSCがフェロトーシスに特に強い感受性を示すことがわかりました。加えて、PMN-MDSCのフェロトーシスを誘導すると、細胞死の直前に、T細胞に対して抑制効果を持つPGE2やアラキドン酸(AA-PEox)等が促され、これにより免疫が抑制されていることがわかりました。さらに、このPMN-MDSCの免疫抑制活性が、フェロトーシス阻害剤のリプロックススタチン-1処理で失われることも確認しました。
著者らは、好中球にフェロトーシス誘導経路の主要な標的因子であるアラキドン酸 12/15-リポキシゲナーゼ(Alox12/15)が欠損した遺伝子改変マウスを用いて、in vivoでもPMN-MDSCの免疫抑制活性がフェロトーシス誘導を介したものであることを確かめました。ヒトにおいても、頭頚部がん患者と子宮がん患者の腫瘍組織で検証し、それらを支持する結果を得ています。
最後に、著者らは、免疫能力のあるマウスでフェロトーシスを遺伝学的・薬理学的に阻害すると、T細胞を介したPMN-MDSCの免疫抑制活性が消失し、結果として腫瘍の増殖が抑制されることを示しました。逆に、免疫能力のあるマウスでフェロトーシスを誘導すると、前述したメカニズムによる免疫抑制活性が示され、腫瘍の増殖が促進されるという結果を得ました。
ヒトの免疫システムは老化と共に大きく変化していき、その中で様々な病態と向かい合っていかなくてはなりません。腫瘍病態に限らず、免疫機能を介する多くの病態治療において、今後はフェロトーシスも考慮していかねばならないのかもしれません。様々な老化現象や加齢性疾患に対して、フェロトーシスを標的とした新規治療法の開発が進むことを願ってこの論文を紹介しました。
ご興味がありましたら、ご一読くだされば幸いです。
(文責:橋本理尋)
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海外文献紹介2022年11月号
A non-canonical vitamin K cycle is a potent ferroptosis suppressor.
Eikan Mishima, et al.
Nature. 608:
778-783 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35922516/
著者らは本論文の前報にて、フェロトーシス抑制タンパク質(FSP1; ferroptosis suppressor protein 1)がNADH-ユビキノン(CoQ10)酸化還元(NADH-ubiquinone reductase)活性を有し、脂質過酸化反応により生じる過酸化脂質(LOOH)を還元するGPX4(selenium-dependent glutathione peroxidase-4)に独立してはたらいて、生成するユビキノール(CoQ10-H2)の脂質ラジカル(ペルオキシラジカル(LOO·)、アルコキシラジカル(LO·))還元作用(FSP1-ubiquinone pathway)を介して、フェロトーシス(鉄または過酸化脂質誘導性の細胞死)を抑制すると報告している(Nature. 575: 693-698, 2019)。本論文は、FSP1がビタミンK(VK;フィロキノン・メナキノン)も基質として作用することを報告したものである。また脂溶性ビタミンのうち、ビタミンE(VE;αTOH)が脂質過酸化反応の抗酸化剤としての代表格であるが、今回の報告ではVKもその作用を十分に発揮することを精巧な生化学実験下で証明している。
著者らは、まずVK(フィロキノン・メナキノン・メナジオン)のフェロトーシス抑制効果と細胞毒性について検証している。GPX4欠損あるいはGPX4阻害剤を投与しフェロトーシスを誘導した線維芽細胞・がん細胞、およびグルタミン酸毒性を誘導した神経細胞をもちいて、フェロトーシスを抑制することを確認している。この際、メナキノンが最も強い効果を示すこと、メナジオンはフェロトーシス抑制効果が低いこと、フェロトーシス非特異的な細胞死抑制効果や細胞毒性を生じることを報告し、側鎖の重要性を考察している。さらに、肝臓特異的GPX4欠損マウスおよび肝臓・腎臓虚血再灌流モデルでのメナキノンの組織細胞保護効果を明らかにしている。
次に、フェロトーシスを抑制するVKの脂質ラジカル除去作用(直接的な還元効果)を検証するため、FSP1依存的な還元型ビタミンK(VKH2)生成とその効果を、リコンビナントFSP1、クマリン色素VK類似体を合成・精査し、さらにSTY-BODIPY(スチレン蛍光色素プローブ)をもちいたFENIX(fluorescent-enabled inhibited autoxidation)assayにより、精巧な生化学的実験を実施している。
グルタミン酸のカルボキシル化反応で補酵素となるVKは、VKOR(VK epoxide reductase)によるVKサイクル「VKH2→VKO(エポキシド)→VK(キノン型)→VKH2」下で作用する。しかし本論文では、このサイクルとは別に、FSP1がメナジオン以外で「VK→VKH2」のNADH依存的な酸化還元反応を触媒し、脂質ラジカルを還元除去するVKH2を生成することを証明している。この際、その作用はVEラジカル(αTO·)毒性にも効果を示すことが示唆されたと考察している。
この他、VKのFSP1触媒作用を介したフェロトーシス抑制効果は、GPX4、VKORやNADH quinone
oxidoreductase
1(NQO1)の触媒作用とは独立していることを、それらの欠損細胞株や阻害剤をもちいて明らかにしている。
最後に、本論文では、FSP1触媒作用によりNADH依存的な酸化還元反応を介して産生されるVKH2の脂質ラジカル除去効果(抗酸化作用)が確証をもって示された。その効果がユビキノンを基質とする抗酸化作用よりも強く、VEラジカル毒性も還元することが示唆されたことは、脂質過酸化レドックス研究のさらなる躍進の布石となったことは言うまでもない。また、VK合成を担う腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が抗酸化作用に如何に重要となっているかを示唆する成果ともなった。今後、フェロトーシスといった一細胞死を対象とした研究ばかりでなく、本論文の一部で示されていた免疫や炎症応答への効果についての詳細な分子機構を明らかにする発展的な研究を願ってやまない。
(文責:石井恭正)
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海外文献紹介2022年10月号
Insulin signaling in the long-lived reproductive
caste of ants.
Hua Yan, et al.
Science. 377:
1092-1099 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36048960/
酵母、線虫、ハエ、マウス、キリフィッシュなどの比較的短命なモデル生物が老化研究をこれまで発展させてきた一方で、新しいモデルを用いる研究も広がりを見せています。その流れは大きく2つあるように思います。一つは近縁種に対して外れ値的に長寿となる生物種のサンプルを用いて、長生きに相関する事象を抽出する研究です。ニシオンデンザメ、ゾウ、ブラントホオヒゲコウモリ、ベイマツ、アイスランドガイ等を用いる研究が含まれます。もう一つの流れが真社会性動物を用いた研究です。ゲノム同一性が強いがカーストが明確に区別される同一空間に居住する集団内で、生殖機能が分業として与えられた王と女王がなぜ他のカーストより圧倒的に長寿になるのかを探ります。多くのハチ、カリバチ、アリ、シロアリの種やハダカデバネズミ等が用いられる研究です。ヒトを含めた真核生物の主流は繁殖と生存はトレードオフの関係でこれらとは逆の傾向があるのですが、生命が進化上で長寿を発展させてきた機構を探る上で興味深い研究対象となっています。
今回筆者たちはアリのHarpegnathos
Saltator種を使って女王の長寿の機構に迫りました。この種ではコロニーで一匹のみ存在する女王が死んだときに、ワーカーのカーストから1匹のみ新しく女王に近い状態に分化し、卵を産むなどの性質を新たに持ち得ます。その際には寿命もワーカーの平均7か月から、女王の平均4年へと移り変わります。ワーカーとワーカー由来の偽女王のRNA-seqの比較より、偽女王の脳でインスリン産生が上がることを確認しました。インスリンは多くの生物種で成長と生殖に必要とされるシグナルですが、過剰なシグナルが老化を早めることも多くの報告があります。意外なことに、過剰生産にも関わらず、偽女王の組織ではインスリン下流のうち、Akt経路が抑制されていました。説明し得る機構として、偽女王の卵巣ではlmp-L2というインスリンの機能を抑制する分泌タンパクの発現が増えていました。Imp-L2はインスリン下流のうち、Akt経路を選択的に抑制する一方で、卵産生に重要なインスリン下流とされるMAPKのレベルには影響しませんでした。一度取り除いた本物の女王をコロニーに戻すと偽女王はワーカーに再び分化し寿命も元に戻ります。この際にインスリンとImp-L2の両方が元のレベルに戻りました。以上から、インスリンのような成長や繁殖に必須だけれども老化を進めてしまうシグナルの下流の一部を特定組織で抑えることが、繁殖と寿命のトレードオフを女王が回避できているメカニズムではないかと筆者らは推定します。
以前にはミツバチの女王の分化に重要な成分が寿命延長に寄与することは報告されました(Kamakura et al., Nature 2011)。しかしその後の研究でこの物質が他の種でのカースト分化や老化抑制に寄与するような普遍性はほぼないことがわかっています。今回の発見が他の生物にそのまま転用されることもほぼないと思われます。提唱する機構の傍証も多くは提示されていません。しかし成長や繁殖という生命に必須な機能を犠牲にしなくとも長寿化が分子機構上可能であることを示した本研究は、老化を副作用の少ない形での制御を目指すコミュニティにとって福音であり大いに勇気づける知見となることでしょう。
(文責:伊藤 孝)
PDF (174KB)
海外文献紹介2022年9月号
Distinct tau neuropathology and cellular profiles of an APOE3 Christchurch homozygote protected against autosomal dominant Alzheimer's dementia.
Diego Sepulveda-Falla, et al.
Acta Neuropathol. 144: 589-601 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35838824/
「基礎」老化学会の海外文献紹介として病理解剖報告を紹介するのはいかがなものかというご批判もあるとは存じますが、医科学研究は臨床現場にフィードバックできてナンボというのが私の信念でもありますので、あえて今回はこの論文を紹介いたします。
認知症研究者の方は良くご存じだと思いますが、特定遺伝子(APP, PS1, PS2)の変異を原因とする家族性アルツハイマー病は常染色体優性遺伝によって次世代へ受け継がれ、100%確実に発症します。また、発症時期も40代前後とかなり早く、早期発症型アルツハイマー病と呼ばれることもあります(注:若年性アルツハイマー病は60歳未満で発症した孤発性アルツハイマー病患者を指し、別物です)。そして、先述した特定遺伝子が全てbアミロイド蛋白質(Ab)の産生に関わる分子であることがアミロイドカスケード仮説の根拠になっています。ところが近年、家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を有しているにも関わらず40歳を過ぎても認知機能が正常に保たれている方の存在が確認され、遺伝子解析を実施したところ、アポリポ蛋白E(ApoE)に特徴的な変異を持つことが発見されました。実はこのApoEもアルツハイマー病と深く関係のある分子でして、ヒトはApoE2、E3、E4と3種類のハプロタイプを有しており、ApoE4をヘテロで持つとアルツハイマー病の発症リスクが3倍に、ホモで持つ場合は15倍に増加することが知られています。この方のApoEはE3だったのですが、他の人にはない変異(R136S)が見つかり、この変異(居住地にちなんでChristshurch変異と命名)が認知症に対する保護効果をもたらしているのではないかと考察されていました。今回ご紹介する症例報告は、この方の病理検索結果となります。
まず臨床情報ですが、PS1E280A変異を有する方は通常40歳前後で発症するのに対し、この方は70歳まで認知機能が保たれていました。その後、72歳頃から少し認知機能に低下がみられ、75歳で軽度認知障害と診断されたようです。最終的には癌によって77歳でお亡くなりになり今回の病理解剖に至りましたが、その結果、大きく3つの興味深い事実が明らかとなりました。まず1つ目は、脳の容積自体は健常人に比べて小さいこと。そして2つ目は、老人斑と呼ばれるAb病変は大脳皮質に広く確認され、一般的なアルツハイマー病患者とほぼ同等かそれ以上であったこと。そして3つ目は、老人斑と並ぶアルツハイマー病の二大病変である神経原線維変化の形成が後頭葉に限局しており、海馬や側頭葉皮質といった領域には極めて少なかったことです。神経細胞死はさほど生じていませんので、脳容量が小さい原因は細胞死による萎縮ではなく、神経突起やシナプスの脱落に起因する可能性が高いと考えられます。逆に言えば、神経細胞さえ死ななければ何とか機能は保てるとも言えますね。そして、アルツハイマー病の実験病理学を続けてきた私にとって最もインパクトがあった事実は、Abはやはり認知症発症と相関しないという厳然たる事実だと思います。編集委員便りでも触れましたが、Abがアルツハイマー病の原因分子であることを後押しした有名な論文が捏造の疑いをかけられ、現在捜査中です。まだ結論が出ていない時点でコメントするのは時期尚早ですが、仮に論文が捏造ではなかったとしても、実際に患者さんの体で生じていることを反映できないのであれば、やはりその仮説は不十分なのではないかと個人的には感じます。一方で、神経原線維変化の大脳皮質全体への拡大が認知症発症と相関するという事実は今回もしっかり確認されましたので、ますます信憑性が高まったのではないでしょうか。また、シングルセル解析の結果、ApoE3の発現量と相関してアストロサイトの生理学的機能やミクログリアの炎症性反応が変化するという結果が得られていますので、近年大きな注目を集めているグリア細胞の変化が認知症発症に大きな影響を及ぼす可能性も大いに示唆されました。たった1例の症例報告ですのでデータとしては軽いのですが、この事実をしっかりと認識して、今後の認知症研究を正しい方向へ修正していくことが私たちには求められていると考えます。
(文責:木村展之)
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海外文献紹介2022年8月号
Somatic mutations in single human cardiomyocytes
reveal age-associated DNA damage and widespread
oxidative genotoxicity.
Sangita Choudhury, et al.
Nature Aging.
2: 714-725 (2022).
https://www.nature.com/articles/s43587-022-00261-5
加齢に伴い体細胞DNAの変異が蓄積することはよく言われています。しかし、実際にヒト心筋細胞においてそのような詳細な研究はなされていませんでした。本論文では、ヒト心筋細胞におけるシングルセル全ゲノムシーケンシング(WGS)による体細胞一塩基変異(sSNVs)の特徴が報告されました。今回、心臓が生涯働き続ける中でどのような変化が生じ、どのように機能を維持しているかを知る手掛かりとなる研究をご紹介します。
実験は、4歳以下3例・30代から60代の6例・70代から80代の3例から56個の単一心筋細胞を用いて、それぞれの核の変異を解析しました。心臓における核の多倍体化は新生児のような早い段階から生じていました。左室の心筋細胞核を単離し、DNAを増幅してWGSを行った結果、2倍体化・4倍体化どちらの心筋細胞でも加齢に伴いsSNVsが有意に増加していましたが、ゲノムサイズの違いによる有意差はありませんでした。また、加齢に伴うsSNVsの蓄積について複数種の細胞を調べたところ、変異のプロセスが細胞種により異なる可能性が示唆されました。そこで、心筋細胞、神経細胞、肝細胞、リンパ球を比較したシグネチャー解析によりその要因を調べたところ、メチル化シトシンからチミンへの脱アミノ化の異常な修復を反映するもの、酸化的DNA損傷の修復不全に関与するもの、DNAミスマッチ修復(MMR)の欠損に関与するものなど、加齢に伴い増加する3つの要因を同定しました。なかでも、心筋細胞では加齢に伴うMMRの寄与がほかの細胞より飛躍的に増加し、MMRの減少がヌクレオチド除去修復や塩基除去修復よりも影響をより強く受けたことから、心筋細胞特異的なsSNVsの蓄積はMMRに関連したものだと示唆されました。2倍体および4倍体心筋細胞における遺伝子ノックアウト(KO)の蓄積を比較した結果では、心筋細胞の大部分で有害な変異を有することが示される一方、4倍体の心筋細胞において遺伝子KOの確率が有意に低いことが示されました。このことは、4倍体心筋細胞は、加齢に伴う変異による遺伝子機能の喪失を回避するのに有効であること強く示唆していました。
本論文において、心筋細胞や肝細胞のような代謝の活発な臓器では変異から自身を守るために多倍体化している可能性が考えられる一方、心筋細胞ではMMR経路欠損の寄与が大きいなど、変異原性プロセスの特異性を示していました。多倍体化は哺乳類の心筋細胞の特徴であることから、著者らは心筋細胞の多倍体化は急激な変異の蓄積による悪影響を軽減するメカニズムになりうると述べています。最後に、本研究は加齢心筋細胞におけるゲノム状況と変異蓄積のメカニズムをより深く理解するための基礎となるものであり、加齢に伴う心筋細胞の機能不全を軽減するための新しい治療法の開発に役立つと締めくくっています。
このように、加齢に伴い生じる遺伝子の変異は各細胞共通した要因を示す一方で、臓器特異性が存在し、その機能と密接に関与することを示唆しています。一つ一つの細胞の変異を知ることは、大変貴重な研究です。また、心筋細胞が多倍体化によりその機能を維持するというシステムは、細胞ごとの“生きる”ことへの工夫と努力が私たち個体を生かしているのだと、個人的には感慨深い内容でした。
(文責:板倉陽子)
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海外文献紹介2022年7月号
Sestrin mediates detection of and adaptation to low-leucine diets in Drosophila.
Xin Gu, et al.
Nature.
Online ahead of print. (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35859173
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mTORC1は、老化制御において中心的な役割をすることが多くの研究から明らかにされています。必須アミノ酸のひとつであるロイシン(leucine)は、mTORC1の活性化に重要であることが知られています。また、ロイシン結合タンパク質であるSestrinは、アミノ酸センサーとして働き、ロイシンが欠乏するとmTORC1を抑制することが哺乳類細胞を用いたin
vitro系で明らかにされていました。しかし、食餌由来のロイシンに対する生体内でのSestrinの役割については不明でした。今回紹介する論文では、ショウジョウバエの遺伝学や生化学的手法を用いて、分子から行動に至るまでSestrinによるロイシンセンシングについて綺麗にアドレスしています。
まず著者らは、Sestrinがin
vivoでもロイシンセンサーとして働き、mTORC1活性を調節することを示しました。次に、Sestrin変異体では、コントロール系統に対してロイシン欠乏食での寿命が短いことから、Sestrinはロイシン欠乏を感知して寿命を調節することが示唆されました。次に、food
choice
assayの結果、コントロール系統ではロイシンリッチな餌を好み、そちらに多くの卵を産むことがわかりました。一方、Sestrin変異体ではその傾向が失われました。ちなみに、ロイシン欠乏食では幼虫は生存できないようです。最後に、どの組織でのSestrinがこのfood
choice行動に必要なのかについて、各組織でSestrinをノックダウンして調べました。その結果、グリア細胞におけるSestrin-mTORC1
axisがロイシンセンシングとその後の産卵行動に必要であることが示唆されました。
老化におけるSestrinの役割については、昨年頃からショウジョウバエで報告されていますので、生体内におけるロイシンの役割とともに今後も注目していきたいと考えています。
(文責:赤木一考)
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海外文献紹介2022年6月号
Brain charts for the human lifespan.
R. A. I.
Bethlehem, et al.
Nature. 604:
525-533 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35388223/
身長や体重など、身体の発達の度合いを評価する指標として広く使われているのが「成長曲線」です。成長曲線を記録することは、病気の早期発見や治療の選択肢として非常に重要な指標です。しかし、これまで、脳の正常な成長や加齢に伴う変化を数値化した「脳の成長曲線」は存在しませんでした。
今回紹介する論文では、過去数十年間に得られたMRI画像を用いて「ブレインチャート」を作成し、生涯における脳の構造の変化とその変化率を定量化し、脳の健康状態の予測や脳疾患の早期発見の可能性を示しています。また、一般的に成長曲線は出生直後から思春期頃までを対象としていますが、本論文で作成した「ブレインチャート」は、100以上の研究から得られた受胎後115日から100歳までのヒト101,457人のMRI画像123,984枚を用いており、すべての年齢層が網羅されています。
本論文では、作成した「ブレインチャート」に基づいて、受胎後17週以前から3歳までに脳の大きさが約70%増加するなど、この時期が脳成熟の初期成長における重要な時期であることを明らかにしました。さらに、安定性の高い縦断的な測定により、軽度認知障害からアルツハイマー病への診断移行に伴う脳の変化を評価することができ、将来的に進行性神経変性疾患の定量的な予測・診断する上で、臨床的に有用であることが示されました。このように、「ブレインチャート」を用いて脳の変化を予測し、脳疾患の早期発見につながる可能性が示されるなど、今後、データベースのさらなる発展が期待されます。また、このような新しい評価指標の確立は、多くの脳疾患の早期発見につながる一方で、新しい評価指標により生じるデメリットを防ぐために、運用体制の構築も必要であると感じました。
(文責:多田敬典)
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海外文献紹介2022年5月号
Hyperexcitable arousal circuits drive sleep
instability during aging.
「過興奮性の覚醒回路が加齢に伴う睡眠の不安定にさせる」
Shi-Bin Li,
et al.
Science.
375: eabh3021 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35201886/
加齢に伴い増える困りごとのひとつに睡眠の問題が挙げられます。睡眠は、体内時計に加えて、睡眠・覚醒を司るしくみがうまく協調して調節されます。今月は睡眠の加齢変化のしくみの一端として、覚醒を司る神経回路の過興奮が、加齢に伴い睡眠が断片化することに関与することを示した論文を紹介します。
著者らは、覚醒維持に重要な物質のひとつである「オレキシン(ヒポクレチン)」に着目して研究を行いました。若齢マウス(3-5か月齢)と比べて老齢マウス(18-22か月齢)では、覚醒やREM睡眠の発生回数が多いことに加えて、視床下部のオレキシンニューロンの数が約38%少ないことを示しました。一方、オレキシンニューロンの機能としては、老齢マウスにおいて明期(非活動期)にニューロンの活動がより頻繁に見られ、睡眠の持続時間と負の相関を認めました。
残存するオレキシンニューロンが老齢マウスで過興奮を起こすしくみとして、著者らは、(1)オレキシンニューロンの静止膜電位がより脱分極状態にあること、(2)刺激に対するオレキシンニューロンの応答性が高いこと、(3)電位依存性K+チャネル(KCNQ2)の数・機能ともに低下していること、を報告しました。さらに、KCNQ2・3の刺激薬(flupirtine)を明期の初めに老齢マウスに投与すると、覚醒回数が減少するとともにnon-REM睡眠の持続時間が延長することが示されました。
本論文では、覚醒系のひとつであるオレキシンに着目して研究が展開されていますが、睡眠を促すしくみは加齢でどのような影響を受けるのか、それらの相互作用についてさらに興味が沸いた次第です。
(文責:渡辺信博)
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海外文献紹介2022年4月号
p53 directs leader cell behavior, migration, and
clearance during epithelial repair.
Kasia Kozyrska,
et al.
Science.
