編集委員会からのお知らせ

海外文献紹介2022年11月号

A non-canonical vitamin K cycle is a potent ferroptosis suppressor.

Eikan Mishima, et al.
Nature. 608: 778-783 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35922516/

 著者らは本論文の前報にて、フェロトーシス抑制タンパク質(FSP1; ferroptosis suppressor protein 1)がNADH-ユビキノン(CoQ10)酸化還元(NADH-ubiquinone reductase)活性を有し、脂質過酸化反応により生じる過酸化脂質(LOOH)を還元するGPX4(selenium-dependent glutathione peroxidase-4)に独立してはたらいて、生成するユビキノール(CoQ10-H2)の脂質ラジカル(ペルオキシラジカル(LOO·)、アルコキシラジカル(LO·))還元作用(FSP1-ubiquinone pathway)を介して、フェロトーシス(鉄または過酸化脂質誘導性の細胞死)を抑制すると報告している(Nature. 575: 693-698, 2019)。本論文は、FSP1がビタミンK(VK;フィロキノン・メナキノン)も基質として作用することを報告したものである。また脂溶性ビタミンのうち、ビタミンE(VE;αTOH)が脂質過酸化反応の抗酸化剤としての代表格であるが、今回の報告ではVKもその作用を十分に発揮することを精巧な生化学実験下で証明している。
 著者らは、まずVK(フィロキノン・メナキノン・メナジオン)のフェロトーシス抑制効果と細胞毒性について検証している。GPX4欠損あるいはGPX4阻害剤を投与しフェロトーシスを誘導した線維芽細胞・がん細胞、およびグルタミン酸毒性を誘導した神経細胞をもちいて、フェロトーシスを抑制することを確認している。この際、メナキノンが最も強い効果を示すこと、メナジオンはフェロトーシス抑制効果が低いこと、フェロトーシス非特異的な細胞死抑制効果や細胞毒性を生じることを報告し、側鎖の重要性を考察している。さらに、肝臓特異的GPX4欠損マウスおよび肝臓・腎臓虚血再灌流モデルでのメナキノンの組織細胞保護効果を明らかにしている。
 次に、フェロトーシスを抑制するVKの脂質ラジカル除去作用(直接的な還元効果)を検証するため、FSP1依存的な還元型ビタミンK(VKH2)生成とその効果を、リコンビナントFSP1、クマリン色素VK類似体を合成・精査し、さらにSTY-BODIPY(スチレン蛍光色素プローブ)をもちいたFENIX(fluorescent-enabled inhibited autoxidation)assayにより、精巧な生化学的実験を実施している。
 グルタミン酸のカルボキシル化反応で補酵素となるVKは、VKOR(VK epoxide reductase)によるVKサイクル「VKH2→VKO(エポキシド)→VK(キノン型)→VKH2」下で作用する。しかし本論文では、このサイクルとは別に、FSP1がメナジオン以外で「VK→VKH2」のNADH依存的な酸化還元反応を触媒し、脂質ラジカルを還元除去するVKH2を生成することを証明している。この際、その作用はVEラジカル(αTO·)毒性にも効果を示すことが示唆されたと考察している。
 この他、VKのFSP1触媒作用を介したフェロトーシス抑制効果は、GPX4、VKORやNADH quinone oxidoreductase 1(NQO1)の触媒作用とは独立していることを、それらの欠損細胞株や阻害剤をもちいて明らかにしている。
 最後に、本論文では、FSP1触媒作用によりNADH依存的な酸化還元反応を介して産生されるVKH2の脂質ラジカル除去効果(抗酸化作用)が確証をもって示された。その効果がユビキノンを基質とする抗酸化作用よりも強く、VEラジカル毒性も還元することが示唆されたことは、脂質過酸化レドックス研究のさらなる躍進の布石となったことは言うまでもない。また、VK合成を担う腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が抗酸化作用に如何に重要となっているかを示唆する成果ともなった。今後、フェロトーシスといった一細胞死を対象とした研究ばかりでなく、本論文の一部で示されていた免疫や炎症応答への効果についての詳細な分子機構を明らかにする発展的な研究を願ってやまない。
(文責:石井恭正)

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海外文献紹介2022年10月号

Insulin signaling in the long-lived reproductive caste of ants.

