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編集委員会からのお知らせ:2022年3月号海外文献紹介

Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at single-cell resolution.

Róbert Pálovics, et al.
Nature. 603: 309-314 (2022).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35236985/

 近年、機械精度の向上と情報技術の拡張により、単一細胞解析が飛躍的に進歩し、細胞老化研究において一躍脚光を浴びている。2018年Tabula Muris Consortiumによって単一細胞トランスクリプトームアトラスTabula Muris(Nature. 2018;562:367-372)が確立され、2020年には加齢臓器でのアトラスTabula Muris Senis(Mouse Ageing Cell Atlas)が確立された(Nature. 2020;583:590-595)。今回の報告は、Tabula Muris Senisを基盤にした、若齢と高齢個体間でのパラビオーシス後の単一細胞トランスクリプトーム解析(scRNA-seq)の成果である。
 著者らは、若齢(4月齢)と老齢(19月齢)マウスをもちい、それぞれ同齢個体間と異齢個体間で3種のパラビオーシスを実施した。それぞれの同月齢個体間比較で、異齢個体間パラビオーシスの若齢個体での変化を老化促進モデル(ACC:若齢間パラビオーシス個体 vs. 異齢間パラビオーシス若齢個体)と老齢個体での変化を若返りモデル(REJ:老齢間パラビオーシス個体 vs. 異齢間パラビオーシス老齢個体)とした。また、Tabula Muris Senisにある臓器組織のうち、20種(膀胱・脳・褐色脂肪・横隔膜・生殖腺脂肪・心臓・腎臓・大腸・大腿骨格筋・肝臓・肺・骨髄・腸間膜脂肪・膵臓・表皮・脾臓・皮下脂肪・胸腺・舌・気管)を対象とした。
 先ず、FACS-Smart-seq2分析により20臓器122,280細胞の遺伝子発現解析(DGE)を実施し、遺伝子発現が変化した(DEGs)細胞をACC群で49細胞種、REJ群で51細胞種、確認した。このうち肝細胞は、老化(AGE: Tabula Muris Senis control群)や老化促進(ACC群)で顕著に相似して遺伝子発現が変化しており、REJ群でそれらの遺伝子発現変化は反転回復していた。これに反して3群間の変化で矛盾するような結果も多く得られているが、その他、内臓脂肪組織の内皮細胞や脂肪組織の間葉系幹細胞(間質細胞)、さらに免疫細胞や造血幹細胞(HSC)の遺伝子発現変化では、AGE群とACC群で相似して、REJ群でこれらを回復する変化が確認された。
 このように変化した遺伝子の多くは、ミトコンドリア電子伝達系を構成するタンパク質をコードする遺伝子群であった。また、パスウェイ解析では、エネルギー代謝・免疫応答・毒物代謝で変化が確認された。内皮細胞・間質細胞・免疫細胞では、それぞれ組織間を超えて統合された遺伝子発現制御が存在していることが示唆された。
 本論文では、膨大なscRNA-seqビッグデータを機械学習アルゴリズムによって階層分析し、多くの成果は、パラビオーシスによる加齢促進または若返りの推移を予測するものとして評価できる。今後、これらの成果を過去のモデル研究の成果と結びつけた再検証データセットが実現され、真偽と機能的な側面を深堀りできること願う。最後に、勝手ではあるが、ミトコンドリア電子伝達系の遺伝子発現変化は細胞の増殖性や修復性を反映したものであり、肝臓や脂肪組織での変化は循環器等の体液成分から刺激を受けたエネルギー代謝の変動が大きく寄与したものであると考察できた。また、本論文中で、ミトコンドリア電子伝達活性を制御するmitochondrial leucyl-tRNA synthetase(Lars2)について、非分裂細胞の線虫での成果を引用し言及しているが、著者らの考察ほど単純ではないと懐疑的に捉えた。
(文責:石井恭正)

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