375: eabl8876 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35143293/
科学者ではない方々との会話の中で、「老化したくない。いつまでも美しい肌でいたい。研究で何とかしてくれ。」と言われることがあります。細胞レベルの老化である細胞老化は、いかにも老化を促進して肌の質感を害しそうな悪いイメージを連想させるかもしれませんが、実際には癌抑制機構として重要な役割を担っているだけでなく、皮膚の創傷治癒に寄与しているなど、皮膚表層を正常な状態に維持するのに貢献しています。
表皮が物理的な損傷を受けると、最もダメージを受けた最前線の生き残った細胞の一部では、p38MAPKに依存してp53経路が活性化した「リーダー細胞」が出現します。リーダー細胞は、細胞老化の特徴である扁平な細胞形態をしており、二核形成等の特徴を有しています。リーダー細胞では、p53の活性化に伴い、下流のp21WAF1/CIP1
(p21) のサイクリン依存性キナーゼ (CDK)
阻害により、細胞周期の遅延が引き起こされ、以下に示すリーダー細胞としての生理機能に重要な役割を果たしています。リーダー細胞が出現すると、周りの「フォロワー」と呼ばれるp53の発現レベルが低い細胞群が、リーダー細胞が出現した創傷の最前線側へ協調して大移動を開始し、創傷の穴を効率的に埋めて治癒をしていきます。リーダー細胞は、フォロワー細胞が大移動する方向性を決定する道標となるわけです。一般的に生体内では、老化細胞は健全な細胞との競合に負けてクリアランスされますが、創傷治癒の場合も例外ではありません。リーダー細胞がフォロワー細胞の誘導業務を終えると、他の細胞との競合の中で淘汰されていきます。仮に、役目を終えたリーダー細胞が淘汰されずに居座り続けると、上皮特有の特徴的な構造を上手く構築することができません。つまり、リーダー細胞が出現し、役目を終えたリーダー細胞が消え去るところまでの一連の流れを終えて、はじめて完全な創傷治癒が完了するのです。
本論文では、まずMadin-Darby canine kidney (MDCK)
上皮細胞を用いたインビトロの培養系でも、生体上皮の創傷治癒の際と同様の、自発的なリーダー細胞が出現し、それに従い動くフォロワー細胞群が観察されることを見出しました。著者らは、MMC処理によりp53が活性化された細胞が、自発的リーダーの挙動を示すことを示しました。次に、p53
KO条件下では、Mdm2阻害剤により細胞増殖を抑制しても、フォロワー細胞としてしか振舞えず、リーダー細胞の挙動は示さないことを見出しました。これらの結果は、リーダー細胞の挙動にはp53の活性化が必須であることを示しています。次に、p21
KO条件下では、p53の活性化を誘導しても、十分なリーダー細胞としての挙動を示さないことが明らかになりました。この結果は、p53の下流のp21がリーダー細胞の挙動を促進するのに重要な役割を果たしていることを示唆しています。加えて、どのような分子制御機構によりp21がリーダー細胞の挙動を補佐しているかを調べるため、著者らは、p21が持つCDK阻害活性と同様の効果を発揮するCDK阻害剤をp21
KO条件下で処理しても、リーダー細胞の挙動を示すことを明らかにしました。また、p21の下流の遺伝子であるPI3KとRac1が、リーダー細胞の挙動を制御していることも突き止めました。これらの結果は、p21がCDK阻害活性により細胞周期が遅延され、結果として下流のPI3KとRac1の発現が誘導されることが、リーダー細胞の挙動に必要である可能性を示唆しています。
次に著者らは、上皮細胞が単層で敷き詰められたシート上で機械的な損傷を与えた時に、損傷部位の端でp53が活性化した細胞が出現するかを調べました。予想通り、機械的損傷部位の端の部分では、p53陽性細胞が出現しました。興味深いのは、p53の上流のストレス関連キナーゼであるp38経路を阻害すると、同様の実験を行ってもp53陽性細胞は出現しなかったということです。この結果は、上皮細胞が機械的な損傷を受けた条件下では、p38を介した経路でp53が活性化され、リーダー細胞の挙動が誘導されていることを示唆しています。
続いて、p53の活性化や抑制によって、損傷した上皮の修復速度が変化するかどうかについて調べました。GSE-22の過剰発現によりp53の活性化を抑制した条件下では、フォロワー細胞の移動速度が低下しました。一方、最前線の細胞にレーザー照射を行い、DNAダメージを与えてp53を活性化した条件下では、フォロワー細胞の移動速度は上昇しました。これらの結果は、損傷の最前線でp53陽性細胞が効率よく出現することがフォロワー細胞の移動速度に影響を与えていることを示唆しています。
最後に、役目を終えたリーダー細胞が、フォロワー細胞の移動が完了した後にどうなるのかを調べました。興味深いことに、自発的リーダー細胞の75.9%、損傷により誘導されたリーダー細胞の40%がクリアランスされました。さらに、このp53陽性細胞のクリアランスにはp21が関与しており、p21の過剰発現条件下ではフォロワー細胞の移動完了後にもリーダー細胞が除去されにくく、上皮が正常な構造を形成できないことがわかりました。
リーダー細胞の出現によるフォロワー細胞群の協調した移動は、創傷後の上皮細胞だけでなく、心筋細胞の移動や、血管新生時の細胞の動向、転移性の癌細胞の遊走等にも関わっていることが知られていることから、様々な細胞の移動を担う普遍的な分子制御機構である可能性があります。幅広く、再生医療などへも応用されていくことを期待しています。
ご興味がありましたら、是非ご一読願いたいと思います。
(文責:橋本理尋)
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海外文献紹介2022年3月号
Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at
single-cell resolution.
Róbert
Pálovics,
et al.
Nature.
603: 309-314
(2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35236985/
近年、機械精度の向上と情報技術の拡張により、単一細胞解析が飛躍的に進歩し、細胞老化研究において一躍脚光を浴びている。2018年Tabula
Muris Consortiumによって単一細胞トランスクリプトームアトラスTabula
Muris(Nature.
2018;562:367-372)が確立され、2020年には加齢臓器でのアトラスTabula Muris
Senis(Mouse Ageing Cell Atlas)が確立された(Nature.
2020;583:590-595)。今回の報告は、Tabula Muris
Senisを基盤にした、若齢と高齢個体間でのパラビオーシス後の単一細胞トランスクリプトーム解析(scRNA-seq)の成果である。
著者らは、若齢(4月齢)と老齢(19月齢)マウスをもちい、それぞれ同齢個体間と異齢個体間で3種のパラビオーシスを実施した。それぞれの同月齢個体間比較で、異齢個体間パラビオーシスの若齢個体での変化を老化促進モデル(ACC:若齢間パラビオーシス個体
vs. 異齢間パラビオーシス若齢個体)と老齢個体での変化を若返りモデル(REJ:老齢間パラビオーシス個体 vs.
異齢間パラビオーシス老齢個体)とした。また、Tabula Muris
Senisにある臓器組織のうち、20種(膀胱・脳・褐色脂肪・横隔膜・生殖腺脂肪・心臓・腎臓・大腸・大腿骨格筋・肝臓・肺・骨髄・腸間膜脂肪・膵臓・表皮・脾臓・皮下脂肪・胸腺・舌・気管)を対象とした。
先ず、FACS-Smart-seq2分析により20臓器122,280細胞の遺伝子発現解析(DGE)を実施し、遺伝子発現が変化した(DEGs)細胞をACC群で49細胞種、REJ群で51細胞種、確認した。このうち肝細胞は、老化(AGE:
Tabula Muris Senis
control群)や老化促進(ACC群)で顕著に相似して遺伝子発現が変化しており、REJ群でそれらの遺伝子発現変化は反転回復していた。これに反して3群間の変化で矛盾するような結果も多く得られているが、その他、内臓脂肪組織の内皮細胞や脂肪組織の間葉系幹細胞(間質細胞)、さらに免疫細胞や造血幹細胞(HSC)の遺伝子発現変化では、AGE群とACC群で相似して、REJ群でこれらを回復する変化が確認された。
このように変化した遺伝子の多くは、ミトコンドリア電子伝達系を構成するタンパク質をコードする遺伝子群であった。また、パスウェイ解析では、エネルギー代謝・免疫応答・毒物代謝で変化が確認された。内皮細胞・間質細胞・免疫細胞では、それぞれ組織間を超えて統合された遺伝子発現制御が存在していることが示唆された。
本論文では、膨大なscRNA-seqビッグデータを機械学習アルゴリズムによって階層分析し、多くの成果は、パラビオーシスによる加齢促進または若返りの推移を予測するものとして評価できる。今後、これらの成果を過去のモデル研究の成果と結びつけた再検証データセットが実現され、真偽と機能的な側面を深堀りできること願う。最後に、勝手ではあるが、ミトコンドリア電子伝達系の遺伝子発現変化は細胞の増殖性や修復性を反映したものであり、肝臓や脂肪組織での変化は循環器等の体液成分から刺激を受けたエネルギー代謝の変動が大きく寄与したものであると考察できた。また、本論文中で、ミトコンドリア電子伝達活性を制御するmitochondrial
leucyl-tRNA
synthetase(Lars2)について、非分裂細胞の線虫での成果を引用し言及しているが、著者らの考察ほど単純ではないと懐疑的に捉えた。
(文責:石井恭正)
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海外文献紹介2022年2月号
Healthy aging and muscle function are positively
associated with NAD+ abundance in humans.
Georges E
Janssens, et al.
Nature Aging.
https://www.nature.com/articles/s43587-022-00174-3
生物で普遍的に使用される補酵素NAD+は真核生物では加齢とともに量が減ることがヒトも含めて示されています。NAD+濃度を上げれば老化は遅延できるというアイディアがあり、モデル生物では一定の効果を挙げています。ヒトでもビタミンB3、NR(Nicotinamide
riboside)、NMN(Nicotinamide
mononucleotide)などNAD+前駆体を投与する臨床試験が多く行われていますが、老化に関連する機能とNAD+の強い関係は現時点では示されていません。
今回筆者たちは若者と高齢者から採取した筋生検サンプルでメタボローム解析を行い、NAD+濃度が加齢や筋肉の機能と強い相関があることを示しました。
20-30歳若者12人と、65-80歳高齢者40人が参加した小規模の試験で、高齢者はさらに日常の運動習慣により3群に分けました。3群は
(1)強:一日13500歩数。1時間以上の運動プログラム週3回1年以上継続 (2)中:一日10000歩数
(3)弱:一日6500歩数、で分け、中のグループが若者群の運動習慣と類似しています。筋メタボローム解析137種の代謝物を定量したところ、加齢かつ運動しないことに最も連動して低下したのがNAD+でした。高齢者・運動強のグループのNAD+濃度は若者グループとほぼ同等の値を示しました。グループ間比較のみならず、個人ごとの筋肉の機能を示す各種指標(ミトコンドリア最大呼吸能等)との相関を見た際も、NAD+量は筋肉機能保持と強い相関を示しました。さらに興味深いことに、一日の歩数が多いヒトほど筋肉NAD+濃度が高いことも確認されました。
運動がヒトで健康寿命を延ばし、筋肉でのミトコンドリア機能を上昇させることを多くの研究から支持されています。今回の論文では、ミトコンドリア代謝に強い関連があるNAD+濃度が高齢者での筋能力保持に強い相関を持つことが新たに示されました。積極的な運動習慣を取り入れた高齢者が若者に近い代謝物プロファイルを示したことはとても興味深い知見です。運動とNAD+の因果関係の実証は今後の解析を待ちますが、これまで健康に良いとされていた10000歩歩行よりも、さらにインテンシティの高い「登山家三浦雄一郎型」の積極的な運動がNAD+関連代謝を含め、加齢による変化を遅延もしくは逆行できるのか?という問いはこれを契機に実証研究が加速していく思われます。
本論文から予想されることでもう一点興味深いのは、強度の高い運動がNAD+前駆体投与よりも健康効果が高い可能性です。NMN投与による臨床試験では、筋肉でインスリン感受性は増加しましたが、生理的な機能向上やミトコンドリア機能の改善は認めませんでした(Yoshino
et al., Science
2021)。日本での小規模試験ではNMN投与で高齢者の筋能力が改善することがプレプリントで報告されています(Igarashi
et al.,
2021)が、普遍性の高いプロトコルの確立にはまだ時間がかかりそうです。新しい科学技術に根差したシーズは期待感が大きい一方で、健康に近道なし、日々自ら鍛え上げよ、というのが現時点のヘルシーエイジングに向けた最適解かもしれません。
(文責:伊藤孝)
(文責:伊藤孝)
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海外文献紹介2022年1月号
The exercise-induced long noncoding RNA CYTOR promotes fast-twitch myogenesis in aging.
Martin Wohlwend, et al.
Sci Transl Med.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34878822/
これまでは自らの研究領域であるアルツハイマー病関係の文献ばかりを紹介してきたのですが、今回は身体フレイルの代表格であるサルコペニアに関する論文を選んでみました。老化に伴い進行性に骨格筋量が低下するサルコペニアは高齢者の介護要因として大きな問題となっており、超高齢化社会に突入した我が国においては迅速且つ的確な対策が必要です。
今回紹介する論文は、運動反応性に変化するヒト骨格筋遺伝子のデータセットから同定されたCYTORというlncRNAに注目した研究成果で、培養細胞はもちろん線虫やマウスなどのモデル動物も駆使した盛りだくさんの論文です。ヒト由来データを用いて基礎研究を行い、その成果をさらにヒトでも検証する理想的な研究ではないかと感じました。
ストーリーはシンプルかつ明快で、運動反応性に発現変化するCYTORがⅡ型筋線維の分化と維持に働くことで骨格筋量の維持に重要な働きをしているというものです。この部分の証明に培養細胞をはじめ様々なモデルを突っ込んでおり、トップジャーナルに論文を載せたいならこれくらいやらないとダメなんですねと、私のような零細研究者は心が折られそうになりますが、特に興味深かったのは、本来CYTORを持たない線虫にCYTORを発現してやると筋組織の劣化を防ぐことができたことです。生物の進化とは、こうやって新たな因子を手に入れることで脈々と行われてきたのかもしれませんね。
また、運動によりCYTORが調節されるメカニズムについても、CYTORの発現と相関するSNPがエンハンサー領域としてCYTORのプロモーターに影響することや、クロマチン構造の解析からCYTORの上流にあるTead1との関係を示唆するデータを示しており、運動→遺伝子発現変化→骨格筋量維持の流れがイメージとしてつかみやすくなっていることも大いに評価できるのではないでしょうか。
(文責:木村展之)
PDF (178KB)
海外文献紹介2021年12月号
Counteracting age-related VEGF signaling insufficiency
promotes healthy aging and extends life span.
Myriam Grunewald,
et al.
Science. 373: eabc8479 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34326210/
加齢に伴う様々な変化は臓器の機能低下だけではなく疾患を促し、血管病などを誘発することが報告されています。今回ご紹介する文献では、加齢が血管病のリスクファクターとして知られている一方で、血管の老化そのものが臓器機能の低下に関わると考え、血管内皮増殖因子(vascular
endothelial growth factor: VEGF)の影響について検討しています。健康的に年を経るためにどのような体を目指したらよいのかを考えるきっかけとして、加齢と血管の重要な関係性についてご紹介します。
著者らは、健康的な寿命延長のために毛細血管の維持が重要であると考え、まずは加齢にともなう
VEGFシグナル伝達について検討しました。VEGFが全身に継続的に循環されるVEGFマウスを作製して、加齢にともない血清中に分泌されるVEGF量とシグナル伝達について調べました。一般的な個体では加齢とともにVEGFシグナル伝達の減弱化は促進しますが、24カ月齢のVEGFマウスは正常な3カ月齢と同程度にリン酸化VEGFR2を発現し伝達が損なわれないことを示しました。一方、内因性のデコイレセプターである可溶性VEGFR(sFlt1)は加齢とともに増加し、sFlt1の過剰発現によりVEGFシグナル伝達を阻害しました。次に血管領域について調べた結果、24カ月齢のVEGFマウスでは3カ月齢とほぼ同程度の面積を維持し加齢による減少を抑制していましたが、sFlt1過剰発現マウス(sFlt1マウス)では正常な16カ月齢(コントロール群でsFtl1が増加する時期)のマウスのおよそ半分の面積へと減少が進行することを示しました。また、VEGFマウスでは雌雄ともに寿命が延長しました。糖代謝とエネルギー効率、および熱産生を行う褐色脂肪細胞(brown
adipose tissue: BAT)の数は加齢で減少しましたが、VEGFマウス(24カ月齢)では維持されていました。VEGFの存在は体重を一定に保ち、加齢にともなう皮下脂肪や肝臓における脂肪細胞の増加を抑制していました。肝臓の酵素の血清レベルにおいても同様の結果を示しました。一方、sFlt1マウス(16カ月齢)では肝臓の脂肪細胞は正常時よりも著しく増加しました。さらに、VEGFマウス(24カ月齢)の後肢の筋肉において、加齢にともなう核の異常配置を抑制し、筋細胞膜下のミトコンドリアの密度を増加させ、骨密度を維持していました。つまりVEGFマウスでは筋肉や骨などを若い状態に保っていたのです。炎症反応においても、加齢で増加する炎症マーカーなど(顆粒球、C-reactive
protein、MCP1)はVEGFマウス(24カ月齢)では若齢と同程度であり、血管周囲への炎症性浸潤や壊死性炎症の病巣、および白色脂肪細胞と肝臓の懸濁液における免疫細胞の減少が確認されました。
本論文において、著者らは、加齢は細胞だけではなく臓器のシステムなど様々なレベルで促進され血管もその主要な役割を果たすと述べています。毛細血管の減少は灌流を損ない組織の低下をもたらします。しかし、VEGFマウスで得られた結果はVEGFが若い血管を保ち、血管の透過性や免疫細胞のような血管以外の細胞に作用することを示しました。そして、加齢にともなう毛細血管の減少を抑制するVEGFシグナルの増加は寿命を延長し、脂肪肝、サルコペニア、骨粗鬆症、炎症性老化(加齢に伴う多臓器慢性炎症)、腫瘍の増加などの加齢にともなう様々な病態も改善しうることを示しました。本研究で毛細血管などの血管恒常性が重要であると示されたことは、血管の健康が大切であることを裏付ける大変興味深い報告であり、VEGFなどにより健康維持あるいは臓器回復の可能性があることは今後の健康寿命の延伸ならびに疾患治療において多くの期待がもたらされます。
(文責:板倉陽子)
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海外文献紹介2021年11月号
Circadian autophagy drives iTRF-mediated longevity.
Matt Ulgherait, et
al.
Nature.
598:
353-358
(2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34588695/
時間制限断食(time-restricted
feeding: TRF)は、断続的断食(intermittent
fasting)のひとつであり、代謝性疾患の予防・改善や寿命延伸に効果的であることがモデル生物を用いた研究から明らかにされています。近年、TRFの作用に概日リズムが関わることが示唆されていましたが、その分子メカニズムは不明でした。今回紹介する論文では、夜間の断食によって誘導されるオートファジーがTRFによる寿命延伸に必要かつ十分であることを報告しています。
著者らは、まず寿命延伸に最も効果のある断食タイミングを決めるため、ショウジョウバエを異なるタイミングで断食させ寿命への影響を調べました。そして、1日おきに夜間をまたぐ20時間断食することが、(少なくともショウジョウバエでは)最大寿命および健康寿命の延伸にベストだと結論づけ、この方法をintermittent
TRF(iTRF)と名付けています。ただし、老化した個体でiTRFを実践しても寿命延伸効果は得られないようです。また、食餌制限(dietary
restriction: DR)やインスリンシグナルの抑制によってiTRFの効果が増強されることから、iTRFの寿命延伸作用はDRやインスリンシグナルを介した経路とは異なることが示唆されました。
次に著者らは、時計遺伝子の変異体ではiTRFの効果がキャンセルされることを見出しました。そして、興味深いことに、iTRFの断食タイミングは夜間をまたぐことが必要で、昼間をまたぐ断食(夜間にエサを食べれる状態)では効果が得られないことがわかりました。次に、オートファジー因子であるAtg1(ULK1)とAtg8a(LC3)の日内変動が夜間にピークがあることに注目し、iTRFによってその発現が増幅されること、その増幅が時計遺伝子に依存していることを見出しました。
最後に著者らは、夜間におけるオートファジーの活性化がiTRFの効果に与える影響について、遺伝学的に解析しました。その結果、夜間特異的にAtg1またはAtg8aをRNAiによりノックダウンすると、iTRFの効果が得られないことがわかりました。一方、夜間特異的にAtg1またはAtg8aを強制発現した個体では、iTRFを行っていない自由摂食群(24時間食餌可能)において、iTRFと同等の寿命延伸効果が観察されました。また、iTRFを行ったグループでは、夜間におけるオートファジー因子の強制発現で、さらなる寿命延伸効果は観察されませんでした。以上のことから、iTRFでは時計遺伝子を介して夜間にオートファジーが活性化し、寿命を延伸させるとまとめています。
先月、多田先生がご紹介された論文でも食事頻度の重要性について述べられていましたが、本論文でも同様で、さらに(やはりと言うべきか、、、)そのメカニズムとしてオートファジーが関与しているようです。本論文では、iTRFを実施した個体群は、自由摂食群よりも二日間合計(断食日+回復日)での摂食量が多かったとしています。また、夜間にオートファジーを活性化させることで、自由摂食群でも寿命が延びています。したがって、最大寿命および健康寿命の延伸には、摂取カロリーの制限は必ずしも必要ではないようです。オートファジーが何を標的にしているのか、どこの組織が重要なのかなど、まだまだ不明な部分が多い研究ではありますが、今後マウスモデルなどでの研究展開が期待されます。好きなものを好きなだけ食べて、寝ているだけで抗老化できる夢の薬が開発される日が訪れるのでしょうか。
(文責:赤木一考)
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海外文献紹介2021年10月号
Fasting drives the metabolic, molecular and
geroprotective effects of a calorie-restricted diet in
mice.
Heidi H, Pak, et
al.
Nature Metabolism.
3:
1327-1341
(2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34663973/
老化に対して抑制的に働く最も効果的な介入方法としてカロリー制限が広く知られており、過去数十年にわたって多くの科学者によってカロリー制限の効果が明らかにされてきた。これまでカロリー制限は、多様な生物の寿命と健康寿命を延ばし、多くの加齢に伴う病気を予防もしくは遅らせることが示唆されてきた。マウスにおいては、カロリー制限は糖代謝制御を改善し、寿命も延伸することが報告されてきた。そのような背景から、カロリー制限の生理学的・分子生物学的メカニズムを明らかにし、さらにカロリー制限が持つ抗老化作用を増強せる方法に大きな関心が寄せられている。
本論文では、カロリー制限に加え食事頻度を調節することで、カロリー制限の効果に影響を与えることが示唆された。特に加齢マウスにおいて、顕著な効果が観察された。実験では、通常餌を自由摂取させたマウスに対して、摂取カロリーを制限したマウスでは耐糖能の改善が見られた。興味深いことに、摂取カロリーと食事頻度を両方制限したマウスでは、耐糖能改善に加えて、インスリン感受性の亢進、フレイル評価指標の総合的な改善が確認された。さらに同マウスでは、通常餌を自由摂取したマウスと比較して、約半年間の中間寿命延伸が認められた。その一方でカロリー制限したにもかかわらず、摂取カロリーを制限したのみのマウスでは、寿命が短縮される結果が得られた。
これらの結果から本論文では、長年支持されてきたカロリー制限の老化に対する抑制的な効果は、カロリー摂取量の減少による関与のみといった定説を覆し、カロリー制限による代謝改善や抗老化作用を最大限に引き出すには、食事頻度の制限を検討し、空腹期間を設ける必要があることが示唆された。今後、カロリー制限と食事頻度の調節がヒトでも同様の効果を示すのか、研究の発展が期待される。
(文責:多田敬典)
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Decreased pH in the aging brain and Alzheimer's disease.
「老化脳とアルツハイマー病におけるpHの低下」
Yann Decker, et
al.
Neurobiol Aging.
101: 40-49 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33578193/
アルツハイマー病(AD)の危険因子のひとつが「加齢」であることはよく知られています。今月は加齢により脳のpHが低下することがアミロイドβ(Aβ)の蓄積や脳内のミクログリア活性などに影響することを報告した論文を紹介させていただきます。
同論文では、ブレインバンクに保存されているヒトの試料およびマウスを用いて実験を行いました。たくさんのヒト試料を用いた実験では、非AD健常者(356例)の脳組織のpHが年齢依存性(20~100歳)に低下すること、AD患者の脳組織(609例)や脳脊髄液(613例)のpHは、aged-matched
非ADよりも低いことが示されました。
マウスを用いた研究では、野生型マウスにおいても上記のヒトの結果と同様に、月齢依存性(1~19ヶ月齢)に脳のpHが低下することが示されました。そこで、4ヶ月齢のADモデルマウス(APP-PS1)の片側の脳実質内に低pH(pH1.8)の人工脳脊髄液を28日間持続的に注入したところ、対照マウス(pH7.3の人工脳脊髄液注入)よりも海馬でのAβ蓄積が40%多いことが示されました。さらにin
vitroの実験では、低pH(pH7.1)の培地中では、対照の培地(pH7.4)と比べて、Aβやサイトカイン刺激によるミクログリアの活性化が弱まること、Aβを取り込むミクログリアがほとんど観察されなくなること、Aβの線維化(蓄積)が促進されることが示されました。
これらの結果より、老化に伴う脳pHの低下は、Aβ蓄積を促進したり脳内の免疫応答に影響したりすることで、ADの病態形成に寄与することが示唆されました。本論文の著者らは脳血流低下が脳pH低下の一因と考察しております。本論文の結果は、脳血流低下がADの危険因子のひとつであると報告した最近のメタアナリシスの報告(Yu
et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020; 91(11):
1201-1209)を裏付ける基礎データと思われます。
(文責:渡辺信博)
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海外文献紹介2021年8月号
Astrocytic interleukin-3 programs microglia and limits
Alzheimer's disease.
