A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia.
Markus Eyting, et al.
Nature 6641 (8062) 438-446. (2025), DOI: 10.1038/s41586-025-08800-x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40175543/
薬剤の1つの効能が別の目的で効果を発揮しうることがあります。既に薬剤として広く使用されているものであれば、新たな薬剤開発の時短や医療費の削減に繋がり、さらに疾患メカニズムの解明に繋がるなどそのメリットは少なくありません。
近年、ウィルス感染が認知機能に影響を及ぼすという研究報告が出てきているように、免疫系と神経系の関連性というものに注目が集まってきています。本論文は、そのような中でも、最近日常的に耳にする帯状疱疹ワクチンの接種について、認知症発症抑制への効果が期待されるという報告です。大規模な比較検証が困難と想定される当該研究において、ウェールズの制度を利用したユニークで興味深い実験となっています。
実験はウェールズの特徴的な制度を利用した大規模な解析で、特定の誕生日を境に帯状疱疹ワクチンを接種できる人とそうでない人において、ワクチン接種から7年間の認知症発症率を比較解析したものです。この実験の特徴はワクチン接種の境目の日となった前後の人たちを対象としているため、体系的な差・生活の差(ここでは記載されていませんが時代背景・環境的な差も含むと考えられます)がなく、一般的な相関関係ではなくより因果関係を強く示しているというものです。
より厳密な比較を行なうために様々な因果関係を排除するための検証を行なっています。医療サービスへの接触機会や診断の機会などを含む健康意識の違い、他種のワクチン使用率などその他の要因を排除し、慢性疾患の罹患状況やワクチン接種期間・摂取時期の差なども検討されています。その上で、7年間の追跡研究によって、ワクチン接種者の認知症発症率が20%低下することを示しています。そして、女性の方が男性よりも帯状疱疹ワクチン接種による認知症予防効果は大きいことを示しています。ただし、この性差については認知症発症率の違いに加え、認知症発症率の少ない男性において新規に認知症と診断される人の数の違いや女性におけるオフターゲット効果の有意性、ワクチンに対する反応性などの性差が元々存在することの影響は否定できないと注意を記しています。
また、複数回の帯状疱疹発症者は認知症の発症が高い可能性や、抗ウィルス薬の投与で認知症の発症率が低下する可能性など水痘帯状疱疹の再活性化の減少にワクチンが関与することを示し、インフルエンザなど他のワクチン接種を受けていない人ほど帯状疱疹ワクチンの認知症予防が効果的であることを示唆するデータを得ています。
これらの研究は、分析方法の異なる2種類(DIA-IV:difference-in-differences instrumental variable、RDD: Regression discontinuity design)の統計学的手法を用いてデータを比較しています。両者で同様の結果が得られることを確認し、ワクチン接種で認知症リスクが同等に(20%)低減し、帯状疱疹後神経痛の発症率減少を示唆しています。この研究は死亡診断書の利用やイングランドにおける同様のワクチン接種制度に対して実施されるなど別のデータにおいても確認されています。
制度上、研究の対象が79-80歳と年齢層に偏りがあることや最大8年間の追跡期間に限定されること、ワクチンの種類がZostavaxに限られるなど限定的な要素もあります。実際のワクチンによる認知症発症抑制への分子メカニズムなど検証すべき課題もまだ多く、安易にワクチン接種を推奨する結果ではありません。しかし、帯状疱疹ワクチンの接種によって帯状疱疹後神経痛の発症抑制や認知症発症予防など様々な副次的効果が見込まれるなど、今後の研究発展が期待されるテーマとなっています。
(文責:板倉陽子)