Hua Yan, et al.
Science. 377: 1092-1099 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36048960/

 酵母、線虫、ハエ、マウス、キリフィッシュなどの比較的短命なモデル生物が老化研究をこれまで発展させてきた一方で、新しいモデルを用いる研究も広がりを見せています。その流れは大きく2つあるように思います。一つは近縁種に対して外れ値的に長寿となる生物種のサンプルを用いて、長生きに相関する事象を抽出する研究です。ニシオンデンザメ、ゾウ、ブラントホオヒゲコウモリ、ベイマツ、アイスランドガイ等を用いる研究が含まれます。もう一つの流れが真社会性動物を用いた研究です。ゲノム同一性が強いがカーストが明確に区別される同一空間に居住する集団内で、生殖機能が分業として与えられた王と女王がなぜ他のカーストより圧倒的に長寿になるのかを探ります。多くのハチ、カリバチ、アリ、シロアリの種やハダカデバネズミ等が用いられる研究です。ヒトを含めた真核生物の主流は繁殖と生存はトレードオフの関係でこれらとは逆の傾向があるのですが、生命が進化上で長寿を発展させてきた機構を探る上で興味深い研究対象となっています。
 今回筆者たちはアリのHarpegnathos Saltator種を使って女王の長寿の機構に迫りました。この種ではコロニーで一匹のみ存在する女王が死んだときに、ワーカーのカーストから1匹のみ新しく女王に近い状態に分化し、卵を産むなどの性質を新たに持ち得ます。その際には寿命もワーカーの平均7か月から、女王の平均4年へと移り変わります。ワーカーとワーカー由来の偽女王のRNA-seqの比較より、偽女王の脳でインスリン産生が上がることを確認しました。インスリンは多くの生物種で成長と生殖に必要とされるシグナルですが、過剰なシグナルが老化を早めることも多くの報告があります。意外なことに、過剰生産にも関わらず、偽女王の組織ではインスリン下流のうち、Akt経路が抑制されていました。説明し得る機構として、偽女王の卵巣ではlmp-L2というインスリンの機能を抑制する分泌タンパクの発現が増えていました。Imp-L2はインスリン下流のうち、Akt経路を選択的に抑制する一方で、卵産生に重要なインスリン下流とされるMAPKのレベルには影響しませんでした。一度取り除いた本物の女王をコロニーに戻すと偽女王はワーカーに再び分化し寿命も元に戻ります。この際にインスリンとImp-L2の両方が元のレベルに戻りました。以上から、インスリンのような成長や繁殖に必須だけれども老化を進めてしまうシグナルの下流の一部を特定組織で抑えることが、繁殖と寿命のトレードオフを女王が回避できているメカニズムではないかと筆者らは推定します。
 以前にはミツバチの女王の分化に重要な成分が寿命延長に寄与することは報告されました(Kamakura et al., Nature 2011)。しかしその後の研究でこの物質が他の種でのカースト分化や老化抑制に寄与するような普遍性はほぼないことがわかっています。今回の発見が他の生物にそのまま転用されることもほぼないと思われます。提唱する機構の傍証も多くは提示されていません。しかし成長や繁殖という生命に必須な機能を犠牲にしなくとも長寿化が分子機構上可能であることを示した本研究は、老化を副作用の少ない形での制御を目指すコミュニティにとって福音であり大いに勇気づける知見となることでしょう。
(文責:伊藤 孝)

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海外文献紹介2022年9月号

Distinct tau neuropathology and cellular profiles of an APOE3 Christchurch homozygote protected against autosomal dominant Alzheimer's dementia.

Diego Sepulveda-Falla, et al.
Acta Neuropathol. 144: 589-601 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35838824/