Cameron S. McAlpine,
et al.
Nature. 595: 701-706 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34262178/
最近、紹介者は神経変性を伴う指定難病の研究に着手致しました。この研究分野に移ってからすぐに認識したのは、ニューロンと脳の維持にはグリア細胞の存在が重要な役割を果たしているということです。例えば、グリア細胞系の細胞老化が促進するとニューロンの維持が困難になり、ニューロンの寿命が短くなることや、ミクログリアの貪食作用による変性神経細胞のクリアランスが正常なニューロンの環境維持に重要であることがわかってきました。このような、グリア細胞による脳内の適正な環境維持は、アルツハイマー病
(AD)
だけに留まらない、様々な神経変性疾患の病態悪化を遅らせることに寄与していると思われます。前回の石井先生の海外文献紹介では、ミクログリアだけでなく、アストロサイトもファゴサイトーシス
(食作用)
機能を有するという衝撃的な論文紹介がありましたが
(Joon-Hyuk Lee et al., Nature. 2021; 590:612-617)、複数種のグリア細胞がどのような分子メカニズムで連携を取り合い、共闘しているかについては未解明の部分が多いのが現状です。
この論文では、アストロサイト由来のインターロイキン3
(IL-3)
が、ミクログリアの急性の免疫応答能力や運動性を向上させ、アミロイドβ
(Aβ)
やタウの凝集体を除去する能力を亢進することを示しています。これまで、インビトロの実験系ではIL-3と神経変性との関連については複数の報告がありましたが、ADの認知機能などのインビボの実験系でIL-3の関与が示されたことが大きいと思われます。
私は、このアストロサイトによるミクログリア機能の制御機構が、アルツハイマー以外の神経疾患にも関与しているという報告が出てくる可能性を考え、本論文を紹介することにしました。皆様にも興味を持っていただけたら幸いです。
まず、著者らはIL-3欠損マウスとADのモデルマウスである5xFADマウスを交配して、Il3-/-5xFADマウスを作製し、脳について解析を行いました。Il3-/-5xFADマウスでは、5xFADマウスと比較してAβの蓄積が促進されており、短期記憶や空間学習記憶等の記憶保持能力が低下していることがわかりました。
また、著者らは血漿中濃度と比較して、脳脊髄液中のIL-3濃度の方が約4倍も高いことを見出しました。この結果は、IL-3が脳で発現が高いことを示唆するものでした。次に、脳内でIL-3を発現している細胞種の特定を試み、アストログサイトの約4%がIL-3産生を行っていることがわかりました。これらの一部のアストロサイトは恒常的なIL-3発現を維持しており、野生型マウスと5xFADマウスの脳間においても、アストロサイトから産生されるIL-3量には差異がないようでした。一方で、IL-3の受容体の発現量を調べたところ、興味深いことがわかりました。野生型マウスの脳ではIL-3レセプターa
(IL-3Ra) +のミクログリアの割合がわずか8%であったのに対し、5ヶ月齢の5xFADマウスのミクログリアでは、IL-3Ra+の細胞の割合が20%を占め、8ヶ月齢に至っては50%を占めていることがわかりました。つまり、5xFADマウスのミクログリアでは、比較的早期からIL-3Raの発現上昇が認められたということです。しかも、このIL-3Raの発現上昇は、ミクログリア細胞種で特異的に認められたのです。
次に、ヒトの脳におけるIL-3シグナル伝達について解析を行いました。AD患者と健常者の前頭皮質を比較した組織学的な解析では、マウスの結果と同様に、IL-3がアストロサイトに局在する結果が得られました。また、AD患者でもIL-3のタンパク質レベルは健常者と同じであったのに対して、ミクログリアにおけるIL-3Raの発現量の方はAD患者で有意に上昇していたことも、マウスでの結果と共通しています。このIL-3Raの発現量が高いミクログリアは、アメーバ状の形態を示しており、活性化型のミクログリアであることがわかりました。また、マウスの結果と同様に、Aβの蓄積レベルとIL-3Raの発現レベルは相関していました。これらの結果は、ADの病状悪化に伴って、ミクログリアのIL-3Raの発現が誘導され、ミクログリアへのIL-3シグナルが入りやすくなっていることを示唆しています。
次に著者らは、5xFADマウスとIl3-/-5xFADマウスにおけるミクログリアのRNA-seq解析を実行しました。この解析からは、IL-3がTREM2の下流のシグナリング経路で機能しており、免疫応答、細胞形態、運動性応答等に関与していることが示唆されました。興味深いのは、5xFADマウスのミクログリアはAβプラークの近くに集積していたのに対し、Il3-/-5xFADマウスのミクログリアはAβプラークからの距離によらず、均一に細胞が散在していました。これはミクログリアへのIL-3の刺激がAβの認識に関わることを示唆していますが、一方で、IL-3の刺激の有無はミクログリアの貪食能力には影響を与えないようです。さらに著者らは、誘導性ミクログリア特異的にIl3raをノックアウトした5xFADマウスを作製し、Il-3Ra+ミクログリアの出現を抑制した条件下ではAβの蓄積量が増加し、マウスの記憶保持も低下することを示しました。
論文の内容を再度まとめると、IL-3は一部のアストロサイトが恒常的に発現しているのですが、ミクログリアにおけるIL-3Raの発現はADの病状悪化に伴い上昇するようです。そして、ミクログリアへIL-3シグナルが入ることにより、蓄積したAβへ導かれ、結果としてAβ貪食を促進することに繋がっているようです。
紹介者は、IL-3のシグナル制御による新たなAD治療法が開発されることを期待しているところです。また、同様のメカニズムで、他の神経疾患の治療法にも応用できる日が来ることを願っております。また、IL-3以外の未知のグリア細胞制御因子が今後も発見されていくことを期待して、胸が躍る思いです。本論文を、是非ご一読いただければ幸いです。
(文責:橋本理尋)
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海外文献紹介2021年7月号
Astrocytes phagocytose adult hippocampal synapses for
circuit homeostasis.
Joon-Hyuk Lee,
et al.
Nature.
590: 612-617 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33361813/
グリア細胞のうちのアストログリア(アストロサイト)は、血液脳関門を構築し、栄養因子などを神経細胞へと補給すると同時に、シナプス間隙での神経伝達物質などを取り込み・再利用する役割を担っている。本報告では、アストロサイトがミクログリア同様にファゴサイトーシス(食作用)機能を有して、海馬領域のシナプス可塑性、さらには長期記憶形成に重要な役割を果たしていることを明らかにしている。
先ず著者らは、mCherryとeGFPタンパク質を共発現するファゴサイトーシス検知レポーターシステム(ライソゾームに取り込まれると酸性環境によってeGFP蛍光が退色する性質を利用し、mCherryのみの蛍光で食作用を検知するシステム)をアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターで成熟マウスの海馬に導入して、主にCA1領域においてミクログリア同様にアストロサイトによるファゴサイトーシスを見出した。また、このレポーターシステムを興奮性シナプス前終末(CA3にAAV導入)、興奮性シナプス後膜(スパイン)(CA1にAAV導入)、抑制性シナプス前終末(同CA1)、抑制性シナプス後膜(スパイン)(同CA1)にそれぞれ特異的に発現させ、海馬CA1領域でのシナプスのファゴサイトーシスを検出した。その結果、主に興奮性シナプス前終末、次いで興奮性スパインでミクログリア以上にアストロサイトが強いファゴサイトーシスを誘導していた(抑制性シナプス双方では弱い誘導)。さらに、学習記憶試験下では、アストロサイトのみが興奮性シナプスのファゴサイトーシスを優位に誘導していた。
そこで、MERTKファゴサイトーシス受容体と協働するMEGF10のアストロサイト特異的なノックアウトマウスを作製し、解析した。その結果、MEGF10欠損後、興奮性シナプスのファゴサイトーシスが半減し、興奮性シナプス前終末とスパインの双方が次第に増加していた。これにより、シナプス可塑性の恒常性が維持されず、電気生理学的解析および行動解析において、興奮性シナプス後電流(sEPSCs:
spontaneous Excitatory Postsynaptic Currents)頻度・Paired
Pulse Ratio(PPR)など短期可塑性が増加し、一方、EPSC振幅が低下し、興奮性シナプス後場電位(fEPSP)など長期可塑性が低下することで、新規オブジェクト認識テスト(NOR)・新規オブジェクト位置テスト(NOL)での海馬依存的な長期記憶が形成されなかったと報告した。
今回の報告で、成人の脳海馬高次機能、特に長期記憶形成において、アストロサイトが血液脳関門、栄養補給、シナプス間隙の恒常性維持以外にも、ファゴサイトーシス機能を有して神経細胞維持、特にシナプス可塑性維持に重要であることが示唆された。手前味噌で大変恐縮であるが、2017年に我々の研究グループは、加齢依存的にアストロサイトの樹状構造が脆弱化(astrocytic
beading)し、加齢依存的な長期記憶障害を起こすことを報告している(Endogenous
reactive oxygen species cause astrocyte defects and neuronal
dysfunctions in the hippocampus: a new model for aging
brain.
Aging Cell. 2017; 16: 39–51)。本報告によって、アストロサイトの加齢依存的な機能変容が注目を浴びることに、過去の研究を思い起こしながら興奮を覚えた。
(文責:石井恭正)
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海外文献紹介2021年6月号
Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin
sensitivity in prediabetic women.
Mihoko Yoshino, et al.
Science.
372: 1224-1229 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33888596/
生物で普遍的に使用される補酵素NAD+は真核生物では加齢とともに量が減ることがヒトも含めて示されています。NAD+量は肥満でも減り、代謝性疾患との関連も多く報告されています。生体ではNAD+を再利用できる代謝経路があり、その経路を構成する代謝物の補充でNAD+を上げれば問題は解決するのではないかというアイディアがあり、モデル生物では効果を挙げています。ビタミンB3、NR(Nicotinamide
riboside)、NMN(Nicotinamide
mononucleotide)などがその候補です。今回はNMNを用いた臨床試験の結果を伝える論文です。
二重盲検比較試験でNMN
250 mgもしくはプラセボを10週間摂取するプロトコルです(NMN
13人、プラセボ12人)。閉経後の太め(BMI
25~40)の女性を対象にしています。評価項目は、血中NAD+関連代謝物の変化、体組成の変化、筋肉・肝臓・脂肪組織のインスリン感受性、採取した筋肉のタンパク、mRNA発現解析を行っています。
結果ですが、NMN投与で血液細胞中NAD+濃度が10週間後に上昇しました。その他では脂肪や肝臓では効果が確認されず、筋肉に特異的な効果が得られています。筋肉ではインスリン感受性が上昇します。そのサポートになりますが、インスリン投与後に下流シグナル因子リン酸化が筋組織で上昇し、インスリンに反応してmRNAが変化する遺伝子数もNMN投与で60倍増加します。マウス研究から予想されたミトコンドリア機能上昇は見られませんでした。生理的なレベルでの筋肉の機能向上も確認されませんでした。
今回の結果では、栄養物の一つであるNMNが、臓器特異的ではありますがインスリン感受性を増加することを初めて示しました。老化・代謝疾患の研究で得られたシーズがヒトで効果を示すのはとても価値のあることです。効果が閉経後の高齢者だから起きた抗老化効果であったかは、今回の試験からわかりません。生理的な改善は示されず、しかも効果が筋肉限定だったことから、インスリン抵抗性改善という目的においては現プロトコルにおいては一般的な治療薬の方が優れます。投与プロトコルの改訂により改善されるかはさらなる結果が待たれるところです。長期投与での安全性も未確認で課題は多いですが、生物が良く使う代謝物による介入で比較的安全な抗メタボ、抗老化を目指す流れが勢いづくかもしれません。
(文責:伊藤孝)
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海外文献紹介2021年5月号
Alzheimer's disease brain-derived extracellular vesicles
spread tau pathology in interneurons.
Zhi Ruan, et al.
Brain.
144: 288-309 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33246331/
さて、本日はアルツハイマー病(AD)主病変蛋白質の1つであるTauの伝播仮説(プリオン仮説)に関する論文を紹介させて頂きます。
5年ほど前に大きなブームとなった病変蛋白質の伝播仮説ですが、そのきっかけは、高齢者に由来する硬膜を生前に移植された方の脳を病理解剖した際に、実年齢とそぐわない老人斑の沈着が確認されたことに遡ります。その後、AD患者脳から抽出した病変蛋白質の重合体をマウスの脳内に接種すると、接種部位から神経回路に沿って病変が拡大することが多数のラボから報告され、日本でも大きな注目を集めるようになりました。一方、伝播仮説には様々な問題点が残されています。例えば、外因性の病変蛋白質重合体をマウスの脳実質に接種すると確かに脳内を伝播するのですが、内因性の病変蛋白質が真に脳内で伝播しているかどうかは証明できていませんし、仮に伝播するとした場合、あまりにも時間差がありすぎます(マウスに接種するとほんの数ヶ月で病変が伝播しますが、AD患者の脳内では20年以上かけて病変が拡大します)。また、Tauやα-synucleinのような細胞内で病変を形成する蛋白質も神経回路に沿って伝播すると提唱されていますが、実際の患者脳では回路的に(空間的に)離れた位置にも病変は形成されますし、AD患者の場合は老人斑形成によってシナプスが物理的に障害されて神経回路が遮断されるので論理的に矛盾します。
などなど、私個人はかなり怪しい仮説だと考えているのですが、ほとんどのAD研究者には受け入れられているのが現状です。だったらそんな論文を紹介するなよと突っ込まれてしまいそうですが、今回ご紹介する論文では、これまた10年ほど前から細胞間情報伝達系として注目されている細胞外微小胞(extracellular
vesicle; EV)とTauとの興味深い関係が明らかになりました。
EVはその形状・性質から脂質を含むリポ蛋白粒子、エクソソーム(直径50~200nm)、マイクロベシクル(直径数百~1000nm)の3種に大別されます。また、その形成過程から、後期エンドソームが成熟して形成された多胞体(multivesicular
body)に由来するエクソソームと、細胞膜の一部が出芽して形成されるエクトソーム(マイクロベシクルに相当)の2つに分類することも可能です。そして今回の論文では主にエクソソームを対象に検索しているのですが、AD患者、プロドローマルAD(軽度認知障害期のAD予備群)、および健常者の脳実質からEVを回収してTau重合体の解析を行った結果、AD患者のEVにはTauのオリゴマー(可溶性重合体)とフィブリル(不溶性重合体)が、そしてプロドローマルADのEVにはTauオリゴマーが有意に局在していることが明らかとなりました。ここで重要なのは、筆者らのグループはEVをproteinase
Kで処理して外膜上の蛋白質を分解してから検索している点です。つまり、Tau重合体はEVに内包されていることが明らかとなりました。これまでの先行研究により、Tauと並ぶAD二大病変の病変蛋白質であるAβは、EVの外膜上に結合する形で局在することが確認されています。つまり、Aβは別経路で分泌されたフリーのAβが細胞外でEVと結合する可能性もあるのですが、Tauは細胞内で微小胞内に取り込まれてから細胞外へ分泌されていることが初めて明らかとなりました。また、これまでの病変蛋白質伝播に関する研究は、いずれもμgオーダーの生理的にはありえない高濃度の重合体をマウスの脳内に接種していましたが、EVに局在するTau重合体はpgオーダーでもマウス脳内を伝播することが明らかとなり、EVが病変蛋白質伝播のベクターである可能性が多いに示唆されることとなりました。
一方で、やはり伝播仮説を疑いたくなる結果も報告されています。EV性Tau重合体を脳内接種したマウスを組織学的に検索した結果、興奮性よりもむしろ抑制性神経細胞により多くのTau重合体が取り込まれ、細胞内蓄積が伝播していることが明らかとなりました。筆者らは、AD患者の脳内では病態初期において抑制性神経細胞の障害が生じることをDiscussionで述べていますが、最新の研究報告では、むしろ抑制性神経細胞は比較的保たれていることがコンセンサスとなりつつあります。また、これは伝播研究全般に共通する結果なのですが、Tau重合体を取り込んだ(伝播した)神経細胞は全く死んでいません。ご存じの通り、Tau病変は神経細胞死と強く相関しますので、伝播によって細胞内に形成されたTau重合体は、AD患者の脳内に形成されたTau病変と質的な差異が存在する可能性も考えられます。
と、結果的には伝播仮説をますます疑いたくなる結果ではありましたが、Tau重合体がEV内部に存在すること(=細胞から分泌されていること)は少なくとも証明されましたし、Tau重合体を含むEVには、抑制性神経細胞に取り込まれやすい外膜環境が存在することも示唆されました。近年、がん細胞に由来するEVは、ある特定の細胞に取り込まれやすくなるように外膜蛋白質(インテグリンなど)が構成されていることが次々と明らかになっていますので、脳内での細胞間情報伝達系にもEV膜の質・性状が関与している可能性が示唆され、老化に伴う膜輸送系の変化を研究している私にとっては非常に興味深い結果であると言えます。
(文責:木村展之)
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海外文献紹介2021年4月号
Restoring metabolism of myeloid cells reverses cognitive
decline in ageing.
「骨髄系細胞の代謝が回復すると加齢によって低下した認知機能が元に戻る」
Paras S Minhas, et al.
Nature.
590: 122-128 (2021).
「老化」は時の流れによるものだから、遅らせることはできても元に戻す(若返らせる)ことは難しいだろう、とだれもが思っていらっしゃるのではないでしょうか。しかし、今日ご紹介する文献は、まさに「逆転・認知機能」。骨髄細胞のエネルギー代謝を回復させることによって、老齢マウスの認知機能が元に戻る、という文献です。認知機能の老化は、もはや取り返しのつかないことではないようです。そのカギを握るのは?
マクロファージはほとんどすべての組織にあって、組織の健康維持に重要な役割を果たしています。そこで筆者らはマクロファージに着目しました。プロスタグランジンE2(PGE2)は、アラキドン酸カスケードのシクロオキシゲナーゼ2(COX2)の下流にあり、炎症モジュレーターとして知られています。PGE2のレベルは加齢や神経変性疾患で増加することから、筆者らはPGE2の増加が、加齢に伴う慢性炎症の亢進や認知機能の低下に関連するのでは、と考えました。そこでまず、ヒトの単球由来マクロファージ(MDMs)においてPGE2と加齢の関係を調べたところ、PGE2は高齢者(65歳以上)で増加し、それによってMDMsのエネルギー代謝が低下することを見出しました。また、PGE2シグナルはEP1から4の受容体を介していることが知られていますが、MDMsにおけるこれらの受容体の発現と加齢の関係を調べたところ、EP2受容体のみが高齢者で増加することがわかりました。
そこで、骨髄細胞特異的にEP2受容体の発現を低下させたマウス(Cd11bCre;EP2lox/lox)を作製して調べました。コントロールマウス(Cd11bCre)では、PGE2やEP2受容体の発現が老齢(20-23ヵ月齢)で増加し、マクロファージのエネルギー代謝の低下、マクロファージの機能低下(ファゴサイトーシス能)、ミトコンドリアの異常が生じましたが、Cd11bCre;EP2lox/loxマウスでは、加齢によるこのような変化は生じないことがわかりました。また、老齢コントロールマウスのマクロファージにみられる炎症性フェノタイプ
(CD80やCD86の発現増加)も、老齢Cd11bCre;EP2lox/loxマウスでは認められず、若齢マウス(3-4か月齢)のマクロファージとほとんど同じであることが明らかになりました。さらに興味深いことに、血漿だけでなく海馬においても、老齢マウスに認められる炎症性タンパク質の増加がCd11bCre;EP2lox/loxマウスでは認められないことが明らかになりました。つまり、骨髄細胞のPGE2-EP2シグナリングは、加齢によって生じるマクロファージのエネルギー代謝の低下、ファゴサイトーシス能低下、ミトコンドリア異常、炎症性フェノタイプの発現に関与するだけでなく、加齢による海馬の炎症性タンパク質増加にも関与していた、ということなのです。
炎症と認知機能低下との関連性はよく知られています。そこで次に、Cd11bCre;EP2lox/loxマウスを用いて記憶能や長期増強に及ぼす加齢の影響を調べたところ、老齢コントロールマウスで低下する記憶能や長期増強が、老齢のCd11bCre;EP2lox/loxマウスでは低下しないことが明らかになりました。すなわち、老齢マウス骨髄細胞のEP2シグナリングを抑制すると、海馬の可塑性や記憶能が若齢マウス並みになることが示されました。
ではこのようなEP2シグナリングの効果は、どのようなメカニズムでおきているのでしょうか。PGE2-EP2シグナリングの下流にはプロテインキナーゼB(AKT)、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3β(GSK3β)、グリコーゲンシンターゼ(GYS1)があり、活性化によってグリコーゲンの合成が促進することが知られています。そこで、筆者らはCd11bCre;EP2lox/loxマウスやヒトのMDMsを用いた実験を行い、PGE2-EP2シグナリングがグルコースの流れを抑制し、エネルギー代謝を低下させることを明らかにしました。
脳の骨髄系細胞であるミクログリア、特にIBA1-ポジティブなミクログリアにはEP2受容体が局在していることが知られています。そこで、血液脳関門を通過するEP2シグナリングの阻害剤(C52)をマウスに投与したところ、Cd11bCre;EP2lox/loxと同様、炎症を抑制し、エネルギー代謝を促進し、加齢による認知機能低下を回復させる効果があることがわかりました。
さて、PGE2-EP2シグナリングの抑制は、新たな認知機能治療薬のターゲットとなるのでしょうか?
(文責:三浦ゆり)
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海外文献紹介2021年3月号
Olfactory perception of food abundance regulates dietary
restriction-mediated longevity via a brain-to-gut signal.
Bi Zhang, et al.
Nature Aging.
1: 255-268 (2021).
https://www.nature.com/articles/s43587-021-00039-1
食餌制限(dietary
restriction: DR)は、霊長類を含む多くの生物において疾患予防や寿命延伸に効果があることが明らかにされており、その作用機序としては、食餌由来の栄養素を感知するAMPKやmTORなどのシグナリングパスウェイが働くことが知られています。一方で、ショウジョウバエを用いた研究では、食餌(エサ)の匂いを嗅ぐだけでDRによる寿命延伸効果が抑制されることが明らかにされており、その詳しいメカニズムについては不明でした。今回紹介する論文では、線虫を用いてそれらについてアドレスしています。
一般的に、老化研究に用いられる線虫は、寒天培地にエサとなる大腸菌株(OP50)を播種して飼育します。本研究で筆者らは、エサとなる大腸菌とは別に、寒天プレートのフタの内側にも大腸菌を播種し、DR依存的な寿命延伸効果における匂いの影響を検討できる実験系を立ち上げました。この実験系を用いて筆者らは、線虫においてもエサの匂いによってDRによる寿命延伸効果が抑制されることを見出しました。一方で、AL条件下ではエサの匂いによる寿命への影響は観察されませんでした。次に、そのメカニズムを明らかにするため、神経伝達に関わる遺伝子群の変異体スクリーニングを行い、セロトニン、ドーパミン、オクトパミン/チラミンのシグナルが、匂いを介したDR依存的な寿命延伸効果の抑制に関わることを見出しました。次に筆者らは、神経伝達物質リリースに関わる遺伝子群の変異体によるカルシウムイメージング、および神経アビレーション実験、嗅覚受容体遺伝子のRNAiによる機能阻害実験などを行いました。その結果、まずADF(セロトニン)ニューロンが匂いに反応した後、CEP(ドーパミン)ニューロンが刺激され、RIC(オクトパミン)ニューロンを抑制するという嗅覚神経回路を形成していることがわかり、それによってDR依存的な寿命延伸効果が抑制されることが明らかになりました。
さらに、嗅覚神経回路がどのように寿命の制御に関わるのかについて解析を行い、嗅覚神経回路から放出されたオクトパミンが、腸管で発現するオクトパミン受容体を介してAMPKを活性化し、腸管バリア機能の維持に働くことを明らかにしました。最後に筆者らは、オクトパミンの脊椎動物ホモログであるノルエピネフリン(ノルアドレナリン)によってAMPKが活性化されることを、マウス初代培養細胞を用いて生化学的に示しており、このシステムが進化的に保存されていることを示唆しています。
この論文は、シンプルな実験系ながら、遺伝学・生化学的手法を用いて匂いによる寿命制御の分子機構と臓器間相互作用をスマートに明らかにしており、老化研究モデルとしての線虫の強みを感じられる報告でした。
(文責:赤木一考)
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海外文献紹介2021年2月号
Social selectivity in aging wild chimpanzees.
