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編集委員会からのお知らせ:2023年12月号海外文献紹介

Atlas of the aging mouse brain reveals white matter as vulnerable foci.

Oliver Hahn, et al.
Cell.
186(19):4117-4133.e22. (2023) . DOI: 10.1016/j.cell.2023.07.027.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37591239/

 ヒトを対象とした脳老化研究には倫理面も含めて様々な問題が存在しますが、MRI等を用いた画像解析は脳の器質的変化を経時的に検索することができるものの、分子レベルで何が生じているのかをリアルタイムで明らかにすることは現在の科学技術では不可能です。また、剖検開始から脳を取り出してmRNAを抽出するまでの時間を正確にコントロールすることは至難の業であるため、遺伝子解析の結果には常に死後変化が含まれる可能性が否定できません。その点において、マウスのような実験動物を用いた遺伝子解析実験には大きなメリットがあるというのが、今回紹介する論文を発表した筆者らの研究背景となっています。
 今回筆者らは神経科学分野で一般的な系統であるC57BL/6を用いて、脳を15の領域(大脳皮質運動野、大脳皮質視覚野、嗅内皮質、海馬前部、海馬後部、視床、視床下部、大脳基底核、橋、延髄、小脳、脳室下帯、脈絡叢上皮、脳梁、嗅球)に分けたうえで、3・12・15・18・21・26・28カ月齢時の遺伝子発現量を網羅的に解析しました。その結果、大脳皮質や海馬といった神経細胞体の多い領域では遺伝子発現量の変動は小さく、脳梁のような白質に富む領域ほど大きな遺伝子発現量の変化が認められ、その多くが炎症正反応に関与する因子であることが明らかとなりました。また、筆者らは15の脳領域を灰白質と白質とに再分類して同様の解析を行ったところ、やはり白質領域において加齢に伴い有意な遺伝子発現量の変化が認められました。続いて、白質領域を対象にシングルセル解析を行った結果、ミクログリアを筆頭に、アストログリアやオリゴデンドロサイトといったグリア細胞において遺伝子発現量が加齢性に変化する(多くは加齢性に発現上昇する)ことを見出しました。
 と、ここまでなら過去にも似たような研究成果が報告されておりますし、ミクログリアは神経変性疾患の研究領域で今流行りの(20年以上前にもブームになりましたが…)対象ですので、さもありなんといった論文に終わるところです。ところが今回の論文で興味深いのは、老齢マウスに2種類の介入(カロリー制限、または若齢個体の血漿を後眼窩から注入)を行い、上記の加齢性変化がレスキューされるか否かを検証した点です。その結果、カロリー制限では加齢性変化を抑制できなかった一方、若齢個体の血漿を注入した老齢マウスでは炎症因子の遺伝子発現量上昇が有意に抑えられました。また最後に、ApoEやSCNAなど、アルツハイマー病やパーキンソン病に関係の深い遺伝子の発現量も主に白質領域において加齢性に上昇することが明らかとなりました。
 以上の結果から、脳内では神経細胞よりもむしろ白質領域に存在するグリア細胞において加齢性変化は生じており、グリア細胞の機能的変化が脳の老化や神経変性疾患の引き金になるのではないかという可能性が示唆されました。また、若齢個体の血漿注入によりグリア細胞の遺伝子発現における加齢性変化が抑制されたことから、毛中に存在する液性因子には脳の老化を予防する効果を持つ因子が存在することも示唆されました。血中液性因子の重要性はパラビオーシス研究によって既に明らかとなっていますが、神経変性を防ぐことができるなら、ぜひ私も注入してみたいものです。
(文責:木村展之)

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