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編集委員会からのお知らせ:2022年2月号海外文献紹介

Healthy aging and muscle function are positively associated with NAD+ abundance in humans.

Georges E Janssens, et al.
Nature Aging. (2022).

https://www.nature.com/articles/s43587-022-00174-3

 生物で普遍的に使用される補酵素NAD+は真核生物では加齢とともに量が減ることがヒトも含めて示されています。NAD+濃度を上げれば老化は遅延できるというアイディアがあり、モデル生物では一定の効果を挙げています。ヒトでもビタミンB3、NR(Nicotinamide riboside)、NMN(Nicotinamide mononucleotide)などNAD+前駆体を投与する臨床試験が多く行われていますが、老化に関連する機能とNAD+の強い関係は現時点では示されていません。今回筆者たちは若者と高齢者から採取した筋生検サンプルでメタボローム解析を行い、NAD+濃度が加齢や筋肉の機能と強い相関があることを示しました。
 20-30歳若者12人と、65-80歳高齢者40人が参加した小規模の試験で、高齢者はさらに日常の運動習慣により3群に分けました。3群は (1)強:一日13500歩数。1時間以上の運動プログラム週3回1年以上継続 (2)中:一日10000歩数 (3)弱:一日6500歩数、で分け、中のグループが若者群の運動習慣と類似しています。筋メタボローム解析137種の代謝物を定量したところ、加齢かつ運動しないことに最も連動して低下したのがNAD+でした。高齢者・運動強のグループのNAD+濃度は若者グループとほぼ同等の値を示しました。グループ間比較のみならず、個人ごとの筋肉の機能を示す各種指標(ミトコンドリア最大呼吸能等)との相関を見た際も、NAD+量は筋肉機能保持と強い相関を示しました。さらに興味深いことに、一日の歩数が多いヒトほど筋肉NAD+濃度が高いことも確認されました。
 運動がヒトで健康寿命を延ばし、筋肉でのミトコンドリア機能を上昇させることを多くの研究から支持されています。今回の論文では、ミトコンドリア代謝に強い関連があるNAD+濃度が高齢者での筋能力保持に強い相関を持つことが新たに示されました。積極的な運動習慣を取り入れた高齢者が若者に近い代謝物プロファイルを示したことはとても興味深い知見です。運動とNAD+の因果関係の実証は今後の解析を待ちますが、これまで健康に良いとされていた10000歩歩行よりも、さらにインテンシティの高い「登山家三浦雄一郎型」の積極的な運動がNAD+関連代謝を含め、加齢による変化を遅延もしくは逆行できるのか?という問いはこれを契機に実証研究が加速していく思われます。
 本論文から予想されることでもう一点興味深いのは、強度の高い運動がNAD+前駆体投与よりも健康効果が高い可能性です。NMN投与による臨床試験では、筋肉でインスリン感受性は増加しましたが、生理的な機能向上やミトコンドリア機能の改善は認めませんでした(Yoshino et al., Science 2021)。日本での小規模試験ではNMN投与で高齢者の筋能力が改善することがプレプリントで報告されています(Igarashi et al., 2021)が、普遍性の高いプロトコルの確立にはまだ時間がかかりそうです。新しい科学技術に根差したシーズは期待感が大きい一方で、健康に近道なし、日々自ら鍛え上げよ、というのが現時点のヘルシーエイジングに向けた最適解かもしれません。
(文責:伊藤孝)

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