Alexandra G Rosati, et al.
Science
370:
473-476 (2020).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33093111
ヒトの健康や寿命延伸の鍵となる高齢者の社会性変容が、近年注目を浴びています。加齢による変化は身体機能のみならず、社会性行動にも影響を及ぼすことが知られています。
ヒトは年齢を重ねるにつれて、友好的な人間関係を優先する傾向にあるとされております。これは人間が自分の死を意識するようになると、ポジティブな情報を好むようになる社会的選択性に起因するものと考えられており、社会情動的選択性理論(Socioemotional
Selectivity Theory)として様々な検証がなされてきました。今回紹介する論文では、この理論を基に、社会性行動の加齢性変化(Social
Aging Phenotype)の進化的背景を明らかにするため、15〜58歳までの野生オスチンパンジーの20年に渡る縦断的データを分析し、ヒト高齢者の社会性行動との比較検討が試みられました。チンパンジー同士の友好関係は毛繕い(Grooming)の回数やパターンなどを指標に評価されました。高齢(35歳以上)のオスチンパンジーでは、一方的な友好関係性を持つことを避け、相互的な友好関係を重要視する、ヒトと類似した社会性行動傾向が見られました。また高齢のオスは集団での支配的地位は低下しているにも関わらず、魅力的な社会的パートナーになっている興味深い可能性が示されました。
このようにヒトと他の動物に共通して見られるSocial
Aging Phenotypeを理解していくことで、今後、高齢化社会における社会性の柔軟な変化が持つ役割について明らかになっていくことが期待されます。
(文責:多田敬典)
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海外文献紹介2021年1月号
Loss of cholinergic innervation differentially affects
eNOS-mediated blood flow, drainage of Aβ and cerebral
amyloid angiopathy in the cortex and hippocampus of adult
mice.
「コリン作動性神経の消失はeNOSを介した血流、Aβ排泄および脳アミロイド血管症に対して大脳皮質と海馬で異なる影響を及ぼす」
Shereen
Nizari, et al.
Acta Neuropathol Commun.
9: 12 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33413694
認知症患者の脳では、コリン作動性神経が脱落することに加え、脳血管周囲へのアミロイドβ(Aβ)蓄積(アミロイド血管症)が高率に認められることが報告されています。脳内で産生されたAβは、分解酵素やグリア細胞などにより分解・除去されるのに加え、血管(動脈)を構成する平滑筋細胞の間を縫って排泄される(IPAD;
intramural periarterial drainage)ことも報告されています。今月は、コリン作動性神経の脱落が脳血流とIPAD機能に及ぼす影響について調べた論文を紹介させていただきます。
本論文では、コリン作動性神経を脱落させるために、同神経に選択的な神経毒をマウスの脳室内に投与しました。また、アセチルコリンにより血流が増加する際に、主に内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の活性化させて血管を拡張させることから、薬理的にeNOSを活性化し、脳血流やIPAD機能への影響を検証しました。
その結果、コリン作動性神経が脱落したマウスでは、安静時の大脳皮質血流に影響は生じないものの、eNOS活性化時の血流増加が減弱しました。それらのマウスでは、大脳皮質におけるeNOSの発現も低下していました。IPAD機能については、蛍光標識したAβ40を脳組織中に注入し、血管周囲への局在を調べることで評価しました。その結果、コリン作動性神経が無傷のマウスではeNOSの活性化によって大脳皮質の血管周囲のAβが減少しましたが、コリン作動性神経が脱落したマウスではeNOS活性化の作用が低下していました。つまり、コリン作動性神経が脱落すると、大脳皮質でのeNOSの発現が低下し脳血管拡張反応が弱まるために、Aβの排泄(IPAD機能)が低下したこと示唆します。
海馬での変化は上述の大脳皮質と比べてやや異なり、コリン作動性神経の脱落によりeNOSの発現が増加し、eNOS活性化時の血流増加が維持されました。IPAD機能については、eNOS活性化時の方がむしろ血管へのAβの局在が高まりました。一見矛盾するようにも思えますが、著者らは脳血流の増加(血管の拡張)がIPAD機能を促進する点で一致すると主張しています。
脳血管は脳組織を栄養するために血管径を調節して血流を制御していますが、血管径が変化することが脳外への排泄機能を促し、ひいては血管自身の機能維持にも役立つことに、生体の奥深さを感じた次第です。
(文責:渡辺信博)
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海外文献紹介2020年12月号
Individualized prognosis of cognitive decline and dementia
in mild cognitive impairment based on plasma biomarker
combinations.
Nicholas
C. Cullen, et al.
Nature Aging.
1: 114-123 (2021).
https://doi.org/10.1038/s43587-020-00003-5
2021年1月にSpringer
Natureから姉妹紙としてNature
Agingが刊行される。これに先立ちネットでは3つの論文が先行公開されている。今回の文献紹介ではその中でもアクセス件数が最も多かった文献を紹介する。
世界中で5000万人いるとされる認知症患者は2030年には倍になると予想されている。認知症のうち70%がAlzheimer’s
disease(AD)とされるが、その診断にはこれまで、脳脊髄液中におけるAmyloid
beta(Aβ)やリン酸化Tau量の測定、PET
imagingが用いられてきた。しかし、これらは多額な費用に加え高度な技術を要すること、また侵襲的手法であることからかねてより問題点も指摘されてきた。
そこで筆者らは、血漿中のバイオマーカーを測定することで、Mild
Cognitive Impairment(MCI)からADに進行するリスクを予測するオンラインツールの確立を試みた。本研究では、Alzheimer’s
Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)とthe
Swedish BioFINDER studyから抽出した573人のデータが用いられた。}425人のADNIのMCI患者のデータを用いた検証では、4年後のADの発症率は33.1%であったが、その際の血漿中のthreonine
181がリン酸化されたTauタンパク質(pTau(181))とNeurofilament
light(NfL)との間には有意な正の相関関係があることが分かった。また別の解析では、両コホート研究における4年後のMini-Mental
State Examination(MMSE)値との比較をAkaike
information criterion(AIC)で評価したところ、いずれの場合も、Aβ42/Aβ40よりもpTau(181)とNfLが最も良いfitting
modelであることが分かった。更に統計解析の手法の一つであるROC
curveを算出したところ、同様に血漿中のpTau(181)とNfLが他のモデルよりも高い感度を示した。以上の結果を踏まえて4年後のMCIからADへの進行を予測し直したところ、従来比でADNI群ではBioFinder群で32.3%、ADNI群で15.4%の改善効果を得た。
以上より、本予測には従来のAβ42/Aβ40ではなく、pTau(181)タンパク質とNfLを合わせることが重要であることが分かった。(ちなみに、本研究で得られた結果は、従来の脳脊髄液のバイオマーカー測定や年齢・性別・教育暦などのデータ、ADNIよりも良好なものであった。)だが、あくまでもこれは最初のステップであることから、より大規模に検証することで、より本ツールの精度を高めたいと筆者たちは結論付けている。血漿からより高精度の判別が可能となれば汎用性が広いので、今後に期待したい。
(文責:福井浩二)
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海外文献紹介2020年11月号
Senolytic CAR T cells reverse senescence-associated
pathologies.
「老化細胞除去CAR
T細胞療法の有効性」
Corina Amor, et al.
Nature.
583: 127-132 (2020).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32555459
今月の海外文献紹介は、がん治療でもちいられるCAR(キメラ抗原受容体)T細胞を応用した老化細胞除去効果についての報告です。
先ず、著者らは、「抗がん剤治療誘導性の老化細胞」、「がん遺伝子誘導性の老化細胞」、「長期複製誘導性の老化細胞」を対象に、それぞれKP(KrasG12D;p53-/-)肺腺がん抗がん剤治療モデルマウス(MEK阻害剤・CDK4/6阻害剤処置)、NrasG12V発現肝がんモデルマウス、肝星細胞長期培養モデル細胞および四塩化炭素投与肝硬変モデルマウスをもちいてRNA-seq・免疫染色を実施し、ウロキナーゼ型プラスミノゲン活性化因子受容体(uPAR)をこれらの老化細胞に特異的な細胞膜貫通タンパク質マーカーとして見出しています(余談ですが、分泌性uPAR(suPAR)、uPARリガンドのuPA、その他関連分子のtPAやPAI-1はSASP因子として既に報告されています)。
そこで、著者らは、uPARを認識するCAR
T細胞を作製し、上記モデルマウスへ投与し、その効果をin
vivoで検証し、それぞれ老化細胞の除去に成功したと報告しています。特に、肝の線維化については、四塩化炭素誘導性のものも、食事性の非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)についても、その症状が大幅に改善されたと報告しています。
著者らは、ヒトの肝炎誘導性の線維化組織、C型肝炎ウィルス感染後の線維化組織においても、uPARの発現が確認されていることを示し、これらにもuPARを認識するCAR
T細胞療法が有効であろうと示唆しています。
サプリメントデータでは、体重と体温の変化、FACS解析をもちいた免疫細胞の動態変化、血中サイトカイン量変化の詳細を示しています。
今回の結果では、がんおよび肝線維化治療における老化細胞除去CAR
T細胞の併用の有効性を示しています。uPARを標的にしたことで、老化細胞による細胞外基質恒常性の破綻を抑止あるいは改善しているものと推察されます。これまで老化細胞によるSASPの焦点はサイトカインやケモカインといった炎症性シグナル分子であったのに対して、今回の焦点は新しい着眼点ともいえます。今後、老化細胞による細胞外基質分解酵素群(matrix
metalloproteinase: MMP)の役割による血管新生などを誘導するニッチ恒常性の変容メカニズムが明らかにされ、SASP研究ならびに老化細胞研究がさらに発展していくことを期待させる報告でした。
(文責:石井恭正)
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海外文献紹介2020年10月号
Age-induced accumulation of methylmalonic acid promotes
tumour progression.
「加齢に伴うメチルマロン酸の蓄積はがんの進行を促進する」
Ana P Gomes,
et al.
Nature.
585: 283-287 (2020).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32814897
本年8月号では、運動の認知機能に対する良い効果が、血液中の因子を介して運動していない個体の脳にも良い効果をもたらすと言う大変興味深い論文を、三浦ゆり先生が紹介してくださいました。今回、ご紹介する論文も同じく「血中因子」に関するものですが、高齢者の血中にて濃度が上昇する因子が、がんの進行を促進すると言うものです。
がんのリスクやがんに関連した死亡率は、加齢に伴い(本論文によると65歳以降)上昇します。しかし、加齢とがんとの関係は大変複雑で未解明な点が少なくありません。加齢に伴うがんリスク上昇の原因としては、一般的には、遺伝子変異や発がん性物質への曝露の蓄積が言われていますが、我々の体内で加齢に伴い増加する何らかの内因性物質の影響も考えられます。そこで著者らはまず、ヒト由来のがん細胞株A549とHCC1806への、30歳以下の「若齢者」の血清、もしくは60歳以上の「高齢者」の血清の影響を調べました。すると、高齢者血清群で処理したがん細胞において、形態的及び分子生物学的に「転移性」の兆候が見られるようになりました。実際に、MDA-MB-231がん細胞種をヒト血清処理した後に無胸腺マウスに投与すると、高齢者血清で処理したがん細胞では肺への転移が高頻度で認められました。
そこで、高齢者血清に含まれるがんの進行を促進する因子へのアプローチとして、プロテオーム解析を行ったところ、3種類の代謝物が高齢者血清中で上昇しており、その中でプロピオン酸代謝の副産物として知られるメチルマロン酸のみが、がん細胞の転移性上昇を誘導しました。しかしながら、高齢者血清におけるメチルマロン酸の濃度が15-80μMであるのに対し、無血清培地にメチルマロン酸を加えた時は1mM以上でないと効果が現れません。そこで、メチルマロン酸以外の”補助因子”の存在を調べたところ、分子量の大きな脂質の関与が示されました。したがって、メチルマロン酸は脂質分子との結合によりがん細胞の膜を透過して影響を及ぼすことが推測されますが、この脂質分子の実体は、この論文では明らかにされていません。
さらに著者らは、メチルマロン酸処理したがん細胞株では、TGF-β2とSOX4の発現が上昇することを明らかにしました。SOX4はTGF-βシグナルの下流で遺伝子発現が上昇し、胚発生やがんの進行に関与することが示されています。実際に、short
hairpin RNA (shRNA)を用いてSOX4の遺伝子発現を抑制すると、高齢者血清およびメチルマロン酸によるがん細胞株の転移性上昇効果が抑制されました。
以上のように、高齢者の血中で濃度が上昇するメチルマロン酸には、TGF-β-SOX4シグナル系を介してがん細胞の転移性を上昇させる作用があることが明らかになりました。一方で、メチルマロン酸の発がんそのものを促進させる効果は、この論文では示されておりません。またメチルマロン酸はビタミンB12を補助因子として代謝されますが、高齢者の血清において、ビタミンB12の低下とメチルマロン酸の上昇との間に有意な相関は見られませんでした。したがって、何故、高齢者の血清でメチルマロン酸濃度が上昇していたのかについては、まだ十分に解明されていません。またメチルマロン酸がTGF-β2の発現を上昇させる機構も不明です。今後、これらの問題を解決すことが、高齢者におけるがんの進行の抑制に繋がることが期待されます。
(文責:柿澤 昌)
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海外文献紹介2020年8月号
Blood factors transfer beneficial effects of exercise on
neurogenesis and cognition to the aged brain.
「神経や認知機能に対する運動のよい効果は血液中の液性因子によって移行する」
Alana M Horowitz, et
al.
Science.
369: 167-173 (2020).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32646997
全身を使ったエクセサイズが、脳を若返らせ、脳の老化を遅らせることは知られていますが、今日ご紹介する論文は、それが血液中の液性因子を介して、運動していない個体の脳にもよい効果をもたらす、というものです。
老化を制御する液性因子については、Parabiosis(並体結合)実験などにより1950年代後半くらいからよく研究されてきました。Parabiosisとは、異なる個体(実験動物)を手術によって縫合したり、一方の個体の血液をもう一方の個体に投与したりして、両個体の循環体液を共有させるというものです。若齢ラットと老齢ラットのParabiosisから、若齢動物の血液中に老齢動物を若返らせ、寿命を延長する因子があるのではないか、ということが報告されたり、カロリー制限を行った個体と行わない個体のParabiosisから、液性因子を介してカロリー制限を行わなかった個体にカロリー制限の好ましい効果が伝えられることが報告されたりしました。これらの報告によって、血液に含まれる何らかの成分が、個体老化に大きな影響を及ぼすことは、ほぼ確実と考えられています。
近年になって、その具体的な分子がいくつか明らかにされてきましたが、本論文でHorowitzらが報告しているのはGlycosylphosphatidylinositol
(GPI)-specific phospholipase D1(Gpld1)です。彼らは、エクセサイズを行ったマウス(18か月齢)の血しょうを、運動していないマウス(18か月齢)に24日間にわたって8回投与し、放射状迷路課題(RAWM)による記憶学習能力、海馬における脳由来神経栄養因子(BDNF)、そして海馬における神経新生を調べました。その結果、エクセサイズを行わなかったマウス(18か月齢)の血しょうを投与したものに比べ、記憶学習能力はよく、BDNFは増加し、また海馬の歯状回における神経新生の増加が認められました。そこで、これらの効果をもたらす血しょう中の液性因子を調べるため、安定同位体標識法を用いたプロテオミクスを行いました。エクセサイズを行ったマウスと行わなかったマウス(どちらも18か月齢)で血しょうタンパク質を比較したところ、エクセサイズにより30種類のタンパク質が増加することが明らかになりました。同じ実験を7か月のマウスでも行い、共通して増加する12種類のタンパク質に着目しました。その中でもGpld1は血中濃度の増加と記憶学習能力の改善がよく相関しており、さらにヒトでも、運動不足の高齢者に比べ、活動的で健康な高齢者の血液に、有意にGpld1が多いことから、Gpld1に着目して研究を進めました。
Gpld1は、肝臓由来のGPI分解酵素です。そこで彼らは、in
vivoトランスフェクションを用いて肝臓におけるGpdl1のmRNA発現を増加させ、その効果を調べました。その結果、in
vivoトランスフェクションによってGpld1の血中濃度は有意に増加し、認知機能の改善や海馬におけるBDNFの増加、歯状回における神経新生の増加など、エクセサイズを行ったときと同様の効果を示すことを明らかにしました。
さて、Gpdl1は夢の認知機能改善薬になるのでしょうか?
(文責:三浦ゆり)
PDF (76KB)
海外文献紹介2020年7月号
A programmable fate decision landscape underlies single-cell
aging in yeast.
Yang Li, et al.
Science.
369: 325-329 (2020).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32675375
ゲノム不安定性やミトコンドリア機能不全は、細胞レベルで老化に寄与することが多くの生物種で明らかにされており、進化的に保存されたプロセスであることが知られています。今回紹介する論文では、それらの要素がどのようにして個々の細胞の老化に関わるのかについて、老化のモデル生物の一つである出芽酵母を用いて研究を行いました。一般的に、出芽酵母を用いた老化研究では、1個の母細胞から出芽する娘細胞の数を数えることで寿命(分裂寿命)を測定します。本論文で筆者らは、その手法にマイクロフルイディクスとタイムラプスイメージング技術を組み合わせることで、一細胞レベルでの酵母の分裂寿命を遺伝子発現と形態学的変化両方に注目して追跡することに成功しています。
まず筆者らは、遺伝的に同一な背景を持つ野生型株において、半数の個体は加齢に伴い細長い娘細胞を出芽し、それに対して残りの半数は、寿命を終えるまで丸型の娘細胞を産出することを見出しました。そして、前者を老化フェノタイプとして「モード1」、後者を「モード2」と名付けました。次に、レポーター株を用いた解析の結果、モード1の細胞ではrDNAのサイレンシング機能が失われており、rDNAが不安定化していることが明らかになりました。一方で、モード2の細胞では、ミトコンドリア機能と密接に関連するヘムの存在量が失われていることがわかりました。さらに、rDNAが不安定化している細胞ではヘム存在量が高く(モード1)、ヘム存在量が低い細胞ではrDNAが安定化している(モード2)ことがわかり、それぞれ負に相互作用していることが示唆されました。そして、そのことについて、rDNAの安定化に働くsir2の変異株やヘム活性化タンパク質(HAP)の一つであるhap4の変異株を用いて、遺伝学的に証明しています。
そして、Sir2を過剰発現させた細胞株では、rDNAが安定化しているにも関わらずヘム存在量も高い細胞群(モード3)が一定数存在することがわかり、筆者らはコンピュータシミュレーションによるモデリングを行いました。その結果を基に、実際にSir2とHap4を強制発現させた細胞株を作製したところ、相乗的な寿命延伸が観察されました。
本論文は、rDNAの不安定化またはミトコンドリア機能低下という細胞の運命が早期に決まっていること、そしてそれが遺伝的に変更可能であるという点が興味深いと思います。このメカニズムがヒトを含めたより高等な生物に適応できるのか、今後の展開が期待されます。
(文責:赤木一考)
PDF (76KB)
海外文献紹介2020年6月号
Sleep Loss Can Cause Death through Accumulation of Reactive
Oxygen Species in the Gut.
Alexandra Vaccaro, et
al.
Cell.
181: 1307-1328 (2020).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32502393
睡眠は生存に必要不可欠であり、深刻な睡眠不足状態が続くと死に至る可能性が高い。しかしながら、その原因は不明であり、睡眠がどの様に生命維持に必要とされるのか多くの謎が残されている。
今回紹介する論文では、断眠したショウジョウバエが死に至るメカニズムとして、腸管でのROS(Reactive
Oxygen Species;活性酸素種)蓄積による酸化ストレス上昇が原因であることが示唆された。筆者らはthermogenetic
stimulationにより断眠状態を誘導したショウジョウバエを用い、腸内のROS産生と寿命について検討した。断眠状態が続いたショウジョウバエでは、通常40日の寿命が20日程度と顕著に短くなり、また断眠日数と相関して腸内でのROS蓄積が高まった。断眠によるROS蓄積は腸特異的に観察され、他臓器(脳、筋肉、脂肪体、精巣)での蓄積量増加は全く見られなかった。この腸内ROS蓄積はショウジョウバエのみならず、断眠マウス小腸および大腸においても同様に観察された。驚くべきことに抗酸化化合物を摂取したショウジョウバエでは、腸内ROS蓄積を抑制することにより、断眠状態が続いているにもかかわらず生存率が回復した。さらに抗酸化酵素を腸内で強制発現させた睡眠不足ショウジョウバにおいても、同様に生存率の回復が見られた。この様に腸内ROS蓄積を抑えることで、睡眠なしの生存可能を示唆する大変興味深い論文であった。睡眠不足が腸内のROS蓄積をどのように引き起こし、また腸内ROS蓄積が死を誘導するメカニズムについて、今後解明されることが期待される。
(文責:多田敬典)
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海外文献紹介2020年5月号
Brain control of humoral immune responses amenable to
behavioural modulation.
「行動性調節を受けうる調節液性免疫応答の脳制御」
Xu Zhang, et al.
Nature.
581: 204-208 (2020).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32405000
免疫系に関与する組織のひとつである脾臓では、免疫機能が自律神経系により調節される。例えば、脾臓の交感神経線維よりノルアドレナリンが放出されると、ChAT陽性T細胞が活性化されてアセチルコリンを放出し、B細胞から形質細胞に分化するのを促進する。今回は、脾臓の免疫機能を調節する交感神経活動を制御する脳領域を明らかにした研究論文を紹介させていただきます。
著者らは、マウスに獲得免疫応答を引き起こすために抗原(NP-KLHおよびLPSの混合物)を投与し、脾臓で生じた形質細胞の分化(SPPC)を指標に研究を進めた。このSPPCは、脾臓交感神経を除神経したり、CD4陽性T細胞(ノルアドレナリン刺激によりChATを発現する)をジフテリア毒素で欠失させたり、B細胞がα9アセチルコリン受容体を持たないよう操作したりすると、顕著に減少した。すなわちこのことは、脾臓交感神経活動によりCD4陽性T細胞がアセチルコリンを放出し、B細胞のα9アセチルコリン受容体を介してSPCCが促進されることを意味する。
次に著者らは、脾臓に逆行性トレーサーを投与し、視床下部の室傍核および扁桃体中心核のニューロンが主に標識されることを明らかにした。この結果を基に、これらの脳領域で豊富に見られるCRHニューロンを、欠失させたり薬理遺伝学的に抑制したりするとSPPCが減少し、薬理遺伝学的に活性化するとSPPCが増加した。なお、これらのニューロンを光遺伝学的に刺激すると、脾臓交感神経活動が亢進した。よって、視床下部・室傍核や扁桃体中心核からの指令により脾臓交感神経を活動させ、SPPCを引き起こすことが示された。
さらに著者らは、直径10cmの透明なプラットフォームにマウスを載せ、地上から1.5mの高さに持ち上げて軽度の心理的ストレスを与えると、視床下部・室傍核や扁桃体中心核のニューロンが活動すること、SPPCが増加すること、抗原特異的なIgG抗体産生を促進させることを示した。このIgG抗体の産生促進は、視床下部・室傍核や扁桃体中心核のCRHニューロンを欠失させたり、脾臓交感神経を除神経したり、B細胞がα9アセチルコリン受容体を持たないよう操作したマウスでは、認められなかった。
上記の結果より、著者らは、交感神経系を介した脾臓の免疫機能調節が脳によって制御されると結論付けた。
(文責:渡辺信博)
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海外文献紹介2020年4月号
Deletion of Nrf2 shortens lifespan in C57BL6/J male mice but
does not alter the health and survival benefits of caloric
restriction.
