Evidence for improved DNA repair in the long-lived bowhead whale.
Denis Firsanov, et al.
Nature (2025), 648(8094): 717-725. DOI: 10.1038/s41586-025-09694-5.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41162698/
地球上で2番目に巨大な生物であるホッキョククジラ(ちなみに1位はシロナガスクジラです)の寿命は200年以上にも及び、最も長命な哺乳類として知られています。体が大きいということは全身を構成する細胞数も多くなりますが、細胞数が多く長命な生物ほど細胞分裂の回数は増えるため、癌の発生リスクは上昇すると考えられます。しかしながら、ホッキョククジラは巨大で長寿であるにもかかわらず、癌の発症率が極めて低いことが知られています。そこで本研究では、ホッキョククジラがどのようなメカニズムでゲノムを安定化して癌化を防いでいるのかについて検索を行いました。 筆者らはまず、ホッキョククジラの線維芽細胞を癌化させるために必要な遺伝的変異の数を調べました。例えば、マウスの線維芽細胞は2つの経路(p53とRas)を阻害するだけで癌化し、ヒトの線維芽細胞は5つの経路(p53, RB, PP2A, テロメラーゼ, Ras)を阻害することが癌化に必要です。その結果、意外なことにホッキョククジラの細胞はヒトよりも少ない変異で癌化することが判明しました。つまり、ホッキョククジラは癌抑制遺伝子の種類を増やすことで癌化を防いでいるわけではないと言えます。
一方、DNAが損傷を受けた際に生じるDNA修復機構について検索を行ったところ、極めて興味深い結果が得られました。DNA損傷の中で最も危険度が高いとされる二本鎖切断に対して、ホッキョククジラの細胞は非相同末端結合(NHEJ)と相同組換え(HR)の両方において多種動物では考えられないほどの高い修復頻度を有していました。また、ホッキョククジラのNHEJ修復は非常に正確であり、修復の際に生じる欠失がヒトよりも少なく、元の配列を維持する割合が高いことが確認されました。そして筆者らはこれらの驚異的なDNA修復能力を司る分子として、冷誘発性RNA結合タンパク質(CIRBP)を同定しました。ホッキョククジラの細胞ではCIRBPが非常に高く発現しており、ヒトの細胞にホッキョククジラ由来CIRBPを過剰発現させると、DNA修復能力が向上してDNA損傷による微小核の形成が減少しました。また、ショウジョウバエにCIRBPを過剰発現させたところ、寿命が延び、放射線に対する耐性も向上することが明らかとなりました。
これらの結果から、ホッキョククジラはDNAが損傷した細胞をアポトーシスによって積極的に排除するのではなく、損傷したDNAを高確率で正確に修復することで癌化を防いでいる可能性が示唆されました。現在、老化細胞を除去するセノリシスがアンチエイジングの主流となりつつありますが、ズービキティ研究者の私としましては、ホッキョククジラの生存戦略を癌予防やアンチエイジングに取り入れるのも面白いのではないかと感じました。
(文責:木村展之)