 「基礎」老化学会の海外文献紹介として病理解剖報告を紹介するのはいかがなものかというご批判もあるとは存じますが、医科学研究は臨床現場にフィードバックできてナンボというのが私の信念でもありますので、あえて今回はこの論文を紹介いたします。
 認知症研究者の方は良くご存じだと思いますが、特定遺伝子(APP, PS1, PS2)の変異を原因とする家族性アルツハイマー病は常染色体優性遺伝によって次世代へ受け継がれ、100%確実に発症します。また、発症時期も40代前後とかなり早く、早期発症型アルツハイマー病と呼ばれることもあります(注:若年性アルツハイマー病は60歳未満で発症した孤発性アルツハイマー病患者を指し、別物です)。そして、先述した特定遺伝子が全てbアミロイド蛋白質(Ab)の産生に関わる分子であることがアミロイドカスケード仮説の根拠になっています。ところが近年、家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を有しているにも関わらず40歳を過ぎても認知機能が正常に保たれている方の存在が確認され、遺伝子解析を実施したところ、アポリポ蛋白E(ApoE)に特徴的な変異を持つことが発見されました。実はこのApoEもアルツハイマー病と深く関係のある分子でして、ヒトはApoE2、E3、E4と3種類のハプロタイプを有しており、ApoE4をヘテロで持つとアルツハイマー病の発症リスクが3倍に、ホモで持つ場合は15倍に増加することが知られています。この方のApoEはE3だったのですが、他の人にはない変異(R136S)が見つかり、この変異(居住地にちなんでChristshurch変異と命名)が認知症に対する保護効果をもたらしているのではないかと考察されていました。今回ご紹介する症例報告は、この方の病理検索結果となります。
 まず臨床情報ですが、PS1E280A変異を有する方は通常40歳前後で発症するのに対し、この方は70歳まで認知機能が保たれていました。その後、72歳頃から少し認知機能に低下がみられ、75歳で軽度認知障害と診断されたようです。最終的には癌によって77歳でお亡くなりになり今回の病理解剖に至りましたが、その結果、大きく3つの興味深い事実が明らかとなりました。まず1つ目は、脳の容積自体は健常人に比べて小さいこと。そして2つ目は、老人斑と呼ばれるAb病変は大脳皮質に広く確認され、一般的なアルツハイマー病患者とほぼ同等かそれ以上であったこと。そして3つ目は、老人斑と並ぶアルツハイマー病の二大病変である神経原線維変化の形成が後頭葉に限局しており、海馬や側頭葉皮質といった領域には極めて少なかったことです。神経細胞死はさほど生じていませんので、脳容量が小さい原因は細胞死による萎縮ではなく、神経突起やシナプスの脱落に起因する可能性が高いと考えられます。逆に言えば、神経細胞さえ死ななければ何とか機能は保てるとも言えますね。そして、アルツハイマー病の実験病理学を続けてきた私にとって最もインパクトがあった事実は、Abはやはり認知症発症と相関しないという厳然たる事実だと思います。編集委員便りでも触れましたが、Abがアルツハイマー病の原因分子であることを後押しした有名な論文が捏造の疑いをかけられ、現在捜査中です。まだ結論が出ていない時点でコメントするのは時期尚早ですが、仮に論文が捏造ではなかったとしても、実際に患者さんの体で生じていることを反映できないのであれば、やはりその仮説は不十分なのではないかと個人的には感じます。一方で、神経原線維変化の大脳皮質全体への拡大が認知症発症と相関するという事実は今回もしっかり確認されましたので、ますます信憑性が高まったのではないでしょうか。また、シングルセル解析の結果、ApoE3の発現量と相関してアストロサイトの生理学的機能やミクログリアの炎症性反応が変化するという結果が得られていますので、近年大きな注目を集めているグリア細胞の変化が認知症発症に大きな影響を及ぼす可能性も大いに示唆されました。たった1例の症例報告ですのでデータとしては軽いのですが、この事実をしっかりと認識して、今後の認知症研究を正しい方向へ修正していくことが私たちには求められていると考えます。
(文責:木村展之)

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海外文献紹介2022年8月号

Somatic mutations in single human cardiomyocytes reveal age-associated DNA damage and widespread oxidative genotoxicity.

Sangita Choudhury, et al.
Nature Aging. 2: 714-725 (2022).