Laura C.D. Pomatto, et al.
Free Radic Biol Med. pii: S0891-5849(19)32365-2
(2020).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31953150
Keap1-Nrf2システムは生体内の抗酸化防御システムを活性化することが知られており,近年では老化や様々な疾患への関与が報告されている。本論文で筆者らはNrf2のノックアウトマウス(KO)を作成,長期の30%カロリー制限(CR)を実施した。体重・寿命・摂餌量等を測定後にオープンフィールドなどで行動試験を実施,その後,各臓器中のNQO1やMnSOD,PGC1αなどのミトコンドリア関連酵素タンパク質の発現変化を検討した。その結果,CR実施時の寿命延長効果にNrf-2の有無は関係なく,行動試験にも大きな影響はなかった。自由摂取では摂食量に変化はないのにもかかわらず,Nrf2-KOにより体重が減少して寿命も縮まることから,筆者らはミトコンドリア代謝を中心として老化のフリーラジカル説に言及しつつも,CRによる寿命延長効果にはマウス自体のmetabolic
adaptationがより重要なのだろうと結論付けている。
(文責:福井浩二)
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海外文献紹介2020年3月号
Mitochondrial stress is relayed to the cytosol by an
OMA1-DELE1-HRI pathway.
Xiaoyan Guo,
et al.
Nature.
579: 427-432 (2020).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32132707
A pathway coordinated by DELE1 relays mitochondrial stress
to the cytosol.
Evelyn Fessler,
et al.
Nature.
579: 433-437 (2020).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32132706
今回は、ミトコンドリア機能異常が起因となった細胞内統合的ストレス応答(ISR)について連載された2報の論文のご紹介で、概要的な論文紹介になってしまいましたが、ご了承頂ければ幸いです。
ミトコンドリア内膜に局在するタンパク質分解酵素(メタロプロテアーゼ・メタロエンドペプチダーゼ)OMA1は、ミトコンドリア融合に必須のタンパク質OPA1を切断します。ミトコンドリアダイナミクスを調整し、細胞死シグナルとなる細胞質へのチトクロムc放出を調節することでも注目されました。今回紹介させて頂く2報の論文では、このOMA1の新規標的タンパク質で、ミトコンドリア機能障害によって切断修飾を受けるDELE1が、細胞内統合的ストレス応答(integrated
stress response: ISR)にはたらくことを報告しています。
ISRは、翻訳開始因子eIF2α(eukaryotic
initiation factor 2 α)のリン酸化酵素(GCN2,
PERK, PKR, HRI)の活性化により開始されることが報告されています。それぞれ、GCN2はアミノ酸枯渇、PERKは小胞体ストレス、PKRはウィルス感染、HRIはヘム枯渇によって活性化し、全タンパク質の翻訳量を抑制する一方で、ATF4,
ATF5, CHOPといったCRE(cAMP
responsive element)結合転写因子(CREB/ATFファミリー)の翻訳を促進し、ISRを誘導することが報告されています。
2報それぞれの筆者らは、これらの転写因子発現量を指標にミトコンドリア機能障害を起点とした新規ISR関連分子の解明に着地しています。1報目のGuo博士らは、ATF4発現量を指標にISR関連シグナル分子(HRI→eIF2α→ATF4)の上流でミトコンドリア機能障害に関連した因子を探索する研究アプローチを実施しています。オリゴマイシン(ATP合成阻害)処理下でsgRNA
レンチウィルスをもちいたCRISPRiというゲノムワイドな網羅的変異誘導スクリーニング法により、HRIと共にDELE1を同定しています。一方、2報目のFessler博士らは、CCCP(脱共役:ミトコンドリア機能障害誘導)処理後に、RNAseqによる網羅的遺伝子発現解析を実施し、CHOP発現量を指標に、ツニカマイシン(糖鎖修飾酵素阻害:小胞体ストレス誘導)処理後のISR誘導条件(PERK→eIF2α→CHOP)と比較の上、HRI,
ATF4と共にDELE1の同定に成功しています。
今回は紙面の都合上、DELE1同定後の実験的詳細の紹介は省略させて頂きますが、結果1.ミトコンドリア機能異常ISR活性化(HRI→eIF2α→ATF4)にヘム枯渇は寄与していない。結果2.ミトコンドリア機能異常ISR活性化にOMA1活性化→(DELE1L→DELE1S)が必須である。結果3.ミトコンドリア機能異常ISR活性化ではDELE1S細胞質移行→HRI依存(・非依存)ATF4,
CHOP発現が誘導される。これらの結果から、ミトコンドリア機能障害に起因した統合的ストレス応答ISRをOMA1-DELE1-HRI
pathwayと提唱しています。
今後、ミトコンドリア機能異常による細胞内統合的ストレス応答ISRで発現誘導されるCREB/ATFファミリー(ATF4,
CHOP)の翻訳後修飾による機能特異性などからISR分子機構の詳細が明らかにされることが期待されます。
以上、ミトコンドリア機能異常を起点にした細胞内統合的ストレス応答ISRの分子機構の一端(ミトコンドリア脱共役・ATP合成阻害→OMA1→DELE1(DELE1L→DELE1S)→HRI→eIF2a→ATF4,
CHOP)を解明した論文をご紹介させて頂きました。
(文責:石井恭正)
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海外文献紹介2020年2月号
Hyperactivation of sympathetic nerves drives depletion of
melanocyte stem cells.
Bing Zhang,
et al.
Nature.
577: 676-681 (2020).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31969699
よくストレスが溜まると白髪が増えると言われるように、ストレスと白髪化との関係は、経験的に良く知られています。しかし、ストレスが白髪化を促進するメカニズムなど、両者の関係については、科学的に未検証である部分が少なくありません。今回ご紹介する論文において、ハーバード大学のYa-Chieh
Hsuらのグループはマウスを用いた実験で、ストレスが交感神経の活性化を介してメラノサイト(メラニン形成細胞、メラニン色素細胞)幹細胞を枯渇させることで、白髪化が促進されることを示しています。
まず論文著者らは、ストレスの種類が白髪化に与える影響を調べるため、拘束ストレス、予測不可能なストレス、痛覚ストレスなどのストレスをマウス(C57BL/6J系統の黒毛マウス)に与えたところ、いずれのストレスでも白髪化の誘導が見られました。その中で、痛覚ストレス(カプサイシンのアナログであるレシニフェラトキシン(RTX)投与による)が最も早くかつ明確な影響が現れたため、以下の実験でもストレスの誘発に用いています。また白髪化の原因としては、メラニン色素合成の低下、分化したメラノサイトの減少、メラノサイト幹細胞の減少などが考えられますが、著者らは形態学的な観察により、メラノサイト幹細胞の枯渇が原因であることを示します。
引き続き、どの様にしてストレスがメラノサイト幹細胞の枯渇を引き起こすかを調べました。ストレス時には免疫系の活性化やストレスホルモン(コルチゾルなど)の分泌が高まることが知られています。しかし、T細胞、B細胞などの免疫細胞を欠くマウスや、副腎を除去したマウスでもストレスによる白髪化が見られたことから、免疫系や副腎由来のストレスホルモンの関与は示唆されませんでした。しかし、ノルアドレナリンを皮内投与すると白髪化が見られたことから、副腎以外でノルアドレナリンを放出する交感神経系に着目します。
そこで最初に、RTX投与により神経活性化のマーカーであるFOSの発現が交感神経で誘導されることを示し、ストレスにより交感神経の活性上昇が起こることを示します。引き続き、交感神経特異的な神経毒である6-ヒドロキシドーパミンの投与により交感神経が破壊されたマウス、および交感神経終末からのノルアドレナリン放出を阻害する薬物処理を施されたマウスでは、RTX投与による白髪化とメラノサイト幹細胞の枯渇が起こらなくなることを明らかにしました。これらの結果は、ストレスによる白髪化、そして、その原因となるメラノサイト幹細胞の枯渇には、交感神経からのノルアドレナリン放出が関与していることを示します。さらに、このメラノサイト幹細胞の枯渇は、通常は一部のメラノサイト幹細胞だけがメラニン細胞に分化し、増殖脳を持つメラノサイト幹細胞が一定の割合で維持されるところ、ノルアドレナリン刺激によりほぼすべてのメラノサイト幹細胞がメラニン細胞に分化してしまうことから来ることを示しました。
今回紹介した研究は、ストレスと言う個体レベルでの生理学的状態が、体性幹細胞の維持に影響を与えることを示した研究でもあります。そして、幹細胞は失われると元に戻らないため、このストレス-交感神経-ノルアドレナリン経路によって生じた白髪化は不可逆的であることになります。しかし、ストレスだけが白髪化を誘導する要因となるわけではありません。また加齢に伴う白髪化の進行が、今回明らかにされたストレスによる白髪化と同じシグナル系を介するとは限らず、著者らも、両者が同じメカニズムを介するのかどうかの解明が、残された興味深い課題であると述べています。
(文責:柿澤
昌)
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海外文献紹介2020年1月号
Microglia monitor and protect neuronal function via
specialized somatic purinergic junctions.
Csaba Cserép, et al.
Science.
pii: eaax6752 (2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31831638
このところ、アルツハイマー病(AD)研究領域ではミクログリアを主とする炎症関連の研究報告に沸き立っておりますが、ミクログリアの生理的機能についてもこれまでにない新しい発見が次々と寄せられております。中枢神経系におけるミクログリアの機能といえば、従来は脳内における炎症性反応の主役という認識のみでしたが(AD研究領域では専らこれですが)、近年は積極的にシナプスの神経突起に接触して神経伝達の調節に貢献しているという新たな機能が着目されるようになりました(Wu
et al., Trends Immunol. 2015; Weinhard et al., Nat Commun.
2018等のreviewに詳しく紹介されています)。そして今回ご紹介する論文は、ミクログリアがシナプスのみならず神経細胞の細胞体にも直接コンタクトして神経細胞の状況を判断し、その保全に働いているというものです。
GFP結合型CX3CR1(ミクログリアマーカー)を発現する遺伝子改変マウスの神経細胞にin
uteroエレクトロポレーションでtdTomatoを遺伝子導入し、二光子顕微鏡によるライブイメージングや超解像顕微鏡を用いた検索を行ったところ、神経細胞の細胞体とミクログリア突起の間で明らかな接触サイトの存在が確認されました。驚いたことに、既にミクログリアのコンタクトサイトとして知られている樹状突起とのコンタクト継続時間が約7.5分であったのに対し、細胞体では約25分もの継続が確認されたそうです。またコンタクトの割合も、神経細胞の約90%が細胞体でミクログリアとコンタクトしているのに対し、シナプスでのコンタクトは興奮性・抑制性ともに10%前後と低いことも判明しました。さらに死後剖検脳を用いた組織検索により、ヒト脳でも約87%の神経細胞が細胞体でミクログリアとコンタクトしていることが確認されました。
では、ミクログリアは何を認識して神経細胞の細胞体にコンタクトしているのか?筆者らは神経細胞から何らかの液性因子が放出されることでミクログリアがコンタクトしているのではないかと仮説を立て、神経細胞の細胞膜に局在するKv2.1(電位依存性カリウムチャネル)に着目しました。と言いますのも、Kv2.1は細胞質側で小胞側のSNAREと結合してエクソサイトーシスによる分泌を促進することが知られています。そこで、Kv2.1とミクログリアマーカーとの二重染色を行った結果、やはりKv2.1がクラスター化している細胞膜領域にミクログリアがコンタクトしていることが明らかとなりました。
次の問題は、ミトコンドリアが認識する神経細胞由来液性因子(あるいは信号分子)の正体ですが、ミクログリアにはP2Y12RというP2Y型プリン受容体が高発現しており、神経細胞は神経活動に伴いATPやADPをエクソサイトーシスすることが知られています。興味深いことに、P2Y12Rは脳内のミクログリアだけに発現しており、血管周囲のマクロファージには発現していないそうです。そこで超解像度顕微鏡を用いて検索した結果、やはりミクログリア突起のP2Y12Rと神経細胞細胞膜Kv2.1クラスター領域に高い共在性が確認され、さらにKv2.1クラスター領域ではミトコンドリア外膜蛋白であるTOM20陽性小胞が集簇していることが明らかになりました。つまり、神経細胞のミトコンドリア由来の小胞が細胞膜におけるミクログリアとのコンタクトサイトからATPを放出し、それをミクログリアが受け取っている可能性が示唆されました。また、P2Y12Rの阻害剤であるPSB0739を生体マウスの大槽内に投与すると、神経細胞の細胞体とミクログリアとのコンタクトが45%ダウンしたのに対し、シナプスでのコンタクトに変化は見られなかったとのことで、細胞体とシナプスとではミクログリアが認識するターゲット分子が異なる可能性が示唆されました。
最後に、神経活動や神経損傷との関係を検索したところ、DREADDシステムで神経活動を人工的に惹起すると、やはりミクログリアとニューロン細胞体とのコンタクトの増加がみられ、P2Y12RノックアウトマウスやPSB0739ではコンタクト形成が阻害されました。また、脳梗塞モデル(腔内中大脳閉塞モデル)でも両者のコンタクトが上昇するとともに、PSB0739を投与した脳梗塞モデルではコンタクトの低下とともに神経細胞におけるCa2+シグナルの上昇が見られ、最終的な神経細胞の損傷範囲が大きく増加することが明らかとなりました。これらの結果から、ミクログリアは神経細胞が常時放出するATPをモニターしており、神経活動の変化等に応じて神経細胞の保全に努めている可能性が示唆されました。
今回ご紹介した論文では、二光子顕微鏡を用いたライブイメージングや超解像顕微鏡を用いた検索が大きく貢献しています。今後、このような新しい技術の導入により、これまで見えてこなかった新たな事実が次々と明らかになっていくことが期待されます。
(文責:木村展之)
PDF (92KB)
海外文献紹介2019年12月号
Undulating changes in human plasma proteome profiles across
the lifespan.
Benoit Lehallier,
et al.
Nature Medicine. 25: 1843-1850 (2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31806903
近年、プロテオーム解析技術の進展はめざましく、数多くのタンパク質の変動解析から、さまざまな情報を得ることができるようになってきました。今回ご紹介するのは、血しょう成分のプロテオームを詳しく調べることによって、健康や寿命などを予測できるようになるかも、という論文です。
老化は、寿命に重大な影響を与える多くの慢性疾患の主なリスクファクターとなっています。そのため、老化のメカニズムを明らかにすることは、これら慢性疾患の治療や予防のターゲットを見つける上で重要であると考えられます。一方、パラビオーシスとして知られている現象、すなわち若いマウスの血液を循環させることによって、老齢マウスの老化や疾患による機能障害が回復するという報告があることから、Lehallierらは血液成分の何らかの加齢変化が、老化や老化関連疾患のメカニズムに関係するだろうと考えました。そこで彼らは、18歳から95歳までの4,331人の血しょうプロテオームを解析し、一人あたり2,925種類の血漿タンパク質を測定しました。彼らがプロテオーム解析に用いたのはSomaScanアプタマーというシステムで、DNAアプタマーを利用して何千ものタンパク質の定量を行うシステムです。これらの血しょうタンパク質の発現と年齢との関連を調べたところ、373種類の血漿タンパク質が、年齢に伴って変化することを発見し、これらをproteomic
clockと名付けました。このproteomic
clockのタンパク質を調べることで、個人の「生物学的年齢」あるいは「機能的年齢」が推定できますので、暦年齢との差から健康状態や疾患のリスクなどの予測に役立つ可能性が示唆されました。このような新しいアプローチによって、老化関連疾患の治療や予防のターゲット発見につながる、予想外の分子やパスウェイが明らかになるかもしれません。
(文責・三浦ゆり)
PDF (64KB)
海外文献紹介2019年11月号
Developmental ROS individualizes organismal stress
resistance and lifespan.
Daphne Bazopoulou, et
al.
Nature.
576: 301-305 (2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31801997
均一な遺伝的背景を持つ個体群を同一の環境で飼育しても、寿命には大きな個体差が現れます。今回紹介するのは、その疑問にアドレスした論文です。
線虫を用いた研究から、活性酸素(ROS)による軽度なストレス(ミトホルミーシス)によって寿命が延伸することが知られています。そのことから筆者らは、発生過程におけるROSが成虫の寿命に影響するという仮説を立て研究を行いました。
まず筆者らは、レドックスセンサー(Grx1-roGFP2)を発現させた線虫を用いて、幼虫期(L2)における酸化還元状態を測定しました。その結果、均一な遺伝的背景を持つにもかかわらず、個体の酸化還元状態は様々であることがわかりました。さらに、興味深いことに、幼虫期において酸化状態が高かった個体群では、成虫では酸化状態が低いことがわかりました。そして、それらの個体群は、ヒートショック耐性、酸化ストレス耐性が強く、寿命も延伸していることがわかりました。また、その寿命延伸効果は、幼虫期にパラコート給餌による酸化ストレスを与えることで再現できました。次に、そのメカニズムとして、幼虫期に酸化状態が高い個体群では、H3K4me3レベルが対照群に比べて顕著に低いことがわかりました。さらに、HeLa細胞を用いて、ROSによってH3K4me3レベルが低下することを確認しました。そしてそれらは、ヒストンメチル基転移酵素であるSET1/MLLを含むCOMPASS複合体によって翻訳後調節されていることを明らかにしました。最後に、遺伝学的にH3K4me3レベルを低下させることで、ストレス耐性の上昇および寿命延伸が再現できることを確認しています。以上の結果から、発生過程におけるROSによる軽度なストレスが、H3K4me3レベルの低下というエピジェネティックな変化を引き起こし、成虫でのストレス耐性を上昇させ寿命が延伸することがわかりました。 近年では、発生過程における栄養状態および腸内細菌叢が成体の寿命に影響するという研究も行われていますが、それらとの関係についても今後のさらなる研究が期待されます。
(文責:赤木一考)
PDF (69KB)
海外文献紹介2019年10月号
Regulation of lifespan by neural excitation and REST.
Joseph M. Zullo, et
al.
Nature.
574: 359-364 (2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31619788
ヒトの寿命は一体何によって決まるのか?この命題を明らかにするために、多くの研究者が寿命を規定する因子の探索に様々な視点から挑み続けている。
今回紹介する論文では、寿命の延伸に対して老齢期における神経細胞の興奮抑制が関与していることが示唆された。本論文で筆者らは、死後脳大脳皮質を用いてトランスクリプトーム解析を行い、寿命と相関性のある因子を探索したところ、寿命が長い人では神経細胞興奮に関わる遺伝子の発現が抑制されていることを突き止めた。一方で核内の転写因子RESTの量は、百寿者の前頭前皮質において増加していることが分かった。線虫を用いた解析においても、神経細胞興奮の抑制により寿命が延長し、RESTの線虫オルソログであるspr-3およびspr-4の機能欠失型変異では神経細胞興奮の上昇が見られ、寿命が長いことで知られるdaf-2変異体の寿命を短縮させた。さらにREST、spr-3、spr-4はそれぞれ哺乳類、線虫の寿命制御に関連する転写因子FOXO1とDAF-16を活性化させた。これらの結果より、RESTを介した神経細胞興奮関連因子の調節が、老化の進行過程において重要な役割を担うことが示された。
また寿命延伸には神経細胞の興奮と抑制バランスの不均衡が老化のプロセスに深く寄与している可能性があり、今後の脳内ネットワーク機構の恒常性維持と寿命とのさらなる因果関係の解明が期待される。
(文責:多田敬典)
PDF (67KB)
海外文献紹介2019年9月号
Amyloid β oligomers constrict human capillaries in
Alzheimer's disease via signaling to pericytes.
Ross Nortley,
et al.
Science.
365: eaav9518 (2019)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31221773
アルツハイマー病の原因のひとつとして、アミロイドβ(Aβ)が挙げられています。Aβが神経細胞の機能障害やシナプスの減少を引き起こすことで、認知機能が低下すると考えられています。一方、認知機能を維持するためには、脳組織に酸素や栄養素を供給する血流の存在も無視することはできません。近年、脳の毛細血管周囲に位置する周皮細胞(ペリサイト)が収縮・弛緩することにより、毛細血管径を調節し、脳血流の調節に寄与することが複数の研究室から報告されています。今月は、Aβが大脳皮質の毛細血管を収縮させる機序(周皮細胞へのシグナル)を明らかにした論文を紹介させていただきます。
同論文で重要な点としましては、ヒト新鮮脳スライス標本(脳外科手術時に摘出した組織)を用いたことです。Aβ1-42を投与すると、周皮細胞が位置する部分で毛細血管が収縮することを明らかにしました。この結果は、先行研究や同論文内で報告されているラットやマウスの脳毛細血管の反応と同様のものでした。続いて、上述のAβ1-42の作用機序をラット・マウスの脳で検討しました。その結果、Aβ1-42投与による毛細血管の収縮反応は、superoxide
dismutase 1
(SOD1)投与で消失すること、nicotinamide
adenine dinucleotide phosphate(NADPH)oxidaseやNADPH
oxidase 4(NOX4)、エンドセリンA受容体を薬理的に遮断することでも消失することが示されました。さらに、過酸化水素やエンドセリン自体を投与しても、脳の毛細血管が収縮することが示されました。なお、過酸化水素による反応はエンドセリンA受容体ブロッカーで減弱するのに対し、エンドセリンの反応はSOD1で変化しないことから、Reactive
oxygen species(ROS)がエンドセリンを遊離(または作用を増強)させることが示唆されました。著者らは、周皮細胞がエンドセリンによって活性化することやAβ1-42投与によって生じるROSは、周皮細胞で特に強く認められることなども示しました。
これらの結果より、Aβは周皮細胞内でNOX4を活性化してROSを発生させ、エンドセリンを遊離(または作用を増強)させることにより、周皮細胞を収縮させ、毛細血管を収縮させると著者らは結論づけました。脳血流調節のしくみの破綻がアルツハイマー病の成因に、どのように、そしてどの程度関与するのか、今後の展開に注目していきたいと思います。
(文責:渡辺信博)
PDF (156KB)
海外文献紹介2019年8月号
Suppression of autophagic activity by
Rubicon is a signature of aging.
Shuhei Nakamura,
et al.
Nat Commun. 10: 847 (2019)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30783089
細胞内のリサイクリング機構としてAutophagyが存在することはよく知られている。近年では、MacroautophagyやMitophagyなど様々な種類が存在することも明らかとなってきた。Atg遺伝子などこれらの機構解明は、老化や種々の神経変性疾患に深く関与するとされ、日本人グループを中心として熾烈な研究競争が行われている。しかしAutophagyが、Rubiconによって抑制されることはあまり知られていない。そこで本論文では、Rubiconと寿命の関係について検討・報告している。実験では、線虫やショウジョウバエ、マウスでは加齢に伴いRubiconが増加すること、RNAiでRubiconを抑制するとAutophagyが活性化して変性タンパク質凝集が抑制、運動機能も改善して、寿命までもが延伸することを明らかにした。これより、ヒトを含めた健康寿命の延伸のキーワードの一つにはRubicon制御が重要であると提唱している。基礎老化研究でもよく耳にするカロリー制限モデルも本論文内では検討しており、Rubiconの更なる詳細な機構解明に興味が持たれる。
(文責:福井浩二)
PDF (65KB)
海外文献紹介2019年7月号
L1 drives IFN in senescent cells and promotes age-associated
inflammationNeuron-Astrocyte
Marco De Cecco,
et al.
Nature. 566: 73-78 (2019)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30728521
今回ご紹介させて頂く論文は、ゲノム不安定性が細胞老化のDAMPsおよびSASPの誘導基盤であり、レトロトランスポゾン(LINE1)の発現がその誘導起点となっていることを証明した論文です。
先ず、著者らは、ヒト胎児肺から樹立された線維芽細胞をもちいて、分裂停止期に入った細胞(SEN
entry)、その後8週間(SEN
early(E))、16週間培養した細胞(SEN
late(L))を用意し、in vitro実験を実施しています。SA-β-gal・γ-H2AX・Cdk阻害因子(p21,
p16)・SASP因子mRNA発現・LINE-1(L1)
RNA発現・IFN-α,
-β1
(IFN-I)
mRNA発現を確認し、全て細胞老化に順相関を示したことを確認しています。また、Ha-RASおよびγ放射線による細胞老化でも同様の結果を得たと報告しています。また、発現するL1配列のマッピングも行っており、ゲノム上にマッピングされた658クローンは、224か所のL1配列にマッピングされ、そのうち、19か所のL1配列がシャペロン活性や逆転写酵素などをコードするORF1,
2を発現する完全なL1Hsであったと報告しています。
次に、L1の発現調節を担っていると予測された3’-エキソヌクレアーゼTREX1,
ヘテロクロマチン構成転写抑制因子RB1, L1 5’UTRに結合するFOXA1転写因子について解析をおこなっています。IFN-I(-α,
-β1)の発現を指標にして、それぞれのノックダウン(KD)・過剰発現株(OE)で試験しています。その結果、TREX1とRB1のKDとFOXAのOE株において、SEN
(L)
老化細胞でのIFN-Iシグナルに関連する84遺伝子の発現様式をほぼ再現できたと報告しています。
さらに、逆転写酵素阻害薬ラミブジン(3TC)により、L1発現による細胞老化の表現型を抑止することができるか、細胞とマウス個体をもちいたin
vitro,
in vivoの実験系において検証しています。その結果、細胞系において、部分的にIFN-Iの応答性を抑え、老化細胞後期(SEN
(L))のSASP発現を抑制できたと報告しています。
また、マウス(肝臓・骨格筋・脂肪組織)では、先ず26か月齢の高齢マウスでL1配列(特に、MdA,
MdN, Tf)の発現を確認し、SA-β-gal・IFN-Iシグナルに応答する遺伝子発現(Ifna,
Irf7, Oas1)・SASP因子発現(Il6,
Mmp3, Pai1)が順相関を示したと報告しています。そこで、3TCの効果を検証し、IFN-Iおよび部分的なSASP因子の発現に有意な抑止効果が確認でき、その効果は、老化細胞を静止する(senostatic)効果であったと報告しています。
著者らは、これらの結果をもとに、今後の課題として、L1以外の内在性RTEs、細胞質DNAの由来、多様なインターフェロン応答について考察しています。また、ヒトの真皮線維芽細胞の老化細胞においても、p16,
L1 ORF1, p-STAT1の存在量に順相関が確認されたとするデータを示しており、今回の実験結果がヒトでも適合するとの期待をもたせています。
本論文では、老化細胞を初期と後期段階に区別し、細胞質DNAに依存したIFN-I応答を抑止する3TCのSenostatic(老化細胞静止)効果を提唱しています。p16発現、IL-1βなどのSASP関連因子を発現する老化初期を標的とするSenolytic(老化細胞除去)効果と比べ、生体にどのような違いを生じ、如何に有益な効果をもたらすのか、今後の成果に期待したいと思います。
(文責:石井恭正)
PDF (135KB)
海外文献紹介2019年6月号
Neuron-Astrocyte Metabolic Coupling Protects against
Activity-Induced Fatty Acid Toxicity.
Maria S. Ioannou,
et al.
Cell. 177: 1522-1535.e14
(2019)
細胞の中では、脂肪酸はトリアシルグリセリドの形で脂肪滴(lipid
droplet)中に貯留されています。これは、エネルギー源としての脂肪酸を貯蔵することに加え、細胞質中に過度に存在すると毒性が生じる脂肪酸を、細胞質から除去するという意義もあると考えられています。しかし、多くの神経細胞には、基本的に、脂肪滴が他の細胞ほどには存在せず、ミトコンドリアでの脂肪酸代謝によるエネルギー産生能も低いことが知られています。したがって、特に神経活動が亢進している時などには、二つの問題が生じます。一つは、エネルギーが枯渇する可能性、もう一つは、細胞質における過酸化脂質の蓄積です。神経活動が亢進すると活性酸素の産生量も上昇しますが、活性酸素の作用によって生じる過酸化脂肪酸は毒性が高いため、細胞質に蓄積することで神経変性や神経細胞死へと至るような負の作用が生じます。それでは神経細胞は、これらの問題を回避するためにどのような工夫をしているのでしょうか?今回ご紹介する論文では、神経細胞とグリア細胞の一種、アストロサイトの間での代謝的共役により、神経活動亢進時に生じる過酸化脂肪酸の毒性から神経細胞を保護する巧妙な仕組みが報告されています。
論文著者(以下、著者)らは先ず、培養海馬ニューロンをグルタミン酸受容体のアゴニストの一種、NMDAで処理して興奮させると、細胞内の過酸化脂質が増えることを示しています。また、これに伴いオートファジーマーカーLC3の上昇も見とめられます。したがって、過酸化脂質がオートファジーにより分解されることで、そのままでは脂肪酸が細胞質に蓄積することが想定されます。上述の通り、非神経細胞では脂肪滴に脂肪酸を取り込むことで細胞質中の脂肪酸の蓄積を防ぎます。しかし本論文においても、NMDA刺激されたニューロンでは、脂肪滴は有意に増加するものの増加幅は小さく、しかも神経細胞ではミトコンドリアにおける脂肪酸の代謝も少ないため、残りの脂肪酸がどのように処理されるのかが問題となります。
そこで著者らは、神経細胞内で処理されない脂肪酸は細胞外に放出され、周囲の他の細胞、すなわちアストロサイトにより処理されるのではないかと考えます。この仮説を検証するため、赤色色素でラベルした脂肪酸、Red-C12を用いて、脂肪酸の移動を観察しました。先ずニューロンにRed-C12を取り込ませ、Red-C12を含まないアストロサイトと共培養します。この時、ニューロンとアストロサイトはパラフィン薄膜で隔てられており接触していないのですが、ニューロンに取り込ませたRed-C12の多くがアストロサイトに移動しているのが観察されました。この時、アストロサイトでは脂肪滴の増加も見られます。引き続き、著者らは、リポタンパク質ApoEを構成成分とする脂質顆粒に含まれた脂肪酸が、エンドサイトーシスによりアストロサイトに取り込まれることを示しています。また、生きているラットの大脳皮質に外傷(stroke)モデルによる酸化ストレスを導入し、in
vivoでもニューロンからアストロサイトへの脂質の移動が起こることを示しています。さらに、外傷モデルではニューロンもアストロサイトも酸化ストレスを受けるため、アデノ随伴ウィルス(AAV)を用いてニューロン選択的に化学物質の受容体を発現させることで、化学刺激によりニューロン選択的に活動を亢進させた場合でも、同様にアストロサイトへの脂質の移動が見られることを示しました。
最後に、培養アストロサイトの系において、NMDA刺激による脂肪滴の減少、脂肪酸の代謝の増加、および酸化ストレス・脂質代謝関連遺伝子(sod1,
sod3など)発現の上昇が見られることを報告しています。(注 近年、アストロサイトに於けるNMDA型グルタミン酸受容体の発現が報告されており、著者らは活動が亢進したニューロンから放出されたグルタミン酸がアストロサイトのNMDA受容体を活性化すると考えています。)
以上が著者らの主張に沿った論文の概要になりますが、個人的には、神経活動亢進によるニューロン中の過酸化脂質の増加と同期して、アストロサイトによる脂質顆粒の取り込み及び脂肪酸代謝が亢進する点が興味深く感じられます。一方、この論文中での神経活動の亢進は全て薬理学的刺激によるものであり、実際に、どの程度の神経活動によりこのような現象が誘導されるのかは定かではありません。またNMDA受容体の活性化から脂質顆粒のエンドサイトーシスや脂肪酸代謝の亢進へと至るシグナル系も示されておりません。これは個人的な推測になりますが、NMDA受容体はカルシウムイオンを透過させるイオンチャネルなので、細胞内カルシウムイオンの上昇が関与しているのかもしれません。
以上、今回ご紹介した論文では、老化に関することは直接取り上げておりませんが、過酸化脂肪酸の蓄積が神経変性などの病態に関与すること、加齢個体においては様々な酸化脂質の蓄積が見られることから紹介させていただきました。
(文責:柿澤
昌)
PDF (98KB)
海外文献紹介2019年5月号
The Major Risk Factors for Alzheimer's Disease: Age, Sex,
and Genes Modulate the Microglia Response to Aβ Plaques.
Carlo Sala Frigerio,
et al.
Cell Rep.
27: 1293-1306.e6 (2019)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31018141
2013年にTREM2のレアバリアントがアルツハイマー病(AD)の発症リスク因子として同定されて以来、ミクログリアの機能や神経炎症にフォーカスした研究が大きなブームとなっています。今回ご紹介する論文もAD病態に伴うミクログリアの質的変化に関するものですが、AD主病変である老人斑を構成するbアミロイド蛋白質(Ab)のみならず、老化や性別との関係についても興味深いデータが報告されていましたので、取り上げさせていただきました。
近年の研究により、ミクログリアは発現する遺伝子のパターン等により、恒常型と反応型の2種類に大きく分別されることが明らかとなってきました。今回筆者らはまず、野生型マウスとアミロイド前駆体蛋白質(APP)の過剰発現を伴わずに老人斑を再現するAPPノックインマウス(APP
KIマウス)の大脳皮質と海馬からそれぞれセルソーティングによってミクログリアを単離し、発現している遺伝子のパターンによって恒常型(homeostatic
1 microglia; H1Mとhomeostatic
2 microglia; H2Mの2グループ)、MHC
class IIなどの炎症関連因子を高発現する反応型のうち、脳内コレステロール輸送を担いAD発症リスク因子でもあるアポリポ蛋白質E(ApoE)を高発現するactivated
response microglia(ARMs)とApoE発現レベルの低いtransiting
response microglia(TRMs)、インターフェロン反応性因子を高発現するinterferon
response microglia(IRMs)、DNA修復系因子やクロマチン修飾因子などを高発現するcycling/proliferating
microglia(CPMs)の6種類に分別することができることを明らかにしました。そこで、これらミクログリアの存在数が老化や老人斑病理によってどのように変化するかを検索したところ、野生型とAPP
KIマウスを問わず恒常型ミクログリアは老化とともに減少傾向にあり、特にH2Mと分類されたミクログリアの減少はAPP
KIマウスでの減少が著しいことから、Abの蓄積や病変形成によってより影響を受けることが明らかとなりました。一方、反応型ミクログリアであるARMs、TRMs、IRMsはいずれも老化に伴い上昇傾向にありますが、こちらもARMsのみがAPP
KIマウスで爆発的に上昇傾向にあり、Ab病理との強い相関性が示唆されました。ここで面白いのは、大脳皮質や海馬といった脳領域によってミクログリアの老化に伴う反応性に変化が見られなかったことです。逆に、オスとメスを比較した場合、APP
KIマウスにおけるARMsの増加(=反応性の上昇)はメスの方がより早期から生じているという結果が明らかになりました。
続いて、ARMsにおける各種遺伝子の変化をより詳細に検討したところ、ApoEを初めとするADの発症リスク因子に大きな変化が見られることが判明しました。ApoEはゲノムワイド関連解析などの技術が発達する以前からAD発症のリスク因子として良く知られており、ApoE4をヘテロで持つと老年期におけるAD発症リスクが約5倍上昇し、ホモの場合は約13倍まで跳ね上がることが知られています。ApoEの主な機能はコレステロール輸送であることが知られていますが、脳内では主にアストロサイトで発現していることが知られていました。そこで筆者らは、ApoEが発現している細胞種の変化に着目して検索を進めたところ、野生型マウスではApoEを発現するミクログリアはあまり確認されなかった一方、APP
KIマウスでは老人斑の周囲に集簇したミクログリアにおいて非常に強いApoEの発現が認められることがわかり、しかもその発現量は老人斑との距離が近いほど高いという空間的な相関性を有しておりました。そこで、ApoEがミクログリアの機能にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするため、ApoEノックアウトマウスをバックグラウンドに持つAPP/PS1トランスジェニックマウス(APP
KIマウスではないのが残念ですが、間に合わなかったか?)の脳を検索したところ、老人斑周囲へのミクログリアの集簇が低下し、反応性そのものも低下していることが判明しました。これらの結果から、ApoEは従来指摘されてきたコレステロール輸送やAbとの結合性に加え、ミクログリアの反応性にも関与することでAD発症リスクに関与している可能性が指摘されました。
本論文について個人的に面白いと感じたのは、やはりメスのマウスでミクログリアの反応がより早期から生じているという結果です。統計学的にAD発症率は女性の方が高く、その理由はこれまで不明でしたが(単に男性よりも長生きだからという意見もありますが)、もしミクログリアを中心とする脳内炎症の反応性が関与している可能性も考えられます。業界内では有名な話なのですが、APPトランスジェニックマウスはたいてい、メスの方がオスよりも病変形成が激しいことが知られています。残念ながら筆者らはあまり深い考察をしていないのですが、今後はこういった性差に関しても基礎老化研究が進んでいけば、これまで見えてこなかった新しい事実が判明するかもしれません。
(文責:木村展之)
PDF (172KB)
海外文献紹介2019年4月号
CD22 blockade restores homeostatic microglial phagocytosis
in ageing brains.
John V. Pluvinage et al.
Nature.
568: 187-192
(2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30944478
ミクログリアは、タンパク質の凝集体や細胞のデブリスを貪食することによって中枢神経系のホメオスタシスを維持しています。加齢や神経変性疾患などで認知機能が低下すると、このクリアランス能力は衰えることが知られています。しかしながら、ミクログリアの機能低下のメカニズムやこれを防ぐにはどうしたらよいかなどは、まだ明らかになっていません。そこで筆者らは、CRISPER-Cas9
ノックアウト解析とRNAシークエンス解析を組み合わせて、加齢に関連するミクログリア貪食能の制御因子を探索しました。
制御因子として同定されたCD22は、シアル酸を含む糖鎖に結合するレクチン(シグレック)として知られています。「シグレック」は、主として免疫系の細胞に発現し、シアル酸を認識することによってシグナル伝達を引き起こす「シアル酸受容体」です。アルツハイマー病では、シグレックのひとつであるCD33の発現が増加することにより、ミクログリアによるアミロイドβのクリアランスが抑制されるなど、発現変化がミクログリアの貪食能に影響を与えることも報告されています。筆者らは、ミクログリアにおけるCD22の発現が加齢によって増加すること、またCD22をノックアウトするとミクログリアの貪食能が回復することを明らかにし、CD22が加齢によるミクログリアの貪食能低下の制御因子であることを突き止めました。
次に筆者らは、ミクログリアにおけるCD22のシグナリングパートナーを探索したところ、CMAS(シアル酸の合成に関与する酵素)が強く相関するタンパク質としてヒットしました。そこで、CMASをノックアウトしたミクログリアの貪食能を調べたところ貪食能が増加し、CD22の貪食能抑制にシアル酸が関与している可能性が示唆されました。また、糖鎖のシアル酸の結合様式はα2,3-結合とα2,6-結合が存在するため、それぞれの合成糖ポリマーを用いてCMASのノックアウト細胞の貪食能に及ぼす影響を調べたところ、α2,6-結合のシアル酸を持つポリマーでは貪食能が抑制されましたが、α2,3-結合のシアル酸では効果はありませんでした。以上より、CD22はα2,6-結合のシアル酸を介して貪食能を抑制することが明らかになりました。
さらにCD22を阻害したりノックアウトすることによって、老齢マウスの脳でミエリンデブリス、アミロイドβオリゴマー、α-シヌクレイン線維などのクリアランスが促進され、認知機能の改善も認められました。これらの知見から、シグレックCD22を中心とした加齢に伴うミクログリアの機能障害のメカニズムが明らかになり、老化脳におけるホメオスタシス回復への光明がみえてきました。
(文責:三浦ゆり)
PDF (143KB)
海外文献紹介2019年3月号
Time-Restricted Feeding Prevents Obesity and Metabolic
Syndrome in Mice Lacking a Circadian Clock.
Amandine Chaix et al.
Cell Metabolism 28: 303-319 (2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30174302
食餌制限による寿命延伸効果は、多くの研究者によって明らかにされていますが、近年、時間制限摂食(Time-restricted
feeding)にも注目が集まっています。概日時計を破壊したマウスでは、肥満などの代謝異常を示すことから、代謝調節において概日時計は重要な役割を持つことが考えられてきました。しかし、時計遺伝子の変異体では、摂食パターンに障害が見られるため、これらの変異体における代謝異常が、時計遺伝子が破壊されたことによる直接的な影響なのか、摂食パターンの障害による二次的な影響なのかについては明らかにされていませんでした。本論文では、時間制限摂食によって摂食パターンを修正することで、時計遺伝子の変異体においても代謝異常を防ぐことができることを示しています。
筆者らは、異なる3系統の時計遺伝子ノックアウトマウス(Cry1;Cry2
double KO、Liver-specific
Rev-erb-α and -β
double KO、Liver-specific
Bmal1 KO
)を用いて、高脂肪食に24時間アクセス可能なグループ(自由摂食)と夜間の10時間のみアクセス可能なグループ(時間制限摂食)に分けて実験を行なっています。その結果、時間制限摂食のグループでは、摂食量や運動量は自由摂食グループと変化がないにも関わらず、時計遺伝子の変異体においても野生型と同様に、高脂肪食による体重の増加が見られませんでした。また、時間制限摂食によって、全身および肝臓での脂肪の蓄積が抑制されていました。そして、トランスクリプトーム解析、メタボローム解析の結果、遺伝子型に関わらず、時間制限摂食によって肝臓でのストレス応答関連遺伝子群の発現が上昇していることがわかりました。さらに、時計遺伝子変異体で消失していた、AMPKやmTORなどの栄養感知シグナルパスウェイの日内変動のリズムが、時間制限摂食によって改善されることがわかりました。以上の結果から、時間制限摂食による代謝異常抑制効果は、概日時計非依存的なものであることがわかりました。これらの成果は、概日時計の機能が減弱することが知られている高齢者や、夜勤勤務者などにおいても、時間制限摂食が有効である可能性を示しています。しかしながら、本文中でも述べられている様に、本研究では老齢個体を用いた実験は行なっていないため、老齢個体においても時間制限摂食による効果があるのかどうか、さらなる研究が期待されます。
(文責:赤木一考)
PDF (127KB)
海外文献紹介2019年2月号
Exercise-linked FNDC5/irisin rescues synaptic plasticity and
memory defects in Alzheimer’s models.
Mychael V. Lourenco
et al.
Nat. Med.
25: 165-175 (2019).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30617325
運動介入による脳機能向上の効果が多くの報告で認められております。一方で、認知症やアルツハイマー病(AD)を対象とした研究では、介入時期や負荷強度など様々な運動介入による脳機能への効果の違いについて論じられ、明確な結論には至っておりません。そのため両者の因果関係を明らかにするような、分子レベルからの解析が近年必要とされております。今回紹介する論文では、運動とAD改善を繋ぐ因子としてホルモンirisinに着目し、irisinの新しいAD治療薬としての可能性が示されております。
運動により分泌が誘導されるirisinは、骨格筋に発現する膜タンパク質FNDC5が切断されることで生成されるマイオカインであり、これまで褐色脂肪細胞の成長、熱産生を促進することが知られてきました。本論文は、骨格筋だけでなくFNDC5が海馬や大脳皮質にも発現しirisinを分泌していることを見出し、脳内FNDC5/irisinの機能とADとの関連性を疑ったことから始まります。
実際にAD海馬と脳脊髄液中においてFNDC5
/ irisinのレベルは減少しており、またFNDC5
/ irisinをマウス脳内でノックダウンさせるとシナプス伝達の長期増強が減弱し、新規物体認識記憶の低下が見られました。反対にFNDC5
/ irisinを脳内で過剰発現させると低下していたADモデルマウスのシナプス可塑性が回復し、正常な認知学習行動が観察されました。さらに運動刺激により誘導される末梢性FNDC5
/ irisinのADに対する効果の検討が行われました。運動したADモデルマウスの末梢性FNDC5
/ irisinを阻害すると、運動介入により得られる脳機能向上効果が無効化されました。以上の結果からFNDC5
/ irisinを介した運動介入によるAD改善効果が示唆されました。今後は、さらなるFNDC5
/ irisinのADに対する分子メカニズムが解明され、創薬化に繋がるような研究を期待したいと思いました。
(文責:多田敬典)
PDF (131KB)
海外文献紹介2019年1月号
Functional aspects of meningeal lymphatics in ageing and
Alzheimer’s disease.
「加齢およびアルツハイマー病における髄膜リンパ管の機能的側面」
Sandro Da Mesquita
et al.
Nature.
560: 185-191
(2018).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30046111
リンパ管には間質液中の水分やタンパク質・老廃物などを血液循環に戻すという重要な役割があります。脳組織で生じた代謝産物は脳脊髄液を介して血液循環に排導されますが、これまでのところ、脳実質中には体の他の部位で認められるようなリンパ組織は見つかっておりません。近年、脳周囲に位置する髄膜(ただし、脳実質ではない)のリンパ管が、脳脊髄液の排出経路として寄与することが報告され、髄膜リンパ管の役割について注目されているようです。今月は、頭蓋内の髄膜リンパ管が脳脊髄液の排出を介して認知機能の維持に重要な役割を担うことを報告した論文を紹介させていただきます。
まず本論文で著者らは、マウスの髄膜リンパ管にレーザー照射または外科的に結紮してリンパ管を傷害すると、脳脊髄液の流動が低下すること、恐怖記憶や空間学習・記憶が障害されることを示しました。続いて、老齢マウス(20-24ヶ月齢)と若齢マウス(2-3ヶ月齢)を比べて髄膜リンパ管の加齢変化を検討したところ、脳脊髄液の流動およびリンパ管を介した脳脊髄液の排出は老齢マウスで低下していました。さらに老齢マウスの髄膜リンパ管は、直径が細く、分布が粗であること、そして髄膜リンパ管の新生成長因子に関わる遺伝子発現が低下していました。そこで著者らは、VEGF-C(血管内皮成長因子-C)が髄膜リンパ管の径を増大させるという著者らの先行研究を基に、AAV1ベクターでVEGF-Cを老齢マウスに発現させたところ、脳脊髄液の排出が増加し、空間記憶学習が向上することを明らかにしました。さらにVEGF-Cをハイドロゲルに添加して、経頭蓋的に作用させても類似の効果が認められました。著者らはさらにアルツハイマー病(AD)における髄膜リンパ管の変化について検討したところ、脳脊髄液の排出は、3ヶ月齢のADモデルマウスと同腹野生型マウスとで違いはないものの、ADモデルマウスの髄膜リンパ管を傷害すると、脳内のAβタンパクの蓄積が増悪し、マクロファージの浸潤が増加することを見出しました。
本論文では、頭蓋内の髄膜リンパ管に着目して研究が展開されておりますが、脳脊髄液は、嗅神経鞘や硬膜-脊髄神経根の移行部からリンパ管を介して排導されることも知られております。同論文で報告されている加齢・病態時の変化が、頭蓋以外の部位でも生じるのか興味がわきました。
(文責:渡辺信博)
PDF (139KB)
2018年12月
Nrf2 Deficiency Exacerbates Obesity-Induced Oxidative
Stress, Neurovascular Dysfunction, Blood–Brain Barrier
Disruption, Neuroinflammation, Amyloidogenic Gene
Expression, and Cognitive Decline in Mice, Mimicking the
Aging Phenotype.
Tarantini S et al.