https://www.nature.com/articles/s43587-022-00261-5

 加齢に伴い体細胞DNAの変異が蓄積することはよく言われています。しかし、実際にヒト心筋細胞においてそのような詳細な研究はなされていませんでした。本論文では、ヒト心筋細胞におけるシングルセル全ゲノムシーケンシング(WGS)による体細胞一塩基変異(sSNVs)の特徴が報告されました。今回、心臓が生涯働き続ける中でどのような変化が生じ、どのように機能を維持しているかを知る手掛かりとなる研究をご紹介します。
 実験は、4歳以下3例・30代から60代の6例・70代から80代の3例から56個の単一心筋細胞を用いて、それぞれの核の変異を解析しました。心臓における核の多倍体化は新生児のような早い段階から生じていました。左室の心筋細胞核を単離し、DNAを増幅してWGSを行った結果、2倍体化・4倍体化どちらの心筋細胞でも加齢に伴いsSNVsが有意に増加していましたが、ゲノムサイズの違いによる有意差はありませんでした。また、加齢に伴うsSNVsの蓄積について複数種の細胞を調べたところ、変異のプロセスが細胞種により異なる可能性が示唆されました。そこで、心筋細胞、神経細胞、肝細胞、リンパ球を比較したシグネチャー解析によりその要因を調べたところ、メチル化シトシンからチミンへの脱アミノ化の異常な修復を反映するもの、酸化的DNA損傷の修復不全に関与するもの、DNAミスマッチ修復(MMR)の欠損に関与するものなど、加齢に伴い増加する3つの要因を同定しました。なかでも、心筋細胞では加齢に伴うMMRの寄与がほかの細胞より飛躍的に増加し、MMRの減少がヌクレオチド除去修復や塩基除去修復よりも影響をより強く受けたことから、心筋細胞特異的なsSNVsの蓄積はMMRに関連したものだと示唆されました。2倍体および4倍体心筋細胞における遺伝子ノックアウト(KO)の蓄積を比較した結果では、心筋細胞の大部分で有害な変異を有することが示される一方、4倍体の心筋細胞において遺伝子KOの確率が有意に低いことが示されました。このことは、4倍体心筋細胞は、加齢に伴う変異による遺伝子機能の喪失を回避するのに有効であること強く示唆していました。
 本論文において、心筋細胞や肝細胞のような代謝の活発な臓器では変異から自身を守るために多倍体化している可能性が考えられる一方、心筋細胞ではMMR経路欠損の寄与が大きいなど、変異原性プロセスの特異性を示していました。多倍体化は哺乳類の心筋細胞の特徴であることから、著者らは心筋細胞の多倍体化は急激な変異の蓄積による悪影響を軽減するメカニズムになりうると述べています。最後に、本研究は加齢心筋細胞におけるゲノム状況と変異蓄積のメカニズムをより深く理解するための基礎となるものであり、加齢に伴う心筋細胞の機能不全を軽減するための新しい治療法の開発に役立つと締めくくっています。
 このように、加齢に伴い生じる遺伝子の変異は各細胞共通した要因を示す一方で、臓器特異性が存在し、その機能と密接に関与することを示唆しています。一つ一つの細胞の変異を知ることは、大変貴重な研究です。また、心筋細胞が多倍体化によりその機能を維持するというシステムは、細胞ごとの“生きる”ことへの工夫と努力が私たち個体を生かしているのだと、個人的には感慨深い内容でした。
(文責:板倉陽子)

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海外文献紹介2022年7月号

Sestrin mediates detection of and adaptation to low-leucine diets in Drosophila.

Xin Gu, et al.
Nature. Online ahead of print. (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35859173 /

 mTORC1は、老化制御において中心的な役割をすることが多くの研究から明らかにされています。必須アミノ酸のひとつであるロイシン(leucine)は、mTORC1の活性化に重要であることが知られています。また、ロイシン結合タンパク質であるSestrinは、アミノ酸センサーとして働き、ロイシンが欠乏するとmTORC1を抑制することが哺乳類細胞を用いたin vitro系で明らかにされていました。しかし、食餌由来のロイシンに対する生体内でのSestrinの役割については不明でした。今回紹介する論文では、ショウジョウバエの遺伝学や生化学的手法を用いて、分子から行動に至るまでSestrinによるロイシンセンシングについて綺麗にアドレスしています。
 まず著者らは、Sestrinがin vivoでもロイシンセンサーとして働き、mTORC1活性を調節することを示しました。次に、Sestrin変異体では、コントロール系統に対してロイシン欠乏食での寿命が短いことから、Sestrinはロイシン欠乏を感知して寿命を調節することが示唆されました。次に、food choice assayの結果、コントロール系統ではロイシンリッチな餌を好み、そちらに多くの卵を産むことがわかりました。一方、Sestrin変異体ではその傾向が失われました。ちなみに、ロイシン欠乏食では幼虫は生存できないようです。最後に、どの組織でのSestrinがこのfood choice行動に必要なのかについて、各組織でSestrinをノックダウンして調べました。その結果、グリア細胞におけるSestrin-mTORC1 axisがロイシンセンシングとその後の産卵行動に必要であることが示唆されました。
 老化におけるSestrinの役割については、昨年頃からショウジョウバエで報告されていますので、生体内におけるロイシンの役割とともに今後も注目していきたいと考えています。
(文責:赤木一考)

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海外文献紹介2022年6月号

Brain charts for the human lifespan.