J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 73: 853-863 (2018).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29905772
カロリー制限(CR)が寿命延長効果をもたらすことは有名だが,その一方で肥満が老化を促進するか否かはCRに比べるとエビデンスが少ない。本論文で筆者らは肥満と老化に関し,脳内の微小循環系におけるNrf2経路の重要性を指摘している。実験では3月齢から5か月間高脂肪食を投与したNrf2ノックアウト(KO)マウスを用いて,GPx,Catalase,PeroxiredoxinなどをqPCRとWesternで調べ酸化ストレスの亢進,更には海馬領内で脳内微小血管の安定性保持に寄与するマーカーの変動からの血液脳関門の破たん,IL-1beta等の炎症性マーカーの産生亢進からミクログリアの活性化を明らかとした。更に興味深いことに,高脂肪食投与Nrf2
KO
マウスでは,海馬領内でAPPの発現が増加し,Aβやtauopathyに関連するシグナルの遺伝子発現も大きく変動していた。海馬CA1領域ではLTPも減弱していたことから,加齢に伴うNrf2欠乏は,脳内微小循環系の傷害を介して,血管性痴呆やアルツハイマー病の病因となる可能性があり,肥満はこれらの促進要因となるだろうとしている。自身も運動不足で腹回りが気になりだしている。そろそろ一念発起してダイエットを始めようかと思わせる内容であった。
(文責:福井浩二)
PDF (119KB)
2018年11月
De novo NAD+ synthesis enhances mitochondrial
function and improves health.
Katsyuba E et al.
Nature. 562: 354-359 (2018).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30356218
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7241241
トリプトファンの異化代謝経路の中間代謝産物2-アミノ-3-カルボキシムコン酸セミアルデヒド(ACMS)から生じるキノリン酸のNAD+
de novo合成に着目した論文です。筆者らは、アミノカルボキシムコン酸セミアルデヒドデカルボキシラーゼ(α-amino-β-carboxymuconate-ε-semialdehide
decarboxylase: ACMSD)を阻害することで、ACMSの分解を抑え、非酵素的閉環反応によるキノリン酸を増大させることで、NAD+のde
novo合成を促進することの生体(線虫・細胞・マウス個体レベル)への効果を検証しています。国内では、ACMSDに着目したトリプトファン-ナイアシン(NAD+)代謝系は日本栄養・食糧学会の学術誌であるJ.
Nutr. Sci. Vitaminol.に報告があり(H.
Sanada et al., 1980)、その研究分野の第一人者であられた真田宏夫先生(元千葉大学教授・当時国立栄養研究所)が筆頭著者になられています。
当論文では、線虫C.
elegansとマウスをもちいて、ACMSDの阻害効果を検証しています。線虫では、ウリジン一リン酸(UMP)合成酵素がキノリン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ(QPRT)活性を担い、キノリン酸とホスホリボシル二リン酸(PRPP)からニコチン酸モノヌクレオチド(NaMN)を合成し、NAD+サイクルに入ります。これまで、老化研究分野ではNAD+サイクルを対象とした研究報告が多かった中、今回はNAD+のde
novo合成に焦点を当てた報告となっています。水溶性ビタミンのナイアシンでは余剰分は排泄され毒性はないが、キノリン酸では神経毒性が確認されるため、健康物質としての研究対象とは挙げられなかったと考えられます。初版投稿から丁度1年の校正期間を掛けて受理されていることから、隅から隅に至るまで入念な検討が行われた論文になっています(研究期間だけでなく研究費も莫大なものであったと想定されます)。
線虫およびマウス・ヒト細胞株をもちいて、線虫ACSD(哺乳動物ACMSD)のRNAi効果は、トリプトファン濃度依存的に生体内NAD+(細胞質NAD+)を増加させ、線虫Sir-2.1(哺乳動物Sirt1)を介したミトコンドリア活性(ミトコンドリア量・核コードOXPHOSタンパク質量・酸素消費量・ATP量)・抗酸化活性(線虫DAF-16,
SOD-3/MnSOD/
哺乳動物FOXO,
SOD2/MnSOD)・UPR活性(ミトコンドリアミスフォールディングタンパク質分解系,
線虫Hsp-6,
哺乳動物mtHsp70)を亢進することを報告しています。また、肝臓の初代培養細胞では、中性脂肪蓄積による脂肪症や高脂肪酸蓄積による細胞死を軽減すると報告しています。
哺乳動物では、腎臓で最も高い転写を示し、次いで肝臓・脳で、脳では腎臓と比較して1/1,300、肝臓と比べて1/30程度となっているようです。そこで、筆者らはキノリン酸蓄積の神経障害が生じないことを確認した上で、初代肝細胞培養系、HK-2腎培養細胞系およびマウス個体を用いたACMSD阻害剤(肝臓標的薬TES-991,
腎臓標的薬TS-1025)の効果を検証しています。その結果、培養細胞系ではRNAi効果と同様の結果が得られたが、若齢で健康なマウス個体ではニコチン酸の減少に伴うNAD+量の増大のみ確認され、その他の効果は得られなかったと報告しています。そこで、ACMSD阻害剤の効果の検証対象を疾患モデルへと変更しています。肝臓を対象とした試験では、NAFLDあるいはNASHモデルにおいてTES-991の効果、腎臓を対象とした試験では、急性腎不全モデルにおいてTES-1025の効果を検証しています。これらの疾患モデルに対して、ACMSD阻害剤はそれらの症状を軽減し、予防効果および改善効果も期待できると報告しています。
以上の結果から、筆者らは肝臓や腎臓の疾患におけるACMSD阻害剤の薬効を期待するとしています。また、今回検証できたACMSD阻害剤によるNAD+の増加に伴うSIRT1活性の長期的効果に依存した生理機能改善を期待するとしています。最後に、当該結果・考察を踏まえ、加齢に伴うACMSD活性の変化、および高齢でのACMSD阻害効果を検証する今後の研究展開に期待を馳せつつ、本論文紹介を終えさせていただきます。最後までお読みいただき有難うございました。
(文責:石井恭正)
PDF (157KB)
2018年10月
The UK Biobank resource with deep phenotyping and genomic
data.
Bycroft, C., Freeman, C., Petkova, D.,
et al.
Nature. 562: 203-209
(2018).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30305743
本論文はイギリスのバイオバンクで開始されたコホート研究の紹介である。コホート研究では通常ある地域に住む集団の住人に対し、あらかじめ設定した調査項目について長期に渡り定点観測する。疾患発症前の生体情報が得られるので、たとえばある疾患関連因子の発症との因果関係がわかることや、対象集団を母集団とみなして罹患率を計算できることが、症例対照(ケースコントロール)研究との違いである。
このプロジェクトの素晴らしいところはまずその人数である。英国全域から40〜69歳の、これから成人病や認知症に罹患するリスクが高まるという年代の参加者が50万人という前例のない規模で登録して、ゲノム解析(80万のSNP解析)をはじめとする様々な検査を受けている。これは、ある個人に対して最適な医療を提供しようとするプレシジョン医療を実現するには、まず多様なゲノムとその表現型(身体的特徴と機能)、ライフスタイルを可能な限り詳述した上で、それらを個人の追跡調査から得られる生体情報・医療情報と結びつける必要があるからである。そこから疾患のリスクを高める遺伝的構成がどのようなものか、それはどれくらいリスクを高めるのか、またその遺伝的構成に対して処方されるべき有効で副作用の少ない治療薬や投与量、予防に有効な生活習慣はなにかといった、プレシジョン医療に必要となる情報を蓄積するわけである。その情報精度は参加者の人数に依存するから多いほど望ましい。
そしてこのプロジェクトのもう一つの素晴らしいところは、得られたジェノタイピングデータ、医療情報などすべてのデータがはじめから、オープンアクセスであるという点である。通常、このような研究では研究成果は論文発表まで公開されず、またされたとしてもその一部であることが多い。UKバイオバンクは2012年からデータのオープンアクセス化を図っているが、これによりすでに投稿中も含めると600以上もの論文が先行研究のデータをもとに執筆されているとのことであり、今回の研究で、今後その数は一層増えることになる。
この論文はあくまで本コホート研究の紹介であり、その成果の報告はこれからである。たとえばこのコホートの一部(それでも1万人)は脳画像の検査も受けていて、脳の構造と機能に対する遺伝的影響が、本論文に続く論文で示されているが、今後の追跡調査により、それがさらに認知症をはじめとする神経変性疾患と関連づけられるに違いない。検査項目には握力や骨密度も含まれているから、いずれサルコペニアや骨粗鬆症の遺伝的素因も明らかになり、そこからモデル動物でのエビデンス取りが始まるだろう。まさに老化の基盤研究である。
(文責:下田修義)
PDF (122KB)
2018年9月
Combined adult neurogenesis and BDNF mimic exercise effects
on cognition in an Alzheimer's mouse model.
Choi, S. H., Bylykbashi, E., Chatila, Z. K.,
et al.
Science 361, eaan8821 (2018).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30190379
Alzforum:
https://www.alzforum.org/news/research-news/exercise-pill-pharmacological-mimics-boost-cognition-lazy-mice
参考文献1:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10195220
参考文献2:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29679070
さて、今回もALZFORUMで取り上げられていた最新論文を紹介させていただきます。基本的に、生後成熟した脳組織において神経細胞は分裂増殖しないと考えられていますが、海馬苔状線維などの一部領域では神経細胞の新生が報告されています(=adult
neurogenesis)。Adult
neurogenesisはWnt-3の発現とシグナル伝達によって促進されることが知られていますが、近年では適度な運動によってもadult
neurogenesisが促進されるという報告が寄せられています(文献1&
2, van Praag H, et al., Nat Neurosci 1999; Toda T,
et al., Mol Psychiatry 2018)。
今回、Choiらはアルツハイマー病(AD)の遺伝子改変モデルマウス(5xADマウス:家族性ADに由来する遺伝子変異部位を複数有するamyloid
precursor proteinとpresenilin-1のdouble
transgenic mouse)を用いて、adult
neurogenesisによる神経細胞の保護効果について興味深い成果を発表しました。Choiらは過去にマウスを用いたドラッグスクリーニングによって、P7C3というadult
neurogenesisを促進する薬剤を同定しています。そこで、上述した5xADマウスにP7C3の投与とレンチウイルスベクターによるWnt-3の脳内遺伝子導入を行ったうえで、運動負荷(ケージ内への回転車設置)の有無による脳神経系への保護効果を検証しました。その結果、薬剤投与と遺伝子導入によってadult
neurogenesisは有意に促進されたものの、老人斑病理の軽減や認知機能の改善は見られないという結果が得られました。一方、運動負荷を与えた実験群ではadult
neurogenesisの促進のみならず、神経栄養因子であるbrain-derived
neurotrophic factor(BDNF)や、IL-6(炎症性サイトカイン)、FNDC5(白色脂肪細胞の褐色脂肪細胞化に関わるホルモン)の発現上昇が確認され、老人斑病変の軽減と認知機能の改善が見られました。次に、adult
neurogenesisを促進したマウスにBDNF、IL-6、FNDC5をそれぞれ追加で遺伝子導入したところ、運動負荷による認知機能改善効果はBDNFによるものである可能性が高いと示唆されました。
運動による認知機能改善効果については既に様々な報告がありますが、現実問題として、高齢者の運動機能は高くなく、過度な運動量の負荷がかえって健康を損ねる可能性もあります。そこで筆者らは、BDNFの発現上昇を誘導する薬剤の投与で運動の代替に出来ないかと考え、adult
neurogenesisを促進したマウスにAICARという薬剤を投与してその効果を検討しました。その結果、老人斑病理の軽減こそ認められなかったものの、運動負荷を与えたマウスと同様に認知機能の改善が確認されたため、薬剤によるBDNFの発現誘導は高齢者にとって運動効果と同等の認知機能保護効果が期待できることが示唆されました。一方、運動負荷による老人斑病理軽減のメカニズムについては謎が残りますが、認知機能の改善と老人斑病理の軽減が必ずしも相関しなかったことから、老人斑病理は必ずしも臨床病態を反映するマーカーではないとも筆者らは指摘しています。
今回の論文で最も重要なポイントは、運動しなければ神経新生を誘導しても認知機能は改善しないという点です。前回の海外文献紹介ではApoE4というコレステロール輸送関連蛋白質に注目した論文を紹介いたしましたが、やはり全身性の代謝変動が脳神経系の機能維持に重要であることは疑いようがないと考えます。今後はより一層、代謝研究と神経変性疾患研究のリンクが重要になってくるのではないかと考えます。
(文責:木村展之)
PDF (144KB)
2018年8月
A Zombie LIF Gene in Elephants Is Upregulated by TP53 to
Induce Apoptosis in Response to DNA Damage.
「象ではゾンビのように蘇ったLIF遺伝子がDNA損傷によるp53により活性化され細胞死を誘導する」
Vazquez, J. M., Sulak, M., Chigurupati, S., & Lynch, V. J.
Cell Reports 24: 1756-1776, 2018.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30110634
発癌は細胞分裂による複製ストレスが要因と仮定すると、細胞数が多いと分裂回数が多くなり、大型動物は発癌リスクが高いと考えられる。しかし癌の発生率と体のサイズに相関がなく、Petoのパラドックスと呼ばれている。象などの大型動物は人間にはない特別な抗癌メカニズムを持つことが推定されている。人間は体重60
kgで細胞数が37兆個と推定されているので、象の体重は6,000
kgで人間の100倍なので、単純に細胞数は3,700兆個と推定される。ちなみにマウスの細胞数は、80億個と算定されていて、体重30
gとすると桁は合致している。
著者等は、象を含む近蹄類の遺伝子を詳細に調べ、象の細胞には癌抑制因子として働けるLeukemia
inhibitory factor (LIF)遺伝子が特徴的に多コピー存在していることを明らかにした。特に配列情報から偽遺伝子と推測された細胞質型LIF6が実際に機能的に発現し、DNA損傷薬に対する細胞死の感受性が高いことを明らかにした。象細胞は、DNA損傷応答メディエーターであるp53によってLIF6が活性化され、DNAが損傷した細胞に細胞死を引き起こすと結論している。またLIF6を他の動物種細胞に導入しても象細胞と同じようにDNA損傷薬に対する細胞死が高まること、また細胞死はカスパーゼ阻害で抑制できることも実証している。象はLIF6を甦らせることでDNA損傷を受けた細胞を積極的に細胞死させ、大きな体の恒常性を維持していると考えられる。
進化の過程で、象は他の動物とは異なる固有の抗癌システムを構築したことが示唆され、老化細胞も同じようなシステムで制御しているかなど、興味の尽きない論文であった。
(文責:清水孝彦)
PDF (104KB)
2018年7月
Senolytics improve physical function and increase lifespan
in old age.
Xu, M., Pirtskhalava, T., Farr, J.N.,
et al.
Nature Medicine 55: 1-15, 2018.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29988130
今回紹介させていただく論文は、今年2月に愛知県大府市で開催された13th
International Symposium on Geriatrics and Gerontology (ISGG)でも講演された、Mayo
ClinicのJames
L. Kirkland博士らのお仕事です。
近年、多くの研究者らによって、加齢に伴い複数の臓器で老化細胞が蓄積することが明らかにされ、そこから分泌されるSASP
(senescence associated secretory phenotype)が慢性炎症を引き起こすことが報告されています。また、トランスジェニックマウスを用いて、遺伝学的に老化細胞を除去することによって、組織恒常性の維持や寿命延伸が可能であることが明らかにされてきました。さらに、本論文でも述べられている様に、ヒトへの応用を見据えて、薬学的に老化細胞を除去することができるsenolytic薬が開発され、その効果が複数のグループから報告されています。しかしながら、老化細胞そのものによって老化様の症状を引き起こすのかという点と、senolytic薬による老化細胞の除去が老化の症状を改善させるのかという点については不明でした。
まず筆者らは、6ヶ月齢の若いマウス、17ヶ月齢の比較的老齢なマウス、8ヶ月齢
+
高脂肪食負荷のマウスそれぞれに老化細胞をインジェクションし、身体機能の変化について観察しました。その結果、コントロールと比較して歩行スピードや筋力が優位に低下することがわかりました。さらに、その影響は老齢個体や高脂肪食負荷個体で、より顕著に現れることがわかりました。また、注射した老化細胞が正常細胞の細胞老化を促進させることがわかりました。このことが、一度の老化細胞の注射が長期に渡って全身性の影響を及ぼす原因だと筆者らは考察しています。次に筆者らは、senolytic薬のdasatinibとquercetin
(D + Q)が肥満患者由来の脂肪組織における老化細胞除去およびSASPの減少に働くことを確認しています。そして、マウスへのD
+ Q投与によって、前述の老化細胞インジェクションで観察された歩行スピードおよび筋力の低下を予防できることを示しました。最後に筆者らは、すでに老化したマウス(24-27ヶ月齢)にD
+ Qを断続的に投与することで、投与後の寿命が中間値で36%延伸したと報告しています。本論文の結果だけを見ると、D
+ Qは夢の薬という印象を受けますが、D
+ Qの副作用に関する論文も報告されているため、今後のさらなる解析と現在進行中の臨床試験の結果に期待したいところです。
(文責:赤木一考)
PDF (118KB)
2018年6月
The Gut Microbiota Mediates the Anti-Seizure Effects of the
Ketogenic Diet.
「てんかんに対するケトン食の効果は、腸内細菌叢に依存する」
Olson CA, Vuong HE, Yano JM, Liang QY, Nusbaum DJ, Hsiao EY.
Cell 173(7): 1728-1741.e13, 2018.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29804833
今回紹介させていただく論文は、今月のCell誌に掲載されたUCLAのElaine
Hsiaoの研究チームによる“てんかんに対するケトン食の効果と腸内細菌叢の構成変化との機能的関連性”を示した内容についてです。Hsiaoらはこれまでも腸内細菌叢の異常と自閉症病態メカニズムとの因果関係について報告しており(Hsiao
et al., Cell, 2013)、腸と脳の相互関係について大変興味深い研究を展開しております。
これまで低炭水化物、高脂肪のケトン食は、既存の抗てんかん薬に反応性を示さない難治性てんかんに対して、効果的な治療法とされてきました。しかしながら、その作用機序は十分に明らかとされてきませんでした。本論文で筆者らは、特定の腸内細菌群がケトン食摂取によるけいれん症状の抑制に関与していると考え、それを証明するためにケトン食を摂取させた抗生物質処置マウスと無菌飼育マウスを用いて、けいれん症状への影響を検討いたしました。また、けいれん症状に影響を及ぼす腸内細菌として、ケトン食摂取により構成割合が増えるAkkermansia
muciniphilaとParabacteroidesを同定しました。実際、これら腸内細菌を投与された通常食摂取マウスでは、ケトン食摂取と同様にけいれん症状の改善が見られました。さらに結腸内腔、血清および海馬のメタボローム解析を行った結果、全身性のgamma-glutamylated
amino acidsの低下、また海馬領域でのグルタミン酸に対する抑制性神経伝達物質GABA量の上昇が認められ、けいれん症状との高い相関性を示しました。以上の結果より、ケトン食に誘導される腸内細菌叢の変化がてんかん症状改善につながることが推察されました。近年ケトン食は、認知機能や生命予後の改善に影響を及ぼすなど注目を浴びております(Newman
et al., Cell
Metabolism, 2017)。本論文を読み、さらなる食環境や腸と脳機能との包括的な研究が加齢研究領域において必要であると強く感じました。
(文責:多田敬典)
PDF (120KB)
2018年5月
Dietary salt promotes neurovascular and cognitive
dysfunction through a gut-initiated TH17 response.
「食塩は腸内TH17細胞の応答を通じて神経血管および認知機能低下を助長する」
Giuseppe Faraco, David Brea, Lidia Garcia-Bonilla, et al.
Nat. Neurosci. 21(2): 240-249, 2018
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29335605
厄除けなどのために盛り塩をしたり、スイカに塩を振ったり、日本の文化に「塩」は欠かせないものですが、食塩摂取による健康への影響については、議論があるところのようです。今月は、過剰な食塩摂取がどのように脳機能に悪影響を及ぼすのかを示した研究論文の紹介をさせていただきます。
著者らはマウスに高食塩食(4%または8%NaCl)を与え、脳血流測定や行動試験等を実施しました。対照群(0.5%NaCl)と比較し、高食塩食を給餌した群では、給餌開始8週の時点で安静時の大脳皮質血流が低いことが示されました。さらに、高食塩食群では大脳皮質へのアセチルコリン投与で生じる脳血流増加が減弱していることに加え、アセチルコリン投与で生じる脳血管内皮からのNO産生が消失していることが明らかにされました。行動試験においては、対照群は馴染みのある物体よりも新規物体に接触している時間の方が長い(新規物体認識試験)のに対し、高食塩食群(給餌開始12週の時点)ではいずれの物体とも同程度接触するなど、認知機能の低下が示唆されました。これらの結果より、高食塩食摂取により血管内皮機能が障害されることで、脳血流量が低下し、認知機能が障害されることが推察されます。
続いて著者らは、高食塩食がTH17
細胞(ヘルパーT細胞のサブセット。IL-17を産生する)の分化を促進させることや自己免疫に対する脳の感受性を上昇させることを報告した先行研究をもとに、高食塩食の作用機序としてIL-17やTH17細胞の関与を検討しました。その結果、IL-17a欠損マウスやIL-17中和抗体を投与したマウスにおいては、高食塩食給餌による脳血管および認知機能に影響が認められないことより、高食塩食摂取の影響は、IL-17により引き起こされることが明らかにされました。さらに、高食塩食群で小腸におけるTH17細胞数が顕著に多く、血漿IL-17レベルも高いことが示されました。IL-17と脳血管機能低下との関係を検討したところ、IL-17により誘発される内皮型NO合成酵素のリン酸化およびアセチルコリンによるNO産生減少がRhoキナーゼ阻害薬により防がれること、さらにRhoキナーゼ阻害薬は高食塩食で生じる脳血管および認知機能への影響を阻害することが示されました。
以上の結果より、食塩の過剰摂取により生じる脳血管および認知機能低下は、小腸内でTH17細胞の増殖が誘導されて血中IL-17レベルが上昇した結果、脳血管におけるRhoキナーゼが活性化し、血管内皮NOの産生が減少することにより引き起こされると結論づけられました。なお本論文においては、高食塩食を摂取してもマウスの血圧に影響しないことより、脳血管・認知機能への影響が血圧異常によるものでない点も興味深く感じました。暑くなるこれからの季節、熱中症予防の観点からも適切に塩分・水分を摂取したいと思いました。
(文責:渡辺信博)
PDF (114KB)
2018年4月
Effects of 2 years of caloric restriction on
oxidative status assessed by urinary F2-isoprostanes: The
CALERIE 2 randomized clinical trial.
Il’yasova D, et al.
Aging Cell, 2018 Apr, 17(2). doi: 10.1111/acel.12719.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29424490
カロリー制限(CR)には寿命延長効果があり,様々な疾病の発症リスクを下げることが知られている.老化に対するCR
効果のメカニズムの一つとして,酸化ストレスの軽減が提唱されている.げっ歯類でのCR
研究は多くのエビデンスがあるが,長期のヒトにおけるCR
実施時での酸化ストレスの関与・変動に関する報告は少ない.そこで筆者らは,ヒトにおける2
年間の25%CR実施時の酸化ストレスの変動を報告している.肥満や糖尿病時に増加する尿中のF2-isoprostanes(iPS)量を測定した結果,CRを実施した人(143
人)の尿中iPF2α 濃度は,開始12 か月後に開始前と比較して17%有意に低下,非CR 群とでは8
倍以上もの差があったことを明らかとした.更にその値は体重変化とも類似していた.しかし,CR 実施12 と24
か月後とでは有意差は無かった.本研究では,非肥満者でもCR 実施によりiPF2α
値の有意な低下が示された.筆者らはこの理由として,血漿中のleptin 値の正の相関と,insulin
感受性での負の相関を指摘している.更に,この実験ではマルチビタミンとカルシウムのサプリメントも長期服用していることから,CR
実施時には抗酸化物質を摂取し,酸化ストレスを軽減することが重要だとしている.
(文責:福井浩二)
PDF (107KB)
2018年3月
Rev1 contributes to proper mitochondrial function
via the PARP-NAD+-SIRT1-PGC1α axis.
NB Fakouri et al.