R. A. I. Bethlehem, et al.
Nature. 604: 525-533 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35388223/

 身長や体重など、身体の発達の度合いを評価する指標として広く使われているのが「成長曲線」です。成長曲線を記録することは、病気の早期発見や治療の選択肢として非常に重要な指標です。しかし、これまで、脳の正常な成長や加齢に伴う変化を数値化した「脳の成長曲線」は存在しませんでした。
 今回紹介する論文では、過去数十年間に得られたMRI画像を用いて「ブレインチャート」を作成し、生涯における脳の構造の変化とその変化率を定量化し、脳の健康状態の予測や脳疾患の早期発見の可能性を示しています。また、一般的に成長曲線は出生直後から思春期頃までを対象としていますが、本論文で作成した「ブレインチャート」は、100以上の研究から得られた受胎後115日から100歳までのヒト101,457人のMRI画像123,984枚を用いており、すべての年齢層が網羅されています。
 本論文では、作成した「ブレインチャート」に基づいて、受胎後17週以前から3歳までに脳の大きさが約70%増加するなど、この時期が脳成熟の初期成長における重要な時期であることを明らかにしました。さらに、安定性の高い縦断的な測定により、軽度認知障害からアルツハイマー病への診断移行に伴う脳の変化を評価することができ、将来的に進行性神経変性疾患の定量的な予測・診断する上で、臨床的に有用であることが示されました。このように、「ブレインチャート」を用いて脳の変化を予測し、脳疾患の早期発見につながる可能性が示されるなど、今後、データベースのさらなる発展が期待されます。また、このような新しい評価指標の確立は、多くの脳疾患の早期発見につながる一方で、新しい評価指標により生じるデメリットを防ぐために、運用体制の構築も必要であると感じました。
(文責:多田敬典)

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海外文献紹介2022年5月号

Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging.
「過興奮性の覚醒回路が加齢に伴う睡眠の不安定にさせる」

Shi-Bin Li, et al.
Science. 375: eabh3021 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35201886/

 加齢に伴い増える困りごとのひとつに睡眠の問題が挙げられます。睡眠は、体内時計に加えて、睡眠・覚醒を司るしくみがうまく協調して調節されます。今月は睡眠の加齢変化のしくみの一端として、覚醒を司る神経回路の過興奮が、加齢に伴い睡眠が断片化することに関与することを示した論文を紹介します。
 著者らは、覚醒維持に重要な物質のひとつである「オレキシン(ヒポクレチン)」に着目して研究を行いました。若齢マウス(3-5か月齢)と比べて老齢マウス(18-22か月齢)では、覚醒やREM睡眠の発生回数が多いことに加えて、視床下部のオレキシンニューロンの数が約38%少ないことを示しました。一方、オレキシンニューロンの機能としては、老齢マウスにおいて明期(非活動期)にニューロンの活動がより頻繁に見られ、睡眠の持続時間と負の相関を認めました。
 残存するオレキシンニューロンが老齢マウスで過興奮を起こすしくみとして、著者らは、(1)オレキシンニューロンの静止膜電位がより脱分極状態にあること、(2)刺激に対するオレキシンニューロンの応答性が高いこと、(3)電位依存性K+チャネル(KCNQ2)の数・機能ともに低下していること、を報告しました。さらに、KCNQ2・3の刺激薬(flupirtine)を明期の初めに老齢マウスに投与すると、覚醒回数が減少するとともにnon-REM睡眠の持続時間が延長することが示されました。
 本論文では、覚醒系のひとつであるオレキシンに着目して研究が展開されていますが、睡眠を促すしくみは加齢でどのような影響を受けるのか、それらの相互作用についてさらに興味が沸いた次第です。
(文責:渡辺信博)

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海外文献紹介2022年4月号

p53 directs leader cell behavior, migration, and clearance during epithelial repair.

Kasia Kozyrska, et al.
Science. 375: eabl8876 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35143293/

 科学者ではない方々との会話の中で、「老化したくない。いつまでも美しい肌でいたい。研究で何とかしてくれ。」と言われることがあります。細胞レベルの老化である細胞老化は、いかにも老化を促進して肌の質感を害しそうな悪いイメージを連想させるかもしれませんが、実際には癌抑制機構として重要な役割を担っているだけでなく、皮膚の創傷治癒に寄与しているなど、皮膚表層を正常な状態に維持するのに貢献しています。
 表皮が物理的な損傷を受けると、最もダメージを受けた最前線の生き残った細胞の一部では、p38MAPKに依存してp53経路が活性化した「リーダー細胞」が出現します。リーダー細胞は、細胞老化の特徴である扁平な細胞形態をしており、二核形成等の特徴を有しています。リーダー細胞では、p53の活性化に伴い、下流のp21WAF1/CIP1 (p21) のサイクリン依存性キナーゼ (CDK) 阻害により、細胞周期の遅延が引き起こされ、以下に示すリーダー細胞としての生理機能に重要な役割を果たしています。リーダー細胞が出現すると、周りの「フォロワー」と呼ばれるp53の発現レベルが低い細胞群が、リーダー細胞が出現した創傷の最前線側へ協調して大移動を開始し、創傷の穴を効率的に埋めて治癒をしていきます。リーダー細胞は、フォロワー細胞が大移動する方向性を決定する道標となるわけです。一般的に生体内では、老化細胞は健全な細胞との競合に負けてクリアランスされますが、創傷治癒の場合も例外ではありません。リーダー細胞がフォロワー細胞の誘導業務を終えると、他の細胞との競合の中で淘汰されていきます。仮に、役目を終えたリーダー細胞が淘汰されずに居座り続けると、上皮特有の特徴的な構造を上手く構築することができません。つまり、リーダー細胞が出現し、役目を終えたリーダー細胞が消え去るところまでの一連の流れを終えて、はじめて完全な創傷治癒が完了するのです。
 本論文では、まずMadin-Darby canine kidney (MDCK) 上皮細胞を用いたインビトロの培養系でも、生体上皮の創傷治癒の際と同様の、自発的なリーダー細胞が出現し、それに従い動くフォロワー細胞群が観察されることを見出しました。著者らは、MMC処理によりp53が活性化された細胞が、自発的リーダーの挙動を示すことを示しました。次に、p53 KO条件下では、Mdm2阻害剤により細胞増殖を抑制しても、フォロワー細胞としてしか振舞えず、リーダー細胞の挙動は示さないことを見出しました。これらの結果は、リーダー細胞の挙動にはp53の活性化が必須であることを示しています。次に、p21 KO条件下では、p53の活性化を誘導しても、十分なリーダー細胞としての挙動を示さないことが明らかになりました。この結果は、p53の下流のp21がリーダー細胞の挙動を促進するのに重要な役割を果たしていることを示唆しています。加えて、どのような分子制御機構によりp21がリーダー細胞の挙動を補佐しているかを調べるため、著者らは、p21が持つCDK阻害活性と同様の効果を発揮するCDK阻害剤をp21 KO条件下で処理しても、リーダー細胞の挙動を示すことを明らかにしました。また、p21の下流の遺伝子であるPI3KとRac1が、リーダー細胞の挙動を制御していることも突き止めました。これらの結果は、p21がCDK阻害活性により細胞周期が遅延され、結果として下流のPI3KとRac1の発現が誘導されることが、リーダー細胞の挙動に必要である可能性を示唆しています。
 次に著者らは、上皮細胞が単層で敷き詰められたシート上で機械的な損傷を与えた時に、損傷部位の端でp53が活性化した細胞が出現するかを調べました。予想通り、機械的損傷部位の端の部分では、p53陽性細胞が出現しました。興味深いのは、p53の上流のストレス関連キナーゼであるp38経路を阻害すると、同様の実験を行ってもp53陽性細胞は出現しなかったということです。この結果は、上皮細胞が機械的な損傷を受けた条件下では、p38を介した経路でp53が活性化され、リーダー細胞の挙動が誘導されていることを示唆しています。
 続いて、p53の活性化や抑制によって、損傷した上皮の修復速度が変化するかどうかについて調べました。GSE-22の過剰発現によりp53の活性化を抑制した条件下では、フォロワー細胞の移動速度が低下しました。一方、最前線の細胞にレーザー照射を行い、DNAダメージを与えてp53を活性化した条件下では、フォロワー細胞の移動速度は上昇しました。これらの結果は、損傷の最前線でp53陽性細胞が効率よく出現することがフォロワー細胞の移動速度に影響を与えていることを示唆しています。
 最後に、役目を終えたリーダー細胞が、フォロワー細胞の移動が完了した後にどうなるのかを調べました。興味深いことに、自発的リーダー細胞の75.9%、損傷により誘導されたリーダー細胞の40%がクリアランスされました。さらに、このp53陽性細胞のクリアランスにはp21が関与しており、p21の過剰発現条件下ではフォロワー細胞の移動完了後にもリーダー細胞が除去されにくく、上皮が正常な構造を形成できないことがわかりました。
 リーダー細胞の出現によるフォロワー細胞群の協調した移動は、創傷後の上皮細胞だけでなく、心筋細胞の移動や、血管新生時の細胞の動向、転移性の癌細胞の遊走等にも関わっていることが知られていることから、様々な細胞の移動を担う普遍的な分子制御機構である可能性があります。幅広く、再生医療などへも応用されていくことを期待しています。
 ご興味がありましたら、是非ご一読願いたいと思います。
(文責:橋本理尋)

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海外文献紹介2022年3月号

Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at single-cell resolution.