Sci Rep. 7, 12480, (2017).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28970491
DNA損傷修復が誘導されることで起こるDNA複製(障害)ストレスが、ミトコンドリアエネルギー代謝を変化させることを報告したものです。データ内容と考察に若干の乏しさを感じましたので、誠に恐縮でございますが末尾に小生の考察も加えさせて頂きました。ご一読いただけましたら幸いです。
当論文では、損傷乗り越え型DNA 合成酵素Rev1 の欠損により、PARP1 依存性のDNA損傷修復が誘導されDNA 複製ストレス状態となったMEF 細胞株およびマウス肝組織をもちいています。MEF細胞と肝組織とでは部分的に異なる表現型が確認され、さらに雌雄差があったと報告しています。本論文では、その機序については全く検証しておらず、議論されておりませんでした。本論文紹介記事では、DNA複製ストレスによるエネルギー代謝変動をより単純に議論する上で、ある程度十分な解析結果が示されていたMEF
細胞株の結果に焦点を当て紹介させて頂きます。
先ず、Rev1が核およびミトコンドリアに局在していることを確認した上で、Agilent Technologies(旧Seahouse Bioscience)社製の細胞外フラックスアナライザーによる酸素消費量解析を実施しています。一般的な結果表記と異なり、プロトン漏出量や非ミトコンドリア呼吸量が示されておらず、信憑性に欠けますが、筆者らはRev1欠損細胞では基礎呼吸量は高くなり、ATP産生に依存した酸素消費量(ATP産生量)は上がったと報告しています。一方で、電子伝達活性のみに依存した酸素消費量変化(予備呼吸量)は下がったと報告しています。同時に、Rev1欠損細胞株ではミトコンドリア膜電位とROS 産生量が増加したと報告しています。また、ATP産生量は増加した一方で、細胞内ATP 存在量が低下していたことから、Rev1欠損細胞株では、ATP消費量が増加しているのだろうと考察しています。
次に、一細胞当たり(核膜タンパク質LaminB1 にて補正)の電子伝達鎖複合体I(NDUFB8), II(SDHB), III(UQCRC2), IV(MTCO1)およびATP合成酵素(ATP5A)の構成タンパク質存在量をウェスタンブロット法により解析しています。その結果、ATP合成酵素に有意な変化は見られないが、電子伝達鎖複合体I, II, IIIは有意に増加したと報告しています。この結果は、電子伝達活性のみに依存した酸素消費量(予備呼吸量)が減少したことと矛盾しているように思われます。
さらに、電子顕微鏡により細長く断片化したミトコンドリア形態を観察し、ウェスタンブロット法によりミトコンドリアの分裂を促すリン酸化DRP1(Ser616)が穏やかに増加していることを確認しています。これに伴い、自食作用の最終段階で生成されるLC3BIIタンパク質量が増加していたことから、断片化したミトコンドリアがミトファジー(ミトコンドリア自食作用)の標的となっているだろうと考察しています。しかしながら、さらなる酸化ストレス刺激によるミトファジーの促進は誘導されなかったと報告しています。これは、AMPK活性が誘導されないことが原因であったと、ウェスタンブロット法によるリン酸化AMPK(Thr172)の定量結果から考察しています。
最後に、Rev1 欠損によるDNA損傷修復誘導とミトコンドリアエネルギー代謝変動を併せて考察するため、NAD+代謝に着目し、ウェスタンブロット法による解析をおこなっています。先ず、NAD+を消費するPARP1存在量がRev1 欠損細胞株で増加していることを確認し、細胞内NAD+の減少と共にSirt1-PGC1a存在量が低下していることを確認しています。さらに、ATP 存在量およびSirt1-LKB1-AMPK活性の低下によりAkt-mTOR シグナルが活性化し、SOD2転写活性が低下することで、より酸化ストレス感受性を呈したと考察しています。
以上の結果から、当論文の著者らは、Rev1 欠損細胞では「PARP1 依存性DNA 損傷修復の誘導→DNA複製ストレスの惹起→NAD+存在量の低下→Sirt1-AMPK,PGC1a活性の低下→ミトコンドリアエネルギー代謝の変動(低下?)・ストレス感受性の増加・自食作用(ミトファジー)の低下」が起きていると述べています。
以上が、当論文著者らの結語になります。本論文紹介記事では、筆者の勝手で(^^ゞ更に考察を追加させて頂きたいと思います。著者らは、AMPアナログであるAICARを投与すると、基礎呼吸量やATP 産生に依存した酸素消費量(ATP産生量)は変化しないが、電子伝達活性のみに依存した酸素消費量変化(予備呼吸量)の変化(Rev1欠損細胞では減少・コントロール細胞では増加)が増大すると報告しています。当論文で触れているSirt1・AMPK・PGC1a活性の低下では説明できないミトコンドリアエネルギー代謝活性および調節機構が存在することを意味しています。さらに著者らは、Rev1欠損細胞株は呼吸鎖(特にフラボタンパク質)依存性の酸化剤として知られるメナジオンに対し高感受性を示すこと、および電子伝達系複合体Iの阻害剤ロテノンの投与によりリン酸化DRP1(Ser616)を増加させ、ミトコンドリアの断片化を著しく促進することを示しています。すなわち、Rev1欠損細胞株は複合体I とII の阻害剤に対して著しく高い感受性を呈すことを報告しています。
これらの結果を踏まえ、「ミトコンドリアエネルギー代謝の低下あるいはその障害」と単純に表記した結論は相応しくないことを指摘しておきたいと思います。最近、ミトコンドリア電子伝達系には脂肪酸代謝を中心にde novo 合成やNAD+産生を促進するReverse electron transport(複合体II-I電子伝達鎖)が存在していることが報告されており、当論文ではこれらのエネルギー代謝を検証すべきであったことを指摘させて頂き、本論文紹介記事を終了させて頂きたいと思います。最後までお読みいただき有難うございました。
(文責:石井恭正)
PDF (160KB)
2018年2月
Aging and neurodegenreration are associated with
increased mutations in single human neurons.
Lodato MA, Rodin RE, Bohrson CL
et al.
Science. 2018 Feb 2;359(6375):555-559.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29217584
筆者が半年前に紹介した文献は、組織における老化の特性の一つが個々の細胞間での転写のばらつき(偏差)が大きくなることにあることを示したが、今回取り上げた文献はその体細胞突然変異版である。
今回の研究では様々な年齢の健常者の脳(前頭前野と海馬)に加え、コケイン症候群および色素性乾皮症というDNA
修復遺伝子の異常により神経変性を早期に発症する患者の脳から神経細胞を分離し、計161
個もの単一成熟神経細胞について全ゲノムシーケンスを行い、体細胞突然変、具体的には体細胞一塩基バリアント(以下、バリアント)の出現数や変異シグネチャー(特性)を解析した(なお、以前より日本人類遺伝学会は、バリアントの訳を「変異体」から「多様体」に変更するように提唱している)。
その結果、以下の3
点が明らかになった。一つ目は、バリアントは歳とともに増えるのだが、その増え方はリニアであること。このことは、DNA
修復系のフィデリティは生涯を通じて一定であることを意味している。二つ目は同じ年代の健常者で、海馬歯状回の方が前頭前野より2
倍ほどバリアントが多く検出されたこと。これは細胞のタイプでバリアント発生率が異なることを示唆している。三つ目は上記神経変性疾患の前頭前野においてはバリアントが健常者と比較して2.3~2.5
倍多く見つかるということ。これはそれら疾患の原因遺伝子がDNA 修復異常にあるとすれば想定通りであった。
バリアントの特性を見ると、やはり他の生物種でもそうであるが、シトシンの脱アミノ化によると推定されるC→Tへのバリアントが多かった。また健常者の前頭前野で見られたバリアントはコーディングのエキソンによく見つかり、さらにそのなかでも転写読み取り鎖の方にバイアスが見られ、また神経機能に関与する遺伝子にエンリッチしていたということである。これらの結果は転写がDNA
変異の主要な原因の一つであることを、つまり個体が生きていく上でバリアントの発生からは逃れられないことを示唆している。
以上の結果に基づく彼らのモデルによると、80 歳前後の健常高齢者では2,000
の神経細胞あたり一つにおいて、有害なバリアントをホモに持つ遺伝子が一つ存在する計算になるらしい。そしてこの頻度は10
歳前後のコケイン症候群、および20
歳前後の色素性乾皮症の神経細胞で見られたノックアウト遺伝子頻度と同程度であることから、歳をとった神経細胞は若い神経変性患者のそれと同程度のダメージを受けているかもしれないとしている。そして、これらの結果は、DNA
変異と老化の関連という古典的な仮説に一致するとまとめている。
加齢に伴うバリアントの生成率およびその特性について本研究が明らかにしたこれらの情報は今後のさまざまな老年医学のレファレンスとなり得る非常に貴重なものであると筆者は考える。その一方、コケイン症候群や色素性乾皮症を早期老化症とみなし、健常高齢者と比較する議論には違和感を覚える。それらの疾患はDNA
修復系に関わる遺伝子の変異が原因となるが、それらの産物は基本転写因子複合体の中に含まれる。したがって発症が、DNA
修復ではなく転写の機能低下による可能性もあり、両者を比較することの妥当性はまだ得られていないからである。ともあれ、このような加齢に伴う生体内分子の変化の詳細な記載こそが老化研究の礎であり、最先端のテクノロジーを活用してその研究が行われ、またそれが高く評価されるということで、さすが米国はサイエンスの本場と感じた。
(文責:下田修義)
PDF (130KB)
2018年1月
ApoE4 Accelerates Early Seeding of Amyloid
Pathology.
Liu CC, Zhao N, Fu Y, Wang N, Linares C, Tsai CW, Bu G.
Neuron. 2017 Dec 6;96(5):1024-1032.e3.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29216449
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25675436
アルツハイマー病(AD)を主とする神経変性疾患研究のニュースサイトであるALZFORUM
に掲載されていたので御存知の方も多いと思いますが、孤発性AD の最も強力なリスク因子であるApolipoprotein
E(ApoE)に関する興味深い論文が、昨年12 月立て続けに発表されました。ApoE
は脳内でのコレステロール輸送に不可欠なリポ蛋白質ですが、ヒトにはɛ2(ApoE2)、ɛ3(ApoE3)、およびɛ4(ApoE4)という3つの対立遺伝子が存在します。大部分の方はApoE3
を保有しているのですが、ɛ3/ ɛ3を基準とした場合にɛ3/ ɛ4 は約3 倍、そしてɛ4/ ɛ4 は何と約15
倍にもAD 発症リスクが高まることが知られています。逆に、ɛ2 を保有しているとAD
発症リスクが低下することもよく知られており、以前から多くの研究者がApoE
に注目した研究活動を続けてきました。とりわけ、ApoE
がコレステロール輸送に重要な働きをすることから、脂質代謝との関係性が指摘されてきたのですが、その詳細なメカニズムは依然として不明な点が多いことも事実です。
今回、Liu らは遺伝子改変マウスを用いてApoE に関する興味深い成果を発表しました。AD
患者の大脳皮質では老人斑と呼ばれるβ アミロイド蛋白(Aβ)の凝集・沈着病変が多数確認され、Aβ の蓄積がAD
発症の鍵を握ると考えられています。そこで、Liu らは脳内でAβ を過剰産生する遺伝子改変マウスとヒト型ApoE
のノックインマウスを交配させたところ、ApoE4 を有するマウスはApoE3
に比べて老人斑の形成がより早期から始まるが、最終的に形成された老人斑の大きさや量には変化がないという事を発見しました。つまり、ApoE4
はAβ 病理の形成を加速化するが、かといって重篤化には繋がらないということです。
近年のAD
研究領域では、遺伝的リスクのみならず環境的(後天的)リスクにも大きな注目が集まっており、中でⅡ型糖尿病に大きな関心が寄せられています。特に、AD
モデルマウスにⅡ型糖尿病を誘導してやると、Aβ
病理の形成速度のみならずTau2のリン酸化も亢進することが数多く報告されており、私自身もⅡ型糖尿病を自然発症したカニクイザルを用いて同様の現象を確認しています(Okabayashi
et al., 2015)。ここで重要なのは、ApoE4 もⅡ型糖尿病も、Aβ
病理の形成を加速化するということです。Ⅱ型糖尿病は糖代謝のみならず脂質代謝の異常をも引き起こすことが知られており、AD
患者の脳内ではコレステロール量が健常人に比べて大きく変化しているという報告が存在します。このことから、老化に伴うAD
発症のリスクを握っているのはAβ そのものではなく、Aβ
の病的変化を加速化する脂質代謝にこそあるのかもしれません。このところ、パーキンソン病の研究領域では腸内細菌と粘膜免疫に熱い注目が寄せられていますが、AD
もまた全身性代謝の変化と深くつながっているのではないでしょうか。今後は、脳だけではなく全身性の変化を視野に入れて研究活動を進めていく必要性がますます増加していくように思われます。
(文責:木村展之)
PDF (110KB)
2017年12月
ApoE4 Accelerates Early Seeding of Amyloid Pathology.
Liu CC, Zhao N, Fu Y, Wang N, Linares C, Tsai CW, Bu G.
Neuron. 2017 Dec 6;96(5):1024-1032.e3.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29216449
アルツハイマー病(AD)を主とする神経変性疾患研究のニュースサイトであるALZFORUMに掲載されていたので御存知の方も多いと思いますが、孤発性ADの最も強力なリスク因子であるApolipoprotein
E(ApoE)に関する興味深い論文が、昨年12月立て続けに発表されました。ApoEは脳内でのコレステロール輸送に不可欠なリポ蛋白質ですが、ヒトにはɛ2(ApoE2)、ɛ3(ApoE3)、およびɛ4(ApoE4)という3つの対立遺伝子が存在します。大部分の方はApoE3を保有しているのですが、ɛ3/
ɛ3を基準とした場合にɛ3/
ɛ4は約3倍、そしてɛ4/
ɛ4は何と約15倍にもAD発症リスクが高まることが知られています。逆に、ɛ2を保有しているとAD発症リスクが低下することもよく知られており、以前から多くの研究者がApoEに注目した研究活動を続けてきました。とりわけ、ApoEがコレステロール輸送に重要な働きをすることから、脂質代謝との関係性が指摘されてきたのですが、その詳細なメカニズムは依然として不明な点が多いことも事実です。
今回、Liuらは遺伝子改変マウスを用いてApoEに関する興味深い成果を発表しました。AD患者の大脳皮質では老人斑と呼ばれるβアミロイド蛋白(Aβ)の凝集・沈着病変が多数確認され、Aβの蓄積がAD発症の鍵を握ると考えられています。そこで、Liuらは脳内でAβを過剰産生する遺伝子改変マウスとヒト型ApoEのノックインマウスを交配させたところ、ApoE4を有するマウスはApoE3に比べて老人斑の形成がより早期から始まるが、最終的に形成された老人斑の大きさや量には変化がないという事を発見しました。つまり、ApoE4はAβ病理の形成を加速化するが、かといって重篤化には繋がらないということです。
近年のAD研究領域では、遺伝的リスクのみならず環境的(後天的)リスクにも大きな注目が集まっており、中でⅡ型糖尿病に大きな関心が寄せられています。特に、ADモデルマウスにⅡ型糖尿病を誘導してやると、Aβ病理の形成速度のみならずTauのリン酸化も亢進することが数多く報告されており、私自身もⅡ型糖尿病を自然発症したカニクイザルを用いて同様の現象を確認しています(Okabayashi
et al., 2015)。ここで重要なのは、ApoE4もⅡ型糖尿病も、Aβ病理の形成を加速化するということです。Ⅱ型糖尿病は糖代謝のみならず脂質代謝の異常をも引き起こすことが知られており、AD患者の脳内ではコレステロール量が健常人に比べて大きく変化しているという報告が存在します。このことから、老化に伴うAD発症のリスクを握っているのはAβそのものではなく、Aβの病的変化を加速化する脂質代謝にこそあるのかもしれません。このところ、パーキンソン病の研究領域では腸内細菌と粘膜免疫に熱い注目が寄せられていますが、ADもまた全身性代謝の変化と深くつながっているのではないでしょうか。今後は、脳だけではなく全身性の変化を視野に入れて研究活動を進めていく必要性がますます増加していくように思われます。
(文責:木村展之)
2017年11月
“Inflammasome-driven
catecholamine catabolism in macrophases blunts lipolysis
during ageing”
「マクロファージにおけるインフラマソーム駆動性のカテコールアミンの異化作用は、老化に伴い脂肪分解を減弱させる」
Christina D. Camell, Jil Sander, Olga Spadaro et al.
Nature. 550: 119-123, 2017
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28953873
カテコールアミンはアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンの総称で、交感神経の終末や副腎髄質から分泌されます。カテコールアミンの作用として、心拍出量を増大させたり血糖値を上昇させたりするほか、脂肪組織に作用すると脂肪分解を促進して、血中の遊離脂肪酸を増加させます。これまでに加齢とともに脂肪分解能が低下することは知られていましたが、その詳細は明らかにされていませんでした。今月は、カテコールアミンによる脂肪分解作用が老化で減弱するしくみに、脂肪組織中のマクロファージのカテコールアミン異化作用の促進が関わることを示した文献を紹介させていただきたいと思います。
著者らはまず、若齢および老齢マウスの内臓脂肪組織を用いて3つの実験を行いました。実験1では、トリグリセリド加水分解関連遺伝子(Hsl,
Atgl)の発現を調べました。その結果、老齢マウスではこれらの遺伝子発現が検出されませんでしたが、ノルアドレナリンを投与した老齢個体では、若齢個体と同程度の発現が認められました。すなわち、老齢個体においても脂肪分解に関わるカテコールアミンシグナルは正常であることを示します。実験2では、老齢個体の内臓脂肪中のマクロファージとノルアドレナリンを投与した若齢個体の白色脂肪組織を共培養し、遊離脂肪酸量の変化を調べました。その結果、それらの組み合わせでは遊離脂肪酸量は変化しませんでしたが、逆に若齢個体のマクロファージと老齢個体の脂肪組織という組み合わせでは増加しました。この結果は、老齢個体の内臓脂肪中のマクロファージの機能が変化していることを示唆します。実験3では、内臓脂肪中のマクロファージのwhole
transcriptome解析を行いました。その結果、数あるカテコールアミン代謝調節遺伝子のうち、老齢個体ではより多くの遺伝子が内臓脂肪組織中のマクロファージで発現していることが明らかにされました。さらに、カテコールアミンなどの分解酵素であるモノアミン酸化酵素Aがタンパクレベルで増加していることが示されました。これら3つの実験により、老化による脂肪分解の低下と内臓脂肪マクロファージのカテコールアミン異化作用の促進との関連が示されました。
続いて著者らは、内臓脂肪のマクロファージにおけるNOD様受容体のシグナル伝達経路およびCasp1の活性化が老化と関連することがRNA配列解析で明らかになったことを基に、脂肪分解に対するNLRP3インフラマソーム(NOD様受容体などから構成されるサイトゾルのタンパク質複合体。炎症やアポトーシスに関与する)活性化の影響を検討しました。その結果、LPSおよびATP添加によりインフラマソームが活性化したマクロファージは、内臓脂肪からのグリセロール遊離を抑制することを示しました。さらに、老齢の野生型マウスでは絶食時でも脂肪分解が起こらないのが、老齢のNLRP3ノックアウトマウスでは脂肪分解が生じることを示しました。これらの結果により、NLRP3インフラマソームがカテコールアミンによる脂肪分解作用に対する老化の影響を調節することを示唆しました。
最後に、著者らは脂質生成を調節するGDF-3(増殖分化因子-3)遺伝子に着目して実験を行いました。その結果、GDF-3遺伝子は老齢個体で顕著に増加すること、老齢のNLRP3ノックアウトマウスでは若齢個体と同程度のレベルまで減少することを明らかにしました。さらに、老齢の野生型マウスと比べて老齢のGDF-3ノックアウトマウスでは、グリセロール放出が増加していること、さらにはモノアミン酸化酵素Aの発現が抑制されていることが示されました。
以上の実験結果より、内臓脂肪中のマクロファージにおいて、NLRP3インフラマソームが活性化→GDF3およびモノアミン酸化酵素Aの増加→ノルアドレナリンの分解促進が生じるために、カテコールアミンによる脂肪分解が老化で減弱することが示されました。一般に加齢と共に内臓機能は低下しますが、内臓脂肪以外にも内臓機能の加齢変化にマクロファージなどの免疫細胞が関わるのかどうか、興味深く感じました。
(文責:渡辺信博)
2017年10月
Aging-related oxidative stress: Positive effect of memory
training
Pesce M, Tatangelo R, La Fretta l, Rizzuto A, Campagna G,
Turli C, Ferrone A, Franceschelli S, Speranza L, Patruno A,
Ballerini P, De Lutiis MA, Felaco M, Grilli A
Neuroscience, 2017, Oct 5. doi:
10.1016/j.neuroscience.2017.09.046.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28987510
加齢に伴う認識機能の低下には生体内の抗酸化システムが関与している。本研究で筆者らは60歳以上の健常な男女におけるMemory
Training前後における認識機能(Global
cognitive functionはMini
Mental State Examination*にて、短期記憶や長期記憶はRey
Auditory Verbal Learning Test**にて測定、)の各スコアと、血漿中の酸化度(d-ROMsテストにより代謝産物であるROOHを測定。)と抗酸化力(BAPテストによりFe3+からFe2+への還元力を測定。)を測定した。29人の健常者が6か月間にわたりトレーニングを行った結果、開始前と比較して認識機能を示すスコアは改善したが、この際、血漿中のd-ROMs値は有意に減少して負の相関を、逆にBAP値は上昇して正の相関を示した。一方、トレーニングを行わなかった対照群の23名では6か月の間での2回の測定においていずれの値においても変化はなかった。このことから、筆者らはMemory
Trainingが生体内のレドックスバランスを良好に保つ(酸化ストレスに対する抵抗性が上がる)可能性を報告している。ただそのメカニズムには、HPA軸由来の酸化ストレスの関与を仮説として挙げているが実際のデータを筆者らは保有していないため、今後の継続課題としている。
*今年は何年ですか?ここは何県ですか?などと見識、計算、言語、図形に関する質問により点数化する認知症の診断法。
**聴覚言語学習検査。会話の内容に対する記憶を検査することでエピソード記憶に問題があるかが診断できる。
(文責 福井浩二)
2017年9月
A conserved NAD+ binding pocket that regulates
protein-protein interactions during aging
Li et al., Science 355, 1312-1317 (2017).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28336669
今回は、David
Sinclairグループが本年3月Scienceに発表したNAD+結合タンパク質DBC1によるPARP1活性調節について紹介させて頂きます。NAD+は補酵素として、SIRTsやPARPsの活性調節を担っています。皆さん、既に十分ご存知かと思いますが、今井先生と慶應大学が実施しているNMNの老化制御臨床試験はNADサイクルを介したNAD+の補酵素効果を期待するものです。今回の報告は、NAD+の補酵素としての働きではなく、NAD+がNAD+結合ドメインNudix
homology domains(NHDs)を持ったタンパク質DBC1に結合し、DNA損傷修復活性を持つPARP1タンパク質との相互作用を阻害し、PARP1の負の活性制御を不活化しているといった報告です。また、今まで補酵素としての役割しか注目されてこなかったビタミン小分子(ナイアシン)の新たな役割(レドックス制御)を報告するものにもなっています。
詳しくは、先ず著者らは、hydrolase活性を有しないNHDを有したタンパク質DBC1が
PARP1と相互作用すること、およびNAD+のみがこの相互作用を阻害することを確認しています。また、DBC1_NHD内のQ391をもつαヘリックス構造がNAD+の結合に重要であることを確認しています。さらに、DBC1ノックダウンやDBC1_Q391A変異を導入した際に、PARP1標的遺伝子発現量が亢進すること、およびDNA損傷修復(NHEJやHR)機構が亢進し酸化ストレスによるDNA損傷が改善されていることを確認しています。最後に、老化との関連を示すために、加齢依存的なNAD+減少に伴うPARP1活性の低下やDNA損傷マーカーγH2AXの増加が、NMN投与によるNAD+増加と共に改善することを確認しています。これまで、NMN投与では補酵素としての効果しか期待できずに、その効果に疑問がもたれていました。しかしながら、今回NAD+がタンパク質間相互作用を直接制御することで、その活性制御を担っていると解り、生体への影響および老化への効果がより分子生物学的に解明されていくであろうと期待されます。さらに、酸化型