Róbert Pálovics, et al.
Nature.
603: 309-314 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35236985/

 近年、機械精度の向上と情報技術の拡張により、単一細胞解析が飛躍的に進歩し、細胞老化研究において一躍脚光を浴びている。2018年Tabula Muris Consortiumによって単一細胞トランスクリプトームアトラスTabula Muris(Nature. 2018;562:367-372)が確立され、2020年には加齢臓器でのアトラスTabula Muris Senis(Mouse Ageing Cell Atlas)が確立された(Nature. 2020;583:590-595)。今回の報告は、Tabula Muris Senisを基盤にした、若齢と高齢個体間でのパラビオーシス後の単一細胞トランスクリプトーム解析(scRNA-seq)の成果である。
 著者らは、若齢(4月齢)と老齢(19月齢)マウスをもちい、それぞれ同齢個体間と異齢個体間で3種のパラビオーシスを実施した。それぞれの同月齢個体間比較で、異齢個体間パラビオーシスの若齢個体での変化を老化促進モデル(ACC:若齢間パラビオーシス個体 vs. 異齢間パラビオーシス若齢個体)と老齢個体での変化を若返りモデル(REJ:老齢間パラビオーシス個体 vs. 異齢間パラビオーシス老齢個体)とした。また、Tabula Muris Senisにある臓器組織のうち、20種(膀胱・脳・褐色脂肪・横隔膜・生殖腺脂肪・心臓・腎臓・大腸・大腿骨格筋・肝臓・肺・骨髄・腸間膜脂肪・膵臓・表皮・脾臓・皮下脂肪・胸腺・舌・気管)を対象とした。
 先ず、FACS-Smart-seq2分析により20臓器122,280細胞の遺伝子発現解析(DGE)を実施し、遺伝子発現が変化した(DEGs)細胞をACC群で49細胞種、REJ群で51細胞種、確認した。このうち肝細胞は、老化(AGE: Tabula Muris Senis control群)や老化促進(ACC群)で顕著に相似して遺伝子発現が変化しており、REJ群でそれらの遺伝子発現変化は反転回復していた。これに反して3群間の変化で矛盾するような結果も多く得られているが、その他、内臓脂肪組織の内皮細胞や脂肪組織の間葉系幹細胞(間質細胞)、さらに免疫細胞や造血幹細胞(HSC)の遺伝子発現変化では、AGE群とACC群で相似して、REJ群でこれらを回復する変化が確認された。
 このように変化した遺伝子の多くは、ミトコンドリア電子伝達系を構成するタンパク質をコードする遺伝子群であった。また、パスウェイ解析では、エネルギー代謝・免疫応答・毒物代謝で変化が確認された。内皮細胞・間質細胞・免疫細胞では、それぞれ組織間を超えて統合された遺伝子発現制御が存在していることが示唆された。
 本論文では、膨大なscRNA-seqビッグデータを機械学習アルゴリズムによって階層分析し、多くの成果は、パラビオーシスによる加齢促進または若返りの推移を予測するものとして評価できる。今後、これらの成果を過去のモデル研究の成果と結びつけた再検証データセットが実現され、真偽と機能的な側面を深堀りできること願う。最後に、勝手ではあるが、ミトコンドリア電子伝達系の遺伝子発現変化は細胞の増殖性や修復性を反映したものであり、肝臓や脂肪組織での変化は循環器等の体液成分から刺激を受けたエネルギー代謝の変動が大きく寄与したものであると考察できた。また、本論文中で、ミトコンドリア電子伝達活性を制御するmitochondrial leucyl-tRNA synthetase(Lars2)について、非分裂細胞の線虫での成果を引用し言及しているが、著者らの考察ほど単純ではないと懐疑的に捉えた。
(文責:石井恭正)

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海外文献紹介2022年2月号

Healthy aging and muscle function are positively associated with NAD+ abundance in humans.

Georges E Janssens, et al.
Nature Aging.

https://www.nature.com/articles/s43587-022-00174-3

 生物で普遍的に使用される補酵素NAD+は真核生物では加齢とともに量が減ることがヒトも含めて示されています。NAD+濃度を上げれば老化は遅延できるというアイディアがあり、モデル生物では一定の効果を挙げています。ヒトでもビタミンB3、NR(Nicotinamide riboside)、NMN(Nicotinamide mononucleotide)などNAD+前駆体を投与する臨床試験が多く行われていますが、老化に関連する機能とNAD+の強い関係は現時点では示されていません。
 今回筆者たちは若者と高齢者から採取した筋生検サンプルでメタボローム解析を行い、NAD+濃度が加齢や筋肉の機能と強い相関があることを示しました。
 20-30歳若者12人と、65-80歳高齢者40人が参加した小規模の試験で、高齢者はさらに日常の運動習慣により3群に分けました。3群は (1)強:一日13500歩数。1時間以上の運動プログラム週3回1年以上継続 (2)中:一日10000歩数 (3)弱:一日6500歩数、で分け、中のグループが若者群の運動習慣と類似しています。筋メタボローム解析137種の代謝物を定量したところ、加齢かつ運動しないことに最も連動して低下したのがNAD+でした。高齢者・運動強のグループのNAD+濃度は若者グループとほぼ同等の値を示しました。グループ間比較のみならず、個人ごとの筋肉の機能を示す各種指標(ミトコンドリア最大呼吸能等)との相関を見た際も、NAD+量は筋肉機能保持と強い相関を示しました。さらに興味深いことに、一日の歩数が多いヒトほど筋肉NAD+濃度が高いことも確認されました。
 運動がヒトで健康寿命を延ばし、筋肉でのミトコンドリア機能を上昇させることを多くの研究から支持されています。今回の論文では、ミトコンドリア代謝に強い関連があるNAD+濃度が高齢者での筋能力保持に強い相関を持つことが新たに示されました。積極的な運動習慣を取り入れた高齢者が若者に近い代謝物プロファイルを示したことはとても興味深い知見です。運動とNAD+の因果関係の実証は今後の解析を待ちますが、これまで健康に良いとされていた10000歩歩行よりも、さらにインテンシティの高い「登山家三浦雄一郎型」の積極的な運動がNAD+関連代謝を含め、加齢による変化を遅延もしくは逆行できるのか?という問いはこれを契機に実証研究が加速していく思われます。
 本論文から予想されることでもう一点興味深いのは、強度の高い運動がNAD+前駆体投与よりも健康効果が高い可能性です。NMN投与による臨床試験では、筋肉でインスリン感受性は増加しましたが、生理的な機能向上やミトコンドリア機能の改善は認めませんでした(Yoshino et al., Science 2021)。日本での小規模試験ではNMN投与で高齢者の筋能力が改善することがプレプリントで報告されています(Igarashi et al., 2021)が、普遍性の高いプロトコルの確立にはまだ時間がかかりそうです。新しい科学技術に根差したシーズは期待感が大きい一方で、健康に近道なし、日々自ら鍛え上げよ、というのが現時点のヘルシーエイジングに向けた最適解かもしれません。 (文責:伊藤孝)

(文責:伊藤孝)

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海外文献紹介2022年1月号

The exercise-induced long noncoding RNA CYTOR promotes fast-twitch myogenesis in aging.

Martin Wohlwend, et al.
Sci Transl Med.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34878822/

 これまでは自らの研究領域であるアルツハイマー病関係の文献ばかりを紹介してきたのですが、今回は身体フレイルの代表格であるサルコペニアに関する論文を選んでみました。老化に伴い進行性に骨格筋量が低下するサルコペニアは高齢者の介護要因として大きな問題となっており、超高齢化社会に突入した我が国においては迅速且つ的確な対策が必要です。
 今回紹介する論文は、運動反応性に変化するヒト骨格筋遺伝子のデータセットから同定されたCYTORというlncRNAに注目した研究成果で、培養細胞はもちろん線虫やマウスなどのモデル動物も駆使した盛りだくさんの論文です。ヒト由来データを用いて基礎研究を行い、その成果をさらにヒトでも検証する理想的な研究ではないかと感じました。
 ストーリーはシンプルかつ明快で、運動反応性に発現変化するCYTORがⅡ型筋線維の分化と維持に働くことで骨格筋量の維持に重要な働きをしているというものです。この部分の証明に培養細胞をはじめ様々なモデルを突っ込んでおり、トップジャーナルに論文を載せたいならこれくらいやらないとダメなんですねと、私のような零細研究者は心が折られそうになりますが、特に興味深かったのは、本来CYTORを持たない線虫にCYTORを発現してやると筋組織の劣化を防ぐことができたことです。生物の進化とは、こうやって新たな因子を手に入れることで脈々と行われてきたのかもしれませんね。
 また、運動によりCYTORが調節されるメカニズムについても、CYTORの発現と相関するSNPがエンハンサー領域としてCYTORのプロモーターに影響することや、クロマチン構造の解析からCYTORの上流にあるTead1との関係を示唆するデータを示しており、運動→遺伝子発現変化→骨格筋量維持の流れがイメージとしてつかみやすくなっていることも大いに評価できるのではないでしょうか。
(文責:木村展